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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (8/16)【仕込】

【目次】

【拮抗】

『グッドと言うべきか、バッドと言うべきか……このまま飛び続けるだけなら、片手でもできるが、そういうわけにもいかないだろ!?』

『マナ・バッテリーのエネルギー残量が心配ということね。そもそも本船は、空中戦はもちろん、長距離飛行も前提にしたものじゃないから……』

『グリン。こんな状態が続いたら、船以前にこっちの心臓が保たないのだわ……』

 アサイラの鼓膜に、導子通信機からブリッジの会話が響く。黒髪の青年にしても、まったくの同感だった。

 アンナリーヤの助力のおかげで、戦況は均衡状態まで持ちなおしたが、それで終わりではない。どうにか、次元転移<パラダイムシフト>できる状態まで持ちこまなければならない。

『……待って! 崖うえに熱源反応!!』

 船長席に座るララが、声をあげる。少し遅れて、渓谷に轟音が響く。

 岩壁の回廊がちょうど狭くなった場所に『シルバーコア』が差しかかるタイミングで、崖のうえが爆発して岩壁を破砕し、落石が発生する。

『バッド! タイミングが悪すぎるだろ!!』

「おそらく、偶然じゃないのだな。導子信管式の地雷かなにかを、あらかじめ仕込んで……ひょこっ!?」

 次元跳躍艇が、地面と垂直の体勢となる。シルヴィアは、アサイラの身体を抱えて、甲板に自分の脚を『固着』する。巨大な落石が、船首をかすめる。

──ガガッ! ガガガ!!

 後方の戦闘ヘリが、爆発とタイミングをあわせるように機銃掃射を浴びせてくる。アンナリーヤは、船の後方を蜂のように飛びまわり、銃弾を防御する。

「まだ来るぞ! 敵から見れば、このうえない好機だからだッ!!」

 大盾を掲げつつ、戦乙女の姫君が甲板へ向かって叫ぶ。アサイラは、うなずきを返す。

──バシュウゥゥ!

 鋼鉄の猛禽から、たたみかけるように対空ミサイルが発射される。アンナリーヤは、機銃の防御に精一杯で動けない。

 黒髪の青年は、大きく傾いた次元跳躍艇の船腹を駆け抜け、跳躍する。

「ウラアッ!」

 炎の尾を噴く鉄杭をへし折るように、アサイラは空中からかかとを叩きつける。対空ミサイルの軌道がねじ曲がり、岩壁にぶつかって爆散する。

 対する黒髪の青年は、みずから踏み砕いた鉄杭を足場にして後方へと飛び抜き、体勢を立てなおした次元跳躍艇のうえに着地する。

 同時に、がくんと船体が揺れると、大きく高度が低下していく。

『バッド……さすがに、バランスを崩しすぎただろ……このままじゃ、揚力が……』

『だめ……船底が谷底にこすれちゃうってことね! ユグドライト・コーティングがはがれたら、次元転移<パラダイムシフト>できなくなっちゃう……ッ!!』

 通信機越しにブリッジ内の悲鳴を聞いたアサイラは、休む間もなく、船尾から飛び降りる。側面の部品を手がかりにして、腕だけの力でボルダリングのごとく船底へ潜りこむ。

 舵輪を握るナオミの言っていたことは、事実だ。次元跳躍艇の底部から、ぶら下がった状態で地面に視線を向ければ、雪に被われたごつごつとした岩肌が迫る。

『ララ、ナオミ! マスターが……ッ!?』

『ちょっと待って! アサイラは、いまどこにいるのだわ!?』

 シルヴィアとリーリスの絶叫が、通信機から聞こえてくる。黒髪の青年は、全身の筋肉に力をこめながら、骨伝導で通信へ返事をする。

「ナオミ。とにかく、船を上昇させてくれ。浮力の足りないぶんは、俺がどうにかする……」

『ちょっと待て、アサイラ。それは、どういう……あー、いや。了解だろ。まかせろ』

 操舵手との意志疎通を終えると、アサイラは全身に意識を集中する。次元跳躍艇が水平の体勢を取り戻し、かろうじて船首はうえを向き、上昇気力を捕まえようとあがいている。

 これも、敵の狙いのうちか。それでもやはり、揚力は足りない。黒髪の青年の足元に、谷底がぐんぐん近づいてくる。つま先が新雪に触れて、地吹雪を巻きあげる。

「グヌウ……」

 アサイラは、うめく。船体の降下速度はゆるやかになっているが、いまだ上昇へ転じてはいない。靴底が、地面に触れる。アサイラはひざとひじを曲げて、懸垂の要領で身体を持ちあげ、備える。

「グヌウゥゥ──ッ!」

 身を持ちあげた状態でも、なお、アサイラの足が谷底と接触する。ブリッジのメンバーの見立ては、正しかった。最善を尽くしても、次元跳躍艇は、不時着するところだった。

 雪を巻きあげ、岩を蹴り飛ばしながら、黒髪の青年は四肢に渾身の力をこめる。自分自身がランディング・ギアの代わりとなり、わずかに足りない浮力を供給する。

「──ラアアァァァ!!」

 みしみしと全身の骨が悲鳴をあげる。アサイラは両腕両脚の筋肉を限界まで張りつめさせる。二本の足で谷底を思い切り蹴り、左右の腕で船底を無理矢理に押しあげる。

 次元跳躍艇の軌道が、わずかずつ上昇方向へと転じていく。黒髪の青年の靴底が、続いてつま先が、地面から離れていく。

 アサイラは、自分自身が地面に置き去りとならないよう、感覚のない指で船底に必死でしがみつく。

「グヌ……ッ?」

 後方からの異音が耳に届き、黒髪の青年は背後をあおぎ見る。戦闘ヘリの搭載機銃が、アサイラへと照準をあわせている。

「『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』──ッ!」

 黒髪の青年の背中側に飛びふさがったアンナリーヤが、己に与えられた異能の名を叫ぶ。無敵の防御力場が展開され、降り注ぐ銃弾を弾きかえす。

「本来であれば、自分がアサイラを拾いあげるべきなのだが……悲憤慷慨ながら、いまは、この化け物の相手で精一杯だからだ! 頼む、獣人どのっ!!」

「ひょこっ! 任されたのだな!!」

 船の側面から、シルヴィアが頭を出す。黒髪の青年に向かって手を伸ばし、つかみ取ると、振り子のように勢いをつけて甲板上へと舞い戻る。

「マスター……立て続けに、とんでもないことをしでかすのだな! 生身の人間が船を持ちあげるだなんて、聞いたこともない!!」

 全身全霊を振り絞り、船上に大の字で倒れこんだアサイラに対して、狼耳の獣人娘が怒鳴りつける。黒髪の青年は、ぜえぜえと荒く息をつきながら、曇天を見あげる。

「あのままだったら……船が、やられて……全滅だった、か」

「だからといって……マスターが死んで、こちらだけ生き残るのは、いやだな……」

『──また、熱源反応ッ!』

 アサイラとシルヴィアの会話は、通信機越しの悲鳴でさえぎられる。先ほど同様、崖うえで爆発が起き、落石を落とす。

『バッド! 同じ手は、何度も食らわないだろッ!! だが……これで、はっきりした……ヤロウ、すべて計算づくでウチらのこと、渓谷に追いこみやがった……』

『ナオミお姉ちゃんの言うとおりということね……相手は、あらかじめ氷原の地形を調べあげて、罠もしかけたうえで、ララたちを……』

 黒髪の青年と狼耳の獣人娘は、大きく揺れる甲板のうえで立ちあがり、ばたばたとけたたましい音を立ててローターを回転させる鋼鉄の猛禽を見すえる。

 左右に見える渓谷の幅はますます狭くなり、岩壁の回廊はぐねぐねと曲がりくねっていた。

【独裁】

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