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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (7/16)【拮抗】

【目次】

【援軍】

「観念しろ! 鉄くずの化け物の腹は、もはや貴様の棺桶だからだッ!!」

「うるさい羽虫め! この程度で勝ちを確信するとは、さもしい判断力だがッ!!」

 凍原の風が吹きこむコックピット内部で、二人の女の視線が交錯する。突撃槍<ランス>の穂先をきらめかせ、アンナリーヤは操縦手を串刺しにしようとする。

──パンッ。

 乾いた銃声が、閉鎖環境に反響する。女軍人は、ホルスターから拳銃を引き抜き、発砲した。有翼の姫騎士は、とっさに純魔銀<ミスリル>製の大盾で防御する。

「ふえ──ッ!?」

 被弾こそまぬがれたが、アンナリーヤはバランスを崩し、コックピットの外へと転がり落ちる。背中の双翼を羽ばたかせ、どうにか己の身体を制動しようとする。

 戦闘ヘリが、振り子のように機体を揺らす。一瞬だけ離れた鋼鉄の猛禽が、すぐさまアンナリーヤへ再接近する。

 体勢を乱したまま、空転する戦乙女の姫騎士を、回転翼のギロチンが両断しようと迫る。アンナリーヤは、己の身体とローターのあいだに、どうにか大盾を滑りこませる。

「……むぐッ!!」

 高速で巡る回転翼が、機体重量も上乗せして、有翼の姫騎士の躯体をはね飛ばす。純魔銀<ミスリル>製の大盾の硬度をまえに、戦闘ヘリもバランスを崩す。

「ごほ……!」

 くるくると風に舞う木の葉のごとく翻弄されながら、アンナリーヤは鋼鉄の猛禽をにらみつける。戦闘ヘリが、先に体勢を立てなおす。銃口の奥から、殺意が見える。

──ガガガガッ!

 重苦しい音を響かせながら、有翼の姫騎士へ向かって搭載機銃が火を噴く。アンナリーヤは、身をひねり、どうにか大盾で銃弾を受ける。

『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』を展開する余裕は、ない。

 ただの鉄の礫では、純魔銀<ミスリル>の防具を貫通することはできないが、運動エネルギーも消失しない。

「むぐぐ……ッ!」

 無数の被弾の衝撃で、有翼の姫騎士は大きく後方へ向かって吹き飛ばされる。アンナリーヤの身体は、背中から断崖に衝突する。

「ごほっ、がぼ……ッ!!」

 内蔵を揺さぶるような重い痛みが遅れてやってくる。激しくむせこみ、肺腑の空気を吐き出す。ヴァルキュリアの王女の視界が、かすむ。とどめを刺されるか、と覚悟する。

「アンナ──……ッ!!」

 あの青年の……アサイラの自分を呼ぶ声が、遠くに聞こえる。己の命を刈りとりにくるかと思われた鋼鉄の猛禽は、その頭をアンナリーヤから背ける。

 当座の障害を無力化したと判断したのか、戦闘ヘリは空飛ぶ小舟へと狙いを戻す。ふたつの航空機が戦乙女の姫君を、ぐんぐん置き去りにする。

 あの鋼鉄の猛禽は、思ったよりも手強い。アサイラたちが、苦戦するわけだ。このまま、動かなければ、自分の命だけは助かる。

 有翼の姫騎士の脳裏に、そんな考えが去来する。もともと、ヴァルキュリアの一族にとって、関わりあいのないいさかいだ。余計な面倒と言えば、それで済む。

「ごほ、オ……ッ! そんな、臆病者の理屈で……自分が納得するとでも、思ったか!!」

 アンナリーヤが、目を見開く。瞳孔の奥に、怒りの炎が宿っている。両手の具合を確かめる。握力に、問題はない。大槍も、大盾も、取り落としてはない。

「悲憤慷慨だ……相手を見くびっていた、などという言い訳ほど、戦士にとって見苦しいものはないからだ……ッ!!」

 戦乙女の姫君は、岩壁を蹴る。背筋と双翼の付け根に走る激痛に、耐える。純魔銀<ミスリル>製の大盾の内側に、うつ伏せの体勢となり、純白の羽を大きく広げる。

「覚悟はいいか……? この凍原の空を統べる一族が、何者であるか……これから、教えてやるからだ!!」

 ヴァルキュリアの王家の宝である大盾の表面が、碧翠の輝きを放つ。外力を遮断する権能によって、重力の影響が絶たれ、アンナリーヤの身体がふわりと宙に浮く。

 戦乙女の姫君は、いまだ痛みを訴える背中の双翼に己の魔力を循環させる。

 ヴァルキュリアの羽は、航空力学的な機能で飛んでいるわけではない。魔法<マギア>に基づく種族的、生得的能力だ。

 戦乙女が空を舞うために、通常であれば翼は繊細な魔力制御を求められる。しかし、いま、アンナリーヤは重力から解放されている。その飛翔能力を、ただ一方──正面へのみ向けられる。

「うおおアぉァァ──ッ!!」

 有翼の姫騎士ののどから、雄叫びがほとばしる。突撃槍<ランス>の突端を、前面にかかげる。空を滑るアンナリーヤの速度が、ぐんぐん増していく。

 頭部を守る魔銀<ミスリル>の影から、前方の様子をうかがう。一度は距離を引き離されたふたつの機影が、見る間に近づいてくる。

 鋼鉄の猛禽は、獲物を捕らえるグリフィンのごとく次元跳躍艇へぴったり張りつき、ゼロ距離射撃を浴びせようとしている。

「……──ぉぉァァァおアアッ!!」

 アンナリーヤは、碧翠に輝くバリスタの矢のごとく、戦闘ヘリに向かって突っこんでいく。敵が、気がつく。小舟への攻撃を中断し、回避運動に切り替える。遅い。

──ガガンッ!

 速度を乗せた突撃槍<ランス>の一撃が、鋼鉄の猛禽の横腹をえぐる。魔銀<ミスリル>の穂先が、爪痕のごとき深い傷を刻みこんだが、しとめるには至らない。

「悲憤慷慨だ……自分は、つくづく詰めが甘いからだ」

 戦乙女の姫君は、舌打ちする。眼下には、激しく揺れる甲板のうえに立つアサイラとシルヴィアの姿が見える。

「助かった、アンナ──ッ!」

 風切り音に混じって、黒髪の青年の声が聞こえる。有翼の姫騎士は顔をあげ、後方を一瞥する。アサイラの言うとおり、アンナリーヤの一撃は無駄ではなかった。

 戦闘ヘリは大きくバランスを崩し、制動に手間取り、一時後方へ遠ざかっていく。それでも鋼鉄の猛禽は、しぶとく体勢を立てなおす。

 ヴァルキュリアの王女は背中の痛みに耐えつつ、うつ伏せ状態の高速飛行体勢を維持しながら、前方の小舟と後方の戦闘ヘリのあいだに割りこむような位置をキープする。

 追いすがる鋼鉄の猛禽が、機銃を掃射する。アンナリーヤは身を傾け、大盾の表面で防御する。有翼の姫騎士の存在自体が牽制となり、戦闘ヘリは不用意に近づけない。

『シルバーコア』とアンナリーヤ、それを追跡する女軍人と戦闘ヘリは、互いに決め手を欠いた拮抗状態へと陥った。

【仕込】

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