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【第2部8章】星を見た塔 (1/16)【再訪】

【目次】

【第7章】

「ふむ。そういえば、あの青年と初めてであったのもこの次元世界<パラダイム>だったかね?」

 そう独りごちた壮年の男は、キャスケット帽のひさしを傾ける。強い日差しが、赤く焦げた荒野に容赦なく照りつける。所々に茂る緑の色は、濃い。

 乾いた風が、鉄の錆びたような臭いを運んでくる。男は、少しだけ顔をしかめる。

 男は、中世の貴族が乗馬か狩猟に臨むかのような服装に身を包んでいる。左手にはステッキ、右手には中身の詰まったボストンバッグ。

 片眼鏡<モノクル>を身につけ、ワックスでかためたカイゼル髭が特徴的なその男は、赤茶けた荒野にはおよそ不釣り合いな風情だった。

 貴族のような格好の伊達男──『伯爵』は、蜃気楼のごとく陽光に揺らめくテントの群れを錆びた岩肌の向こうに確かめると、そちらへ歩を進めていく。

200526パラダイムパラメータ‗アストラン

「修復したての発掘エンジンだ! 千馬力はくだらないぞ!!」

「長旅の友に、蒸留酒と干し肉はいかが? ナツメヤシもあるよ!!」

「銃弾と砲弾の補給なら、お任せあれ! 大量入荷ゆえ、お安くしておく!!」

 無数のテントと装甲車両がならび、集まった人々が声を張りあげている。ちょっとした小都市のようなにぎわいだ。

 この次元世界<パラダイム>には、大規模な集落は少ない。

 武装キャラバンがやってくると近隣の住人が大挙して集まり、あっという間に荒野の真ん中でテント村のバザールができあがる。

 人々のにぎわいを横目に、あきらかに異邦人といった出で立ちの『伯爵』はテントのあいだの通りを抜けて、もっとも騒がしい天幕へと向かっていく。

 そこには、きらびやかな色合いで現地語の文字が書かれた看板が掲げられている。酒瓶とジョッキの絵が描かれていることから、『伯爵』にも酒場とわかる。

 及び腰でテントのなかの様子をうかがっていた初老の男が、異邦人の気配に気がつき顔を向ける。酒臭い吐息が、漂ってくる。

「アンタ、旅人かい……? いまは入らんほうがいい。ドミンゴ団の連中が荒れてやがる」

「そうかね。調度良い」

 老人が静止するよりも早く、『伯爵』は天幕のなかへと足を踏み入れる。

「あぁ? なんだ、テメエ……」

 テント内のテーブルといすを占拠する男たちが、見慣れぬ格好の来店者に向かって敵意に満ちた視線を向ける。

 スパイクのようにとがったモヒカンヘアに、袖無しのレザージャケットを羽織った男たちは、相当に酒量が進んでいるのか茹で蛸のような赤い顔になっている。

「おい、おいおい。いまこの店は、オレたちの貸し切りだぜえ?」

「まさか、オレたちがドミンゴ団だってことを知らねえわけねえよなあ?」

「ふむ、ドミンゴ団。まさにそれだ」

 ドスを利かせる酔っぱらいたちを前に、『伯爵』は平然とした様子で応じる。テントの奥から、不安そうな視線を向ける店主の顔が見える。

「『塔』を中心とした一帯をテリトリーとする有力戦車団だ。しかし一ヶ月ほどまえ、謎の勢力に手痛い敗北を喫し、この地点まで後退してきた。違うかね?」

 この次元世界<パラダイム>──アストランの『戦車団』とは、愚連隊であり、運び屋であり、用心棒だ。統治機構の存在しない荒野で、彼らの影響力は大きい。

 戦車団は、非武装の人間やキャラバンの護衛を請け負うほか、高度な技術<テック>を持っていた先史文明の遺跡を縄張りとして管理している。

 文明が衰退し、ゼロから機械を作る技術を失ったこの次元世界<パラダイム>にとって遺跡から発掘される過去の遺物は生命線だ。

 戦車団という名の荒くれものたちは、護衛と管理という名目で先史文明の遺跡を抑え、発掘者たちからみかじめ料を徴収する。無政府状態の錆野の不文律だ。

「おい、なに知った口を利いてるんだ? おっさん!?」

 がたいの大きいモヒカンが、いすをひっくり返しながら立ちあがると、どすどすと足音を立てながら『伯爵』のもとに詰め寄ってくる。

「……おっさんではなく、『伯爵』と呼んでくれないかね」

「ああ!? なにを言ってやがるッ!!」

 異邦人よりも頭ひとつは身長の大きい荒くれものが、『伯爵』の襟首をつかむ。キャスケット帽の男の顔は涼やかだ、モヒカンたちには、余計に気に食わない。

「やれやれ、悪い酒だ。酒は飲んでも呑まれるな、という言い回しはこの次元世界<パラダイム>には存在しないのかね」

 どすん、と音を立てて異邦人が握っていたボストンバックが地面に落ちる。『伯爵』の右手の指が、自分の襟首をつかむ腕に食いこむ。

「うガは……ッ!?」

 モヒカンは悲鳴をあげる。小柄な異邦人は、やすやすと荒くれものの腕をひねりあげる。関節があらぬ方向に曲がる……直前で、『伯爵』は手を離す。

「骨は折れていないはずだ。筋に関しては保証しないがね。早急なアイシングをお勧めする」

「あががッ、ごが……」

 右手首をおさえ、ひざをついてうずくまるモヒカンを異邦人は見おろす。周囲の荒くれものたちが、一斉に立ちあがる。

「余所者が! 調子に乗りやがってッ!!」

『伯爵』を包囲するモヒカンたちは、ナイフや酒瓶、どこから持ちこんだのかチェーンや鉄パイプを手にしている。

 充血した目をギラつかせ、いままさに飛びかからんとしたそのとき……

「やめな、腑抜けども! 調子に乗っているのはどっちだい!?」

 テントの入り口から、しわがれた女の怒声が大音量で響きわたる。『伯爵』とモヒカンたちは、同時に声の主のほうへと視線を向けた。

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