【第2部7章】百の絶望の底に埋めたもの (1/4)【探訪】
決して晴れることのない分厚い雲の合間を、橙色の稲光がきらめく。大気は汚染ガスに満ち、毒々しい紫色のスモッグが視界の邪魔をする。
大地をおおいつくすのは、赤錆の浮いた無数のガレキ。動物はおろか、植物とて存在できない過酷な環境のなかを、ひとつの人影が歩いている。
つぎはぎだらけの防護服に、ひびの入ったゴーグルを身につけ、大きなシャベルを背負っている。その体格は、平均的な人型種族の子供ほどだ。
厚底の長靴でガレキの荒野を踏みしめた人影は、顔をあげる。天蓋のごとき灰色は左方向へと回転する渦を巻き、その中央にはぽっかりと穴があいている。
少しまえ、空にあいた穴からいままでに見たことがないほどの大量のガレキが落ちてきた。その後、ぴたり、と落下物が見られなくなった。
つぎはぎだらけの防護服の人影──ワッカとその一族は、空から落ちてくる他の次元世界<パラダイム>では廃棄物として扱われるようなものを拾い集めて、生きるための糧としている。
空の穴の下には、いままで途切れることなく降り注いだ落下物が積もり積もって、うずたかいガレキの山となっている。
鉄と錆の荒野を踏みしめながら、ワッカは進む。廃棄物に一面おおわれた地面のところどころから、ちろちろと紫色の炎が噴き出している。
空の穴からのガレキの落下が、ぴたりと止まって一族の者たちは不安がってる。しかし、発掘者<スカベンジャー>であるワッカは少し違った。
無論、このまま落下物が止まったままならば問題になる。しかし、ガレキの蓄積は膨大だ。すぐに資源が尽きることはない。
むしろ、自分でも不思議に思うような、静かな高揚感があった。なにか、変化が起きている。自分たちではおよびもつかない、なにか大きな──
「どんがらだった」
ワッカは、ガレキの大地に口を開いた穴を発見すると、慣れた足取りで跳びこえる。周囲の安全を確認すると、手荷物をまさぐる。
ぼろをまとったような発掘者<スカベンジャー>は、ひしゃげた鉄板を取り出すと、曲がった釘で傷をつけて、地図を描く。
「……勇者サマ、元気にしているか? おいらたちは、元気だら」
廃棄物の山と地図上の現在地点を照合しながら、ワッカはつぶやく。かつて、こことは違う世界からやってきた青年との交流は、短い期間ではあったが、いまでも強く心に焼きついている。
自分たちの一族は、産まれたときからガレキの山を掘り起こし、そこから食料や道具を手に入れて、そして死んでいく……それが、当然だと思っていた。
だが、ワッカが『勇者サマ』と呼ぶ青年との出会いは、異なる世界の存在を、違う生き方の可能性を教えてくれた。
「できるなら、もう一度、勇者サマに会いたいだら……」
青年と別れて以降、小さな発掘者<スカベンジャー>は新しいこと、未知なるものを探すようになった。
いままであたりまえだと思っていた集落とガレキの山を行き来するルートから外れ、以前だったら見向きもしなかった山裾を踏査しはじめた。
新たな探索行は、早速、ワッカに発見をもたらした。遺棄されたシェルターの跡を、いくつか見つけたのだ。
廃シェルターは、集落から離れて探索するさいのキャンプ地として利用できる。整備すれば、万が一の場合、一族の移住場所としても利用できそうだった。
つぎはぎだらけの防護服を着こんだ小人は、こうして、ガレキの大山を右回りに迂回し、その向こう側を目指すことを当座の目標に定めた。
「央心地からずいぶんと離れているのに……ひどい汚染霧だら」
ひびの入ったゴーグルの表面を、手袋の甲でぬぐう。紫色のスモッグが視界をふさぐ。ワッカは足取りをゆるめ、慎重に歩をふさぐ。
鉄板に記した自作の地図が正しいならば、すでに集落から見た廃棄物の山の裏側にたどりついているはずだ。まぎれもない未知の領域だ。
一歩ずつ錆びた鉄を踏みしめながら、発掘者<スカベンジャー>はゆっくりと進んでいく。撤退すべきか、という思考がよぎったころ、汚染霧の向こうになにかが見える。
「どんがらだった。なんだ、これは……?」
汚染空気とガレキのなかにまぎれこむように潜んでいたのは、ワッカには見たことがないほど巨体なドーム状の建造物だった。
「そういえば、昔、長老から聞いたことがあるだら。ガレキの荒野のどこかに、開かずの扉の城があるって……まさか、これが……」
小さな発掘者<スカベンジャー>は、未知の建造物に近づいていく。あまりにも大きな門が見える。まるで、巨人が出入りするためのような……
──ボガァンッ!
突然、爆発音が響く。ワッカは、その場で腰を抜かす。開かずの扉かと思った城門は、紅蓮の炎をまといながらはじけ飛び、ばらばらに砕け散った。
小さな発掘者<スカベンジャー>は、どうにか立ち上がりながら目をこらす。爆煙とスモッグの向こうに、人影が見える。
「げほ、げほお……ッ。さもありなん、ずいぶんとひどい空気なのよな! 早くなかにもどらにゃ、窒息しちまう……!!」
白煙が晴れて、そのなかから一人の女性の姿が現れる。呆然とその様子を見つめていたワッカは、おどろくほど軽装のその女と目があった。
→【三者】
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