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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (6/16)【援軍】

【目次】

【変化】

──ガガガッ! ガガ!!

 耳をふさぎたくなるような、重い銃声が反響する。カーブを抜け、渓谷はふたたび直線となる。敵の断続的な空対空射撃は、苛烈さを増していく。

 操舵輪をにぎるナオミは、ここまで一発の被弾も許さず、よく耐えている。

 しかし、四方の開けた海上よりも逃げ場が限られる窮屈な断崖の狭間で苦労していることが、甲板上からでも船体の揺れでよくわかる。

 アサイラは、かたわらで狙撃銃を手に片ひざをつくシルヴィアを一瞥する。獣人娘と視線を交わしたのち、黒髪の青年は拳を握りなおし、腰を落とす。

「ウラアァァ──ッ!」

 雄叫びをあげつつ、アサイラは甲板を横切るように走り、船上から跳躍する。鋼鉄の猛禽の上方から攻めれば回転翼に身を裂かれ、正面からならば機銃の餌食だ。

 黒髪の青年は直接に敵機へとは向かわず、岩壁に向かってジャンプする。天地が直角によじれた体勢で、断崖に着地する。高速飛行中の相対速度に翻弄され、両脚がきしむ。

「──ラアッ!!」

 アサイラは、双脚に力をこめる。筋肉が瞬発力を振り絞り、再度、岩壁を蹴る。平面的な三角形を描き、黒髪の青年は鋼鉄の猛禽の横腹へ向かって跳ぶ。

「ウゥ……ラア!!」

 コックピットの扉に向かって、アサイラ渾身の左ストレートが叩きこまれる。乗降口の装甲のみならず、機体全体がきしみ音をあげる。だが、破壊には至らない。

 黒髪の青年は、戦闘ヘリを闘争心に満ちた視線でにらみ続ける。その身体は、敵機から離れて、谷底へと落下──しない。

 アサイラの左拳が、磁石か接着剤で『固定』したかのごとく、鋼鉄の猛禽の横腹に張りついている。シルヴィアの『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』だ。

「ウラッ! ウラア!! ウラララララアアアァァ!!!」

 黒髪の青年は、マシンガンのごとき連続ボディブローを戦闘ヘリの側面に向かって叩きこむ。一打ごとに装甲版のきしみ音が大きくなり、機体そのものも激しく揺れる。

「もう、一発……グヌッ!?」

 アサイラが右腕を振りかぶった瞬間、眼前の戦闘機械がバラバラにほどける。変形だ。装甲版とケーブルが絡みあい、金属製の大蛇へと姿を変える。

 黒髪の青年の左拳は、機械蛇の横腹に張りついたままだ。巨蛇の背に立つ女軍人が、アサイラに見下すような視線を向ける。

 操縦者の意志に応じて、無機物の長虫は自身の重量を利用して黒髪の青年を断崖に挟みこみ、押し潰そうとする。

「シルヴィア……ッ!」

 アサイラは、ともに戦う仲間の名前を叫ぶ。黒髪の青年の意をくみ、次元跳躍艇の甲板上から獣人娘は手をかざす。

『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』が解除され、アサイラの身体が金属製の大蛇からはずれて、宙に舞う。間一髪、圧殺はまぬがれる。

「グヌウ……!」

 黒髪の青年は、眉をひそめつつ、うめく。異形の巨蛇から触覚のように伸びた銃身が、まっすぐアサイラに狙いを定めている。

 放物線を描いて宙を舞う青年に、なすすべはない。せいぜい、銃弾がそれてくれることを祈るのみだ。そして、それは敵の練度からかなわぬ願いだとわかっている。

『……上空から、高速飛翔体接近ッ! この導子波長は……』

 通信機越しのララの声が、どこか遠くに聞こえる。リーリスが、言葉にならない悲鳴をあげている。シルヴィアの叫びは、風音にかき消されて聞こえない。

 アサイラは、歯ぎしりしつつ、まぶたを閉じる。

──ヒュオッ!

 自由落下が不自然な形で止まり、黒髪の青年は目を開く。碧碧に輝く兜をかぶった女の顔がすぐ横にあった。浮島の牧場で別れたはずの戦乙女の姫騎士、アンナリーヤだ。

「アンナ……なぜ、ここに……」

「話は後だ、アサイラ。戦場では、無駄話をする余裕などないからだ」

 全身を隠すほどの純魔銀<ミスリル>製の大盾にうつ伏せの姿勢で飛翔する姫騎士は、背中の双翼を広げ、盾で機銃掃射を受け止めながら旋回する。

「獣人どの、アサイラを頼む」

「ひょこっ!?」

 アンナリーヤは翼を大きく羽ばたかせると、抱えていた黒髪の青年の身体を次元跳躍艇の甲板のうえにいるシルヴィアへ向かって放り投げる。

 姫騎士は、大盾と突撃槍<ランス>をかまえなおし、後方の敵に備える。追跡者の機体はすでに、大蛇から戦闘ヘリへと形態を変えて、悠々と宙を舞っている。

「悲憤慷慨だ。こんなおぞましい化け物に自分たちの空を汚させることなど、とうてい見過ごせないからだ」

 アンナリーヤはアサイラとシルヴィアに向かって「先に行け」とジェスチャーで示すと、純魔銀<ミスリル>製の大盾を正面に掲げて、鋼鉄の猛禽へ向かっていく。

 機銃の照準が、有翼の騎士にあわせられる。殺戮の飛礫が、戦乙女の姫君めがけて殺到する。アンナリーヤは、かっと眼を見開く。

「遮れ! 『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』ッ!!」

 大盾の表面から放たれる碧翠のきらめきが、いっそう強さを増す。ヴァルキュリアの王女の意志に応じて、絶対的な防御フィールドが展開される。

 アンナリーヤの転移律<シフターズ・エフェクト>である不可視の力場は、弾丸の質量と運動エネルギーを遮断し、機銃掃射による攻撃を完全に無効化する。

「うおぁぁーッ!」

 防御フィールドを解除したアンナリーヤは、相対速度を利用した勢いを乗せて、突撃槍<ランス>の穂先を戦闘ヘリの側面に突き立てる。

 アサイラが殴り続けたことで生じたわずかな隙間に、魔銀<ミスリル>製の尖端が突き刺さる。戦乙女の姫君は、大槍の持ち手に力をこめ、てこの原理で装甲板を引きはがしにかかる。

──ガキンッ!

 甲高い音を立てて、戦闘ヘリの搭乗口をおおっていた扉が、ついに破壊される。金属板が回転しながら空を舞い、谷底へ落下していく。

 アンナリーヤは、背中の双翼を一回だけ羽ばたかせると、鋼鉄の猛禽の体内へと踏みこんだ。

【拮抗】

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