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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (5/16)【変化】

【目次】

【正体】

『グッド! ついに正体を現しただろ、ガラクタの蛇めッ!! ララ、なんかわかったことあるか!?』

『たたっよたた! 現時点では、まだ外観以上の追加情報はないということね……引き続き、解析を続けるから……!!』

 耳道のなかに響きわたるブリッジ内の喧噪を聞き流しながら、アサイラは甲板上から後方より迫る金属の大蛇に対して眼を細める。

 生物のパーツのようにも見える銃口から、対空射撃は続いている。被弾を避けるたびに、大きく揺れる次元跳躍艇も先刻までと変わらない。

 ただ、風向きは変わった。四方八方からランダムに吹き付けられた海上とは異なり、左右を断崖でふさがれている現地点では、前方から一直線の強い風が背中を押す。

『どのみち、あの形じゃ空は飛べないだろ……高低差に、クレヴァス。氷原の障害物をうまく利用して、引き離してやる!』

「待て、ナオミ! なにか……様子がおかしい、か!!」

 黒髪の青年は、導子通信機越しに声をあげる。アサイラは豪風と機銃掃射にひるむことなく体勢を維持し、追跡者を凝視し続ける。

 金属片のより集まった大蛇が、這いまわる動きとは異なる奇妙なモーションを見せる。黒髪の青年の真横でひざをつくシルヴィアが、狙撃銃のトリガーを引く。

 甲高い金属音が、渓谷に反響する。銃弾を、はじかれた。相手が見せたのは、海上でとったような、のたうつ防御行動ではない。

 荒縄をほぐすかのごとく、鋼の大蛇がほどけていく。ケーブルのかたまりが、獣人娘の狙撃を防いだ。無数の鉄線が、女軍人を包みこむように再構成されていく。

『追跡体の形態変化を確認ということね! 同時に熱量反応が増加、導子波長も変化!! これは……!?』

 通信機越しに、船長席の少女の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。いまや金属製の繭のような形状となった物体は、谷底を滑りながら、ゆっくりと離陸する。

「……戦闘ヘリだなッ!」

 シルヴィアが、声をあげる。アサイラも、目を丸くする。次元跳躍艇に接触するぎりぎりまで近づいた、回転翼を備えた航空兵器を二人は見あげる。

 バラバラと風音を響かせて、ローターが迫る。ギロチンの刃のごとく無力な小舟を切り裂かんと、鋼鉄の猛禽が迫る。

 素早く反応したのは、シルヴィアだった。狼耳の獣人娘は、ストラップを肩にかけた狙撃銃を背中にまわし、腰のポーチからグレネードを取り出す。

 信管に刺さった安全ピンを犬歯でかんで、引き抜く、擲弾を、オーバースローで投げつける。小型の爆弾が、戦闘ヘリのまえで宙を舞う。

「マスター! 眼をふさぐのだなッ!!」

 シルヴィアが、声を張りあげる。アサイラは、とっさに腕で目元を守る。閃光弾だ。まばゆい煌めきが、鋼鉄の猛禽の視界をつぶす。

 がくん、と奇妙な浮遊感をともなって足場が揺れる。アサイラは転倒しないようバランスをとりながら、数秒待って、まぶたを開く。

 獣人娘のとっさの行動と、それによって生じた敵の隙を見逃さず、赤毛の操舵手は巧みに船を操った。戦闘ヘリとの距離が、わずかながら離れている。

 シルヴィアは、敵のコックピット正面に向かって、スナイパーライフルを撃つ。銃弾は、無慈悲にはじかれる。アサイラの耳に、舌打ちが聞こえる。

「操縦席全体も装甲でおおわれているのだな……おそらく、機体の各所に設置されたカメラで視界を確保している。セフィロト社にいたころ、似た機種を見たことがある」

 シルヴィアの口にする情報を聞きながら、アサイラは歯がみする。黒髪の青年の武器は、徒手空拳の格闘術だ。鋼鉄の猛禽相手に、どう攻めこめばいいのか。

 アサイラはかつて、空を舞う戦闘機に飛びつき、殴りかかったことがある。しかし、同じ航空機相手とはいえ、今回はまったく事情が違う。

 上空からコックピットを狙って攻撃をしかけようものなら、戦闘ヘリの回転翼の餌食となり、胴体を両断されるだろう。正面から跳びこめば、当然、機銃の格好のマトだ。

 ならば、どうする。側面から攻めるか。どうやって。

『敵機、分析の途中報告! 本船同様に、ローターから導子力場<スピリタム・フィールド>を展開し、疑似反重力を利用して機体を浮かべているということね!!』

 ブリッジ内のララが、早口で所見を報告する。あわててまくしたてたためか、通信機の向こうでせきこみ、息継ぎする音が聞こえる。

『……『シルバーコア』との違いは、純導子技術による飛行じゃなくて、従来型の航空力学も併用して、高い空中機動性を確保しているということね……そうか、こういう手もあるのね。正直、思いつかなった。くやしいなあ……』

「ララ、感心している場合ではないのだな!」

 おまけ程度の機能として飛翔する次元跳躍艇とは異なり、はじめから空中戦を制するために造られた戦闘ヘリでは、技術的な話を抜きにしても速度の差は明白だ。

 いまや空対空となった機銃掃射を浴びせながら、鋼鉄の猛禽が迫りくる。渓谷は、長いカーブへと差しかかる。

 狼耳の獣人娘は、ポーチから新たな手榴弾を取り出す。アサイラは、グレネードの側面に、黒い肉球型の刻印が浮かんでいるのを見る。

 シルヴィアの転移律<シフターズ・エフェクト>である『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』だ。

「喰らえ──ッ!」

 狼耳の獣人娘は、手にしたグレネードを投擲する。先ほどの閃光弾とは異なり、直接、敵機体にぶつけるような軌道を描く。

 擲弾はシルヴィアの狙いどおり、戦闘ヘリの正面に命中し──弾きかえされることなく、その場に張りつく。

 シルヴィアの『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』は、物体を固着する異能だ。着弾と同時に、グレネードから勢いよく白煙が噴き出し、鋼鉄の猛禽を包みこむ。

「導子兵装かくらん用、チャフ・スモーク・グレネードだな! あちらのセンサー類は、いま、ダウンしているはずッ!!」

 戦闘ヘリの動きが、不自然に左右する。機銃の照準が、急に甘くなる。空中でチェイスを続ける二つの機体は、大きな弧状の回廊を形作る岩壁へ向かっていく。

 船体を傾けて、なめらかなカーブを描き、飛翔する。対する鋼鉄の猛禽は、そのまま断崖絶壁に向かって突っこんでいく。

「ぶつかれ……ッ!」

 アサイラは、シルヴィアの祈るようなつぶやきを聞く。ななめに傾いた甲板上で片ひざをつきながら、黒髪の青年も戦闘ヘリの行く末を凝視する。

 ローターが岩壁に接触する、と思われた刹那、鋼鉄の猛禽の体躯がほどけていく。金属片とケーブル群を編みなおすように、金属製の大蛇へと変貌する。

 うねるモンスターマシンは、腹側から断崖に接地する。降着の衝撃で、『固着』されていたスモークグレネードがはずれ、白煙を噴きながら谷底へ転がっていく。

 苦々しい表情を浮かべたシルヴィアは、スナイパーライフルをかまえ、発砲する。次の瞬間、金属製の大蛇はふたたびほぐれ、戦闘ヘリへと再構築される。狙撃は、装甲板に阻まれる。

「能力なのか、兵器なのかは知らないが……」

 アサイラは歯ぎしりしつつ、両手の拳を強く握りしめる。

「……ヘリとヘビ、二種類の形態がお互いの弱点を補いあっている。見た目以上にやっかいな相手、か!」

 マズルフラッシュがほとばしり、機銃掃射が再開される。黒髪の青年は立ち向かうように、火花を散らす銃口をにらみつけた。

【援軍】

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