【第2部8章】星を見た塔 (2/16)【依頼】
【再訪】←
「死屍累々、といったところかね」
「返す言葉もないな! だけど、そんなドミンゴ団に仕事を依頼しようっていうおまえさんも大概だよ!!」
ゴーグルとひざ下までの長さのブーツを身につけた、いかにも戦車乗りといった風貌の老婦人に案内されて、『伯爵』はバザールの外縁部に向かう。
そこには、傷だらけで半壊した戦車たちが何輛も並べられている。機械油で顔を汚したメカニックが、小破、中破したスクラップ寸前の戦闘車両に群がっている。
荒野の真んなかの喧騒は、そもそもドミンゴ団が所用する戦車の大規模修理のために技術者たちを呼びよせたのが始まりだ。
戦車団が一カ所にとどまり、それを目当てにキャラバンがやってきて、近隣の人間たちがこれ幸いと集まってひとときの集落ができあがる。
この次元世界<パラダイム>──アストランでは、よく見られる光景だ。
「まったく、一ヶ月まえの話だってのに腹の虫がおさまらないな! 引退まえにこんな大敗北を喰らうなんざ、まさか思いもしなかったよ!!」
「ふむ。貴女からは、生涯現役といった風情を感じるかね……ドミンゴ団、頭領。マム・ブランカ」
唾をとばしながらまくし立てていた老戦車乗りが、鼻を鳴らす。頭上に乗せたゴーグルが、強い日差しを反射する。
「余所者が、言ってくれるな……よく見てみりゃ、おまえさん。なかなかに、いい男だよ」
初老の女……マム・ブランカが、にたり、と笑う。『伯爵』は、わざとらしく頭上の青い空を仰いでみせる。
「十年、いや二十年ほど若かったら、あたしゃ、おまえさんのことを口説いていたな……ん、そのころは旦那がぴんぴんしていたか……」
ぶつぶつと独り言のようにつぶやきながら、戦車団の女頭領は歩を進めていく。『伯爵』はキャスケット帽のを傾けながら、あとに続く。
やがて、重傷の車両たちの奥に鎮座する鮮やかな朱色の一輛が姿を現す。満身創痍のほかの戦車と異なり、目立った損傷は見られない。
「ほう、なかなかに見事な」
「愛車『スカーレット・ディンゴ』。旦那が残してくれた、忘れ形見さ。コイツが元気なうちは、あたしゃ、引退なんざできないな」
「……マム!」
車体に身を預ける老婦人に対して、キャタピラの狭間に潜りこんでいた中年メカニックが声をかける。
「よお、修理の案配はどうよ?」
「順調……つーか、さすがは『スカーレット・ディンゴ』といったところか。ほかの戦車と違って、大した傷もついていなかったからな」
「はっはは! 腑抜けどもとは、乗り手の腕が違うんだよ!!」
マム・ブランカは車体の下から這い出てくる技術者に、からから、と笑いかける。頭上のゴーグルの具合を確かめながら、正面の『伯爵』に視線を戻す。
「鮮やかな色合いだが……これでは目立たないかね。砲撃戦の格好の的では?」
真紅の戦車を見あげながら、『伯爵』はキャスケット帽のつばに指をあてる。老婦人は、にたり、と笑う。
「よく言われるな。だが、この色は鋼野の岩肌によく溶けこむんだ」
「ふむ、興味深い。熟練の戦車乗りの知恵というわけかね」
「で、頼みたい仕事ってのはなんだい? 見ての通りだが、いま、まともに動かせる戦車はろくにないよ」
「『塔』までの道案内を頼みたい」
『伯爵』が『塔』という単語を口にすると、女頭領は露骨に顔をしかめる。隣に立つ中年メカニックも、間の悪そうな顔をする。
「おまえさん、どこまで物好きなんだよ。いま、あそこは危険だ。知らないわけじゃないな? そもそも、ドミンゴ団がここまで後退してきたのは……」
「だからこそ、というべきかね。無論、報酬も用意した」
左手にぶらさげていたボストンバッグを、『伯爵』は差し出す。マム・ブランカは身をかがめ、中身を確かめ、横からのぞきこむ技術者とともに目を丸くする。
「新品同然のエネルギーパックじゃないか!? どこで手に入れてきたんだ、バッグの一杯のこの量を!!」
「もちろん、充電も完全だ。依頼料としては、足りるかね?」
先史文明の技術が失われ、発電もままならない無政府状態の錆野では、発掘品の高性能バッテリーが貨幣代わりに用いられている。いわば、電力本位制だ。
老婦人があごで指示すると、中年メカニックが震える指で充電量を確認する。数秒後、女頭領にうなずきをかえす。
「おまえさん、どこのお大尽だ! あるいはよっぽどの変人か、世間知らずか……」
「『伯爵』と呼んでもらえるとありがたい。変わり者とは、よく言われるかね。それで、依頼のほうは?」
「……ああ、わかったな! 引き受けてやろうじゃないか、色男!!」
つばを飛ばしながらひとしきりまくし立てると、マム・ブランカはボストンバッグのなかから無造作にエネルギーパックをつかみとり、技術者に手渡す。
「大至急で銃弾と砲弾を満タンな! 徹甲弾と榴弾は半分ずつ!!」
「……イエス、マムッ!!」
一瞬、ぽかんと口を開けていた中年メカニックは、背を向けると慌てて走り出す。女頭領は、真紅の車体をよじ登り、運転席のハッチを開く。
「ふむ。ボス自らのご出陣かね?」
「呑んだくれの腑抜けどもに『スカーレット・ディンゴ』は任せられないな!」
やがて、若手の技術者を引き連れて戻ってきた中年メカニックが、大慌てで弾薬を戦車に積みこんでいく。
マム・ブランカは、運転席に潜りこむとエンジン──電動であるため正確にはモーターだが、この次元世界<パラダイム>では慣例的にエンジンと呼ばれている──を起動する。
見る間に銃弾と砲弾の搭載作業が完了し、開け放たれたハッチのなかからしわがれた老女の声が大音量で響く。
「あたしゃ一人で、射撃も含めて操縦できるようにはしてあるが……砲手席はあいているよ! 色男は、そこに乗りな!!」
「さしつかえなければ箱乗りしたいのだが、かまわないかね?」
「好きにしな! 伏兵に狙撃されても、責任はとらないがね!!」
『伯爵』は身軽に跳躍すると、砲塔のうえに陣取る。ハッチの奥からその様を確かめた老戦車乗りは、アクセルを踏みこむ。
呆然とするメカニックたちを後目に、『スカーレット・ディンゴ』は砂煙をあげて急発進し、バザールからぐんぐん離れていく。
真紅の車体のうえに腰をおろす『伯爵』の顔に、錆の臭いのする強風が吹きつけてきた。
→【焚火】
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