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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (10/16)【破滅】

【目次】

【独裁】

「オワシ社長ッ! 我々をたばかったなアァァー!?」

 大総統は勢いよく立ちあがると、両目をむきながら、怒声をあげる。セフィロト社のトップは動じることなく、小さくあごを動かす。

 そのあとに起こったのは、一瞬の出来事だった。まばたたきする間に、最高司令官の首が無くなり、どさり、と胴体だけが床へ倒れた。

 ココシュカをはじめ、親衛隊の全員がなにが起こったのか見定められなかった。狼耳の少女が、血に塗れたナイフを握り、大総統の頭部を抱えていた。

「げぼっ、げぼお……っ! よぉし。首は、こっちに持ってこい」

 獣の部品のついた少女は、オワシ社長の言葉に従い、そのひざのうえに最高権力者の首を置く。老人は、ぽんぽんとその頭をたたく。

「ごらんなされ、大総統どの。あなたも見たがっていた、破滅の光景ですぞ……」

「……貴様ァ!」

 どこか恍惚とした様子で、モニター上の惨劇を見つめるセフィロト社のトップに対して、親衛隊長がレーザーピストルをかまえる。ほかの隊員も、それに従う。

 ココシュカだけが、出遅れる。同僚たちの銃口から、殺意の光条が放たれることはなかった。気がついたときには、全員、首が無くなっていた。

「……ッシャア! いま、いいところじゃ。邪魔をするな、若造どものが……げぼっ、げぼおっ!!」

 ココシュカは、その場で腰を抜かした。大総統のときと同様、仲間の首をはねた下手人は狼耳の少女だった。

 この期に及んで、オワシ社長の周辺に護衛がいなかった理由を理解する。この娘一人で、十分だったのだ。

 無表情にナイフを握っている幼い少女は、殺意を発することの無かったココシュカには興味を示さない。そういう風に、教育されているのだろう。

 親衛隊唯一の生き残りは、這うようにして部屋の外に転がりでる。どうにか立ちあがると、よろめきながらも廊下を走りはじめる。

 総統府にある管制室の制御権限は、各ミサイル発射場よりも上位に設定されている。たどりつければ、重力爆弾の暴走を止められるかもしれない。

 数分の道程が、何時間にも感じられた。なんとか、管制室に到着する。扉は、ロックされている。いやな予感がする。レーザーピストルで電子錠を焼き切る。

 ココシュカは、光線銃をかまえながら、オペレーティングルームへと踏みこむ。

 本来、兵器の遠隔制御を担当しているはずのスタッフたちは皆たおれ伏し、見慣れぬ白衣の男がコンソールのまえに立っている。ココシュカは、男の背に銃口を向ける。

「……動くな! その場で両手を挙げろッ!!」

 男は、ココシュカの命令に従うことなく、悠然と振りかえる。老人といえる風貌だが、ぴんと背筋は伸び、外見年齢はオワシ社長よりだいぶ若い。胸元には、セフィロト社の社員証が金色に輝く。

「なんとなればすなわち……キミたちに余計な手間をかけさせまいと、手短に片づけようと努力していたつもりだったのだが……お騒がせしてしまったかナ?」

 ココシュカは、かくしゃくとした老人に対して注意を払いつつ、オペレーティングルームの様子を横目で一瞥する。

 管制室の壁面にしきつめられたモニターに、意味不明な文字列がせわしなく表示されている。なんらかの悪意あるプログラムを走らせられている可能性が高い。

「黙れといっている! 小官は警告した、撃つッ!!」

 場違いに飄々とした笑顔を浮かべる白衣の老人に対して、ココシュカはレーザーピストルをかまえたまま、引き金に力をこめる。ほぼ同時に、後頭部に衝撃が襲う。

 ココシュカは、一瞬だけ気を失った。気がつけば、床にたおれ伏していた。オワシ社長の隣にいた、狼耳の少女のしわざだ。自分のことを、追跡していたのだ。

「……ひっ」

 ココシュカは、思わず息を呑む。驚くほど体重の軽い幼き少女は、女軍人の背にまたがり、血塗られたコンバットナイフの刃を首筋にあてる。

「あー。そこまでだ、シルヴィア。わざわざ命を奪う必要はないかナ」

「……社長は、殺せ、と言っていたのだな」

「なんとなればすなわち、この次元世界<パラダイム>は、もうすぐ崩壊する。放っておいても問題はないかナ」

 白衣の老人の言い分に納得したのか、狼耳の少女はココシュカの首筋から刃を離す。女軍人は、レーザーピストルを握りなおそうとする。幼い少女が、銃を蹴り飛ばす。

「軍部が秘匿していた技術<テック>データの回収も完了したかナ。今回の収穫は、導子テクノロジーの発展に大いに貢献してくれることだろう」

「貴様ら……ッ! はじめから小官たちのことを裏切るつもりで……!!」

 ココシュカの悲痛な叫びを、頭上の二人が意に介す様子はない。

「さて、シルヴィア。そろそろ、エージェントたちが退避用の次元転移ゲートの準備を完了させている手はずかナ。次元崩壊に巻きこまれぬよう、社長をお連れしなければ」

「……了解だな。『ドクター』」

 白衣の老人と狼耳の少女は、ココシュカから離れて歩きはじめる。うら若き女軍人は、たおれ伏したまま、むせび泣き、動けない。

 当然のように存在して、己の立つ次元世界<パラダイム>が突然に崩壊したとき、どうすればいいのかなど、教わってなどいなかったから。

「しかし……エネルギーチャージと座標計算を併せて五十時間もかかるようでは、実用性に難がありすぎるかナ。次元転移ゲートも、次世代型へ改良したいものだ……」

 セフィロト社の尖兵が立ち去り、少し経過したのち、ココシュカはゆっくりと立ちあがる。建物が小刻みに揺れている。重力爆弾の影響が、総統府まで及びはじめている。

 うら若き女軍人は、ふたたび走りはじめる。エレベーターは停止している。全速力で、階段を駆けのぼる。屋上のヘリポートを目指す。

「はあっ! はあはあ……!!」

 息を切らせながら、どうにかココシュカは総統府の最上部にたどりつく。うら若き女軍人が、末期をすごそうと決めたのは、愛機『ヴァイパー』のそばだった。

 摩天楼の屋上から見える市街が、無尽蔵に膨張する漆黒の重力球に呑みこまれていく。重力爆弾の暴走は、複数箇所で発生したようで、四方八方で力場が膨らんでいる。

 ココシュカは、愛しき戦闘ヘリの装甲板にすがりつく。まもなく、親衛隊唯一の生き残りの視界は闇に染まり、音も聞こえなくなり、最後に意識が途絶えた。

【流浪】

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