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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (4/16)【正体】

【目次】

【海上】

「ナオミの提案……こちらは悪くないと思うのだな。潜水艦のたぐいならば、陸まで追ってこられないし、違うのならば、地上に引きずり出すことで正体を確かめられる」

 スナイパーライフルを構え、相手の隙をうかがうシルヴィアが意見を口にする。アサイラは、小さくうなずく。

「俺も、異存はない。ブリッジの他のメンバーはどうか?」

 黒髪の青年は、導子通信機越しに問う。少しばかりの沈黙のあと、船長席に座っているはずの少女から応答がある。

『最適解かは、わからないけれど……ララも同意ということね。そもそも、答を探すための材料が足りなすぎるもの。まずは、少しでもたくさん情報を集めないと』

『グリン。私は、専門外のことに口を差し挟むつもりはないのだわ』

『グッド。全会一致で決まりだろ、キャプテン?』

 赤毛の操舵手の声が聞こえるや否や、次元跳躍艇が大きく傾く。甲板上のアサイラとシルヴィアが船体にしがみつくなか、翼の先端が海面に接触する。

──ズザザザアアァ。

 導子力場<スピリタム・フィールド>を展開する翼の先端が水面を切り、白波と水飛沫を立てる。

 潮の壁の向こうから、追跡者が苦々しげな視線で甲板上の二人を凝視する。水切りによって生じた幕が、彼我の視界をさえぎる。

 機銃掃射の狙いが甘くなる。その隙をついて、ナオミは船を低空飛行させる。海上すれすれを走り、少しでも距離を稼ぐ。

 やがて白波と水飛沫の壁が晴れる。一時は距離を引き離した追跡者が、猛烈な速度で追いすがってくる。

 対空射撃の精度も回復し、アサイラとシルヴィアの身をかすめる。次元跳躍艇と海中の黒い影との距離が、見る間に縮まっていく。

『ナオミお姉ちゃん、操縦のほうはお任せってことね……ララは、いまのうちから敵の正体を分析してみる……ッ!』

『アイアイ、キャプテン。操舵手の腕の見せどころだろ!』

 ブリッジ内では、緊迫した表情のリーリスがとなりから見守るなか、船長席に身を沈めるララは小型モニターを手元に引き寄せる。

 少女が高速ブラインドタッチでキーボードを叩くと、各種センサーがとらえた情報が液晶画面上に表示され、同時に解析プログラムが起動する。

「ララちゃん、どうなのだわ?」

 赤毛の操舵手が回避運動をとるたび、船内は大きく揺れる、ゴシックロリータドレスの女は、不安げなまなざしで小さな船長の顔をのぞきこむ。

 キャプテンハットをかぶったララは、モニターの情報を凝視する。キーボードのうえとタッチパネルをせせこましく行き来させ、パラメータの表情を切り替えていく。

「追跡者の足元……熱源反応と強い導子波長を検知。周辺の海流も解析してみたところ、スクリューとかじゃなくて、海蛇みたいに全身をくねらせて泳いでいるみたいということね」

「……ってことは、大海竜<シーサーペント>だわ?」

「それが、そうとも言い切れなくって……導子波長は、機械類のほうが近いということね。それも、なんだか違和感があるし……」

「グリン。大海竜<シーサーペント>のサイボーグでも泳いでいるのだわ?」

「そんなものがいるのなら、ぜひ、この眼で確かめてみたいけど……ああ、だめ! 現状では、これ以上の解析は困難ということね!!」

 船長席の少女は、髪をかきむしる。操舵輪をにぎるナオミは、メインモニターに表示される360°のカメラ映像を凝視つつ、右へ左へかじを切る。

──タンッ。

 一方の船上では、対空射撃の轟音に混じって、別の鋭い銃声が海上に響きわたる。現在の間合いでは手出しのできないアサイラは、拳を握りしめ、状況を見守る

『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』で、自身のひざを甲板に固定したシルヴィアは、揺れる船上から追跡者に対する断続的な狙撃を続けていた。

 当然、敵もこちらの反撃を想定している。獣人娘がトリガーを引くたびに、相手の足場は大きくうねり、銃弾をはじく盾となる。

「……次だな!」

 指先がかじかむ極寒のなかで、シルヴィアは新たな銃弾を素早く装填する。決定打とならない狙撃だが、意味がないわけでもない。

 追跡者が防御行動をとるたび、わずかなあいだ機銃掃射は止み、進行速度も遅くなる。少しでも距離を稼ぎ、ナオミの操縦にも余裕ができる。

『アサイラ、シルヴィ! まだ死んでないよな!? 余裕があったら、まえを見てみろ……陸地が近づいてるだろ!!』

 耳のなかの通信機から、操舵手の声が響く。狙撃の機会を待ちかまえて手を離せない獣人娘の代わりに、黒髪の青年は船首方向をあおぎ見る。

 手を伸ばせば届きそうかと思えるほどに、岸が近づいている。無論、陸地にたどりつけば勝ちが決まるわけではない。アサイラは、敵のほうへと向きなおる。

──タンッ!

 激しく不規則に揺れる甲板から、刹那の好機を見いだしたシルヴィアが、スナイパーライフルの銃弾を撃つ。相手は当然のように防御し、その隙に船は距離を稼ぐ。

 眼下の色が、海の青から雪の白へと変わる。対岸へと到達した。次元跳躍艇は、渓谷のすきまへと滑りこんでいく。

 アサイラとシルヴィアは、後方を凝視する。ブリッジのなかでも、おそらく同様だろう。追跡者の正体が、これでわかる。戦いは、これで終わりか、まだ始まったばかりか。

 女軍人の足場が、大きな波飛沫を立てながら、岸に乗りあげる。シルエットだけを見て、一瞬、大海竜<シーサーペント>かと思う。違う。

 追跡者を乗せているのは、形状こそ大蛇状だが、体表は金属光沢を放っている。

 目を凝らせば、細長い全身は様々な機械部品とケーブルがいびつに絡みあい、背から棘のように搭載機銃を生やしている。

 速度も対空射撃の勢いも、海上のときからいささかも緩むことなく、女軍人の駆る鉄製の巨蛇は渓谷の底をすべり、次元跳躍艇を追いすがってきた。

【変化】

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