200202パラダイムシフターnote用ヘッダ第12章12節

【第12章】龍たちは、蒼穹に舞う (12/12)【天命】

【目次】

【伴侶】

「げぼっ! げぼお──ッ!!」

 ただっ広い空間に、老人のむせこむ声が響きわたる。薄暗い、円形の部屋だ。床と壁は金属質の素材でできていて、天井は分厚い特殊ガラス越しに星々が見える。

 広間の中央には、巨大な円柱状のオブジェクトが鎮座している。樹の幹を模したような人工物からは、緑色の輝きがこぼれ、部屋の数少ない光源になっている。

 機械の樹の足元からは、まるで張り巡らせた根のように無数のチューブが伸び、金属質の床を這い回っている。

 淡い緑色の輝きを伝導するチューブの半分は、寝台と車いすの合いの子みたいな形状の介護機具に接続され、そこに身を横たえる老人にエネルギーを流しこむ。

 介護ベッドの主は、まぶたを震わせながら、視線をさまよわせる。宙空には、無数の立体映像が浮かんでいる。

 いずれも、龍皇女の次元世界<パラダイム>に派遣した工作員たちが撮影したもの……セフィロト社の敗北と失敗の動かぬ証拠たちだ。

「──ッシャア!」

 突然、老人はかんしゃくを起こしたかのように奇声をあげる。枯れ枝のような指先が、手元のスイッチを操作し、映像は一斉に途切れる。

 介護ベッドの主は、荒く息をつきながら、天井の星空を仰ぐ。その両脇には、二人の男が微動だにせず、直立して控えている。

 一人は、カイゼル髭を口元にたくわえ、燕尾服を身にまとう伊達男。もう一人は、白衣を羽織い、赤く光る精密義眼を埋めこんだかくしゃくとした老人。

 セフィロト社の最高幹部であるスーパーエージェントの二人、『伯爵』と『ドクター』の姿が、そこにはあった。

「なんとなればすなわち……完膚なきまでの失敗ですかナ。『社長』?」

 白衣の『ドクター』が、重苦しい沈黙を破り、言葉を発する。

 寝台に身を横たえる枯れ木のような老人──セフィロト社社長、オワシ・ケイシロウは、もごもごと口を動かす。

「くわ──ッ! 役立たずどもめ!! このプロジェクトのために、儂が、どれだけの金と時間を継ぎこんだと思っている……げぼっ、げぼおっ」

「ふむ……して次は、如何なる一手を打つつもりですかね? 『社長』」

 虚穴のような双眸を見開く老人に対して、臆することなく『伯爵』が声をかける。トレードマークのシルクハットは、いまは頭上ではなく、胸の前にある。

「……『ラビット・デルタ』を、投入しろ」

「アレを……?」

 いまにも消え入りそうなオワシ社長の声を聞いて、白衣の『ドクター』は眉根を寄せる。視線を伏せた『伯爵』が、同僚の代わりに口を開く。

「ふむ。全面戦争になりますが?」

「かまわん……『ドクター』、貴様が前線で指揮を執れ」

「戦術の采配に関しては、我輩のほうが『ドクター』よりも得意ですかな」

「『伯爵』、貴様は本社待機だ……げぼっ、げぼおっ!」

 オワシ社長の激しいせきこみに隠れるように、『伯爵』はため息をつく。『ドクター』はデバイスを操作し、マニュピュレータで老人に吸入薬を投与する。

「スゥ……ハァ……儂の指示を理解しているのならば、とっとと行かんか。時は金成。一分一秒たりとも、惜しいのがわからんのか……」

 老人の言葉を聞いた二人のスーパーエージェントは、しわとしみだらけの後頭部に一礼すると、セフィロト社のトップに背を向ける。

 オワシ社長は、二人のスーパーエージェントの靴音と、厳重なセキュリティ機構を内蔵した自動ドアの開閉音を聞く。広大な空間──社長室に、静寂が訪れる。

 介護ベッドのうえの老人は、今にも折れそうな枯れ枝のごとき指を、天井越しに見える星空に向けて伸ばす。その口元がうごめき、かすかに言葉を紡ぐ。

「我が天命の成就……その邪魔は、何人たりとも、断じて許さぬ……」

【第13章】

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