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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (9/16)【独裁】

【目次】

【仕込】

 故郷の雲は、もっと重苦しい色をしていた気がする。ココシュカは、いまは亡き高技術<テック>文明の築かれた次元世界<パラダイム>の産まれだ。

 女軍人は、まだ故郷ほど技術<テック>の発展した次元世界<パラダイム>を見たことがない。名前は──どうでもいい。いまはもう、存在しない世界だ。

 彼女が育ったのは首都で、大規模な核融合発電によって無尽蔵のエネルギーが供給され、反重力車輌が摩天楼のあいだを縦横無尽に飛びまわっていた。

 政治は、軍部の独裁政権によって担われてひさしい。ココシュカが産まれるよりも以前に、次元世界<パラダイム>の外からやってきたセフィロト社なる存在の協力を得て、クーデターを成功させたという。

 幼きころのココシュカは、自分が暮らす世界に息苦しさを感じることはなかった。それが不幸なことだと、教わっていなかったから。

 少女は、初等部と中等部の教育機関を優秀な成績で卒業し、軍の士官学校へと進学した。この世界では、トップクラスのエリートルートだ。

 飛び級も経験し、ココシュカは士官学校で首席の成績をおさめ、最高権力者である大総統の親衛隊の一員に就任することとなった。

 いまとなってはばかばかしい限りだが、総統府の就任式で大総統みずからの叙勲を受け、感動にうち震えたことを覚えている。

 もっとも、ハイティーンの彼女にとっては仕方のないことだろう。横柄で恰幅のよい最高権力者に対して、それ以外に抱く感情など、教わっていなかったから。

 しかし、ココシュカの人生においてもっとも鮮烈な瞬間は、そのすぐあとにおとずれた。親衛隊の専用機として配備された軍事ヘリコプターと引きあわされたのだ。

 力強く一直線に伸びる回転翼、ぴんと後方へ誇り高く伸びたテールブーム、重厚で威圧的な搭載機銃、黒曜石のごとき輝きを放つ特殊装甲……

 あのときに覚えた胸の高鳴るような感覚をなんと呼ぶのか、うら若い彼女はわからなかった。当時のココシュカは、「一目惚れ」という言葉を、教わっていなかったから。

 ともかく、新米の親衛隊員は、自分にあてがわれた機体を大いに気に入った。「ヴァイパー」というコードネームも、よく似合っていると思った。

 この戦闘ヘリは、軍の工廠とセフィロト社が共同開発した自律兵器に戦術的意義を奪われ、やっかい払いのような形で親衛隊に押しつけられた……というウワサを、のちに小耳に挟んだ。

 それでも、ココシュカの感情が醒めることはなかった。慣熟訓練のとき、軍事パレードのパフォーマンスのとき、愛機とともに空を舞うひとときは満ち足りた逢瀬だった。

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「次元間戦争……?」

「左様」

 実用性に支障がでるのではないかと思うほどの大きさのテーブルを挟んで、大総統が聞きかえす。対面の席に座る老人が、横柄にうなずく。セフィロト社のトップ、オワシ社長だ。

 最高司令官の護衛として同席していたココシュカは、表情も変えず、老人の口にした言葉をいぶかしんだ。次元間戦争。SF映画のモチーフとしても、使い古されている。

 しかも、攻撃対象となる異世界は魔法<マギア>なる技が存在し、天馬や巨人が生息するおとぎ話のような次元らしい。詐欺師とて、もう少しましな嘘を選ぶ。

 だが、大総統は違った。目を丸くしつつも、喰いいるように前のめりとなる。老いさらばえ、木彫り細工のように生気のないセフィロト社長の口元が、にやり、とゆがむ。

 ココシュカは、あのとき背筋に走った怖気をよく覚えている。悪魔というものがいるのなら、あのように笑うのだろう。

「げぼっ、げぼお……っ。失礼……我が社の次元転移技術と、総統どのの率いる軍事力をあわせれば、夢物語ではない……と思いましてな。提案した次第」

 手足は枯れ木のようにやせ衰え、自走式の車いすに腰かけた老人は、見かけからは想像もできない饒舌さで言葉をつむぐ。オワシ社長の笑みが、大総統に伝染する。

 もっとも、最高権力者の反応にも無理はなかった。軍部独裁が始まって、数十年。散発する反乱分子の鎮圧程度では、肥大化する軍の存在を正当化するのは限界がきていた。

 セフィロト社のトップは、制圧先の次元世界<パラダイム>──確か『ユグドラシル』という名だったと思う──における、希少化石資源ユグドライドの採掘権を条件に、軍部との提携を持ちかけた。

 オワシ社長の話術に乗った大総統は、同席する軍幹部の意見も聞かず、あれよあれよという間に契約は締結された。

 もっとも、熟考したところで答えは変わらなかっただろう。ココシュカをはじめとする軍の構成員は、最高司令官の決定に逆らうなどという発想を、教わってはいなかったから。

 かくして、次元間戦争という前代未聞のプロジェクトが滑りだした。

 セフィロト社が持つ次元転移ゲートを利用し、軍部の最新広域破壊兵器である重力爆弾を相手次元に撃ちこむ。そのための次元間巡航ミサイルは、両者の共同開発とする。

 戦争の準備は、驚くほど順調に進んだ。およそ一年ほどで、すべての手はずが整い、ついにその日が来た。

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 大総統とオワシ社長は、迎賓室に設けられた大型モニターをまえに、二人並んでいた。ココシュカも、護衛としてその場に立ち会った。

 こちらを信用しているのか、みくびっているのか、セフィロト社側に護衛らしきものはいなかった。

 ただ、狼の耳と尻尾の生えた幼い少女のみをただ一人、オワシ社長は侍らせていた。バイオテクノロジーによって作られたペットか、とココシュカは思った。

「げぼっ、げぼお……っ。失礼、大総統どの。歴史的瞬間が、近づいておりますぞ?」

「うむ、うむ……っ!」

 セフィロト社トップのセールストークに、最高司令官は子供のように目を輝かせ、くりかえしうなずく。モニターには、次元間巡航ミサイルの発射場が映されている。

 技官が、カウントダウンを開始する。上空にノイズ混じりの電光を走らせながら、次元転移ゲートが展開される。大総統はじめ、軍人たちは固唾を飲んで中継映像を見守る。

「……ゼロッ!」

 技術者と重ねるように、最高権力者が声をあげる。推進剤の燃える豪炎を噴きながら、ミサイルが上昇していき、空中に展開された次元転移ゲートに呑みこまれていく。

 同僚たちが快哉をあげるなか、ココシュカは大型モニターわきの技官の様子が気になった。通信機を手に取り、焦ったような様子でせわしなく言葉を交わしている。

 対照的に泰然とした態度のオワシ社長は、よこに侍る狼耳の少女から耳打ちを受ける。セフィロト社のトップは横柄にうなずき、大総統のほうを見る。

「げぼ……っ、げぼおっ。失礼……我が社のスタッフから、連絡がありましたぞ。相手次元に無事着弾した導子波長を関知したとのこと。攻撃成功ですな」

「おお、おお……っ! いやはや、なんと偉大なる事業……着弾の様子をこの眼で見られないのが、残念でならない……」

 感際まわった最高司令官の顔を見て、にたり、とオワシ社長は笑う。ココシュカは、いつかの怖気を思い出す。

「それならば、これから見られますぞ。大総統どの?」

「閣下! 発射場から緊急連絡……予備のミサイルまで、全弾発射されたとのことです!!」

 技官が、悲鳴じみた報告で老社長の言葉をさえぎる。大総統は、ぽかん、と目を丸くして、すぐ我にかえる。

「待て、待て待て……! それは攻撃予定の十倍の数だぞ!? 制圧どころか、世界が粉々になりかねんではないか!!」

「大総統! モニターをご覧くださいッ!!」

 親衛隊長が、声をあげる。格納庫から漆黒の半球が生じ、見る間に膨らんでいき、ミサイル発射施設のみならず周辺の建物まで呑みこんでいく。重力爆弾の炸裂だ。

「これじゃ! これぞ、儂の見たかった光景よ……ッ!!」

 唖然とする大総統と親衛隊員をしり目に、オワシ社長はかすれ声で高笑いをあげていた。

【破滅】

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