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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (11/16)【流浪】

【目次】

【破滅】

 ココシュカが次に目を覚ましたとき、まったく見知らぬ土地にいた。

 ぎらぎらと照りつける太陽、赤茶けた荒野、ところどころに緑の濃い灌木が茂る。錆のような臭いのする風が、気にくわない。都市らしきものは、見あたらない。

 ココシュカは、一人だった。愛機『ヴァイパー』は、目の届く範囲にはいなかった。

 幸いなことに、人間がまったくいないわけではなかった。元親衛隊員は、傭兵の真似事をして日々の糧を得た。水があわず、何度も腹をこわし、高熱を出した。

 放浪暮らしを続けること、五年。ココシュカは、谷間の奥に墜落して、スクラップ同然になった愛しき戦闘ヘリを発見した。

 かつてエリート軍人だった女は、飛ぶどころか動くことすらできない航空兵器の残骸を住処かわりにして、隠者のごとき暮らしを送るようになった。

 ココシュカの止まった時計がふたたび動き出したのは、隠遁生活を初めてさらに五年が経ってからだ。

 人と会話を交わすことすらなくなって久しいころ、一組の男女が尋ねてきた。

「あなタが、ココシュカ・ナターリアなので?」

 女が、問う。真紅のローブを目深にかぶり、表情はうかがえない。元親衛隊員は、警戒しつつ、来訪者の出方をうかがう。

 もう一人の同行者は、白衣にノンフレーム眼鏡の神経質そうな男。胸元で銀色の輝きを放つプレートには見覚えがある。セフィロト社の社員証だ。

 二人ともとも、原住民とは、あきらかに異なる服装だ。十年まえのときと同じように、別の世界から来た人間たちか。

「確かにその通りだが……まずは、自分たちから名乗ったらどうだ?」

「これは失礼したので……わたシの名は、エルヴィーナ。仲間たちからは、『魔女』などと呼ばれています」

「ぼくは、モーリッツ・ゼーベックと言う者だが……プロフェッサー、あるいはプロフなどのほうが通りがいいだろう。セフィロト社の、技術者だ」

「セフィロト社……」

 ココシュカは、己の故郷の仇である次元間巨大企業の名前を復唱する。自分でも驚くほど、怒りの感情は沸いてこなかった。

「単刀直入に申しあげるので……あなタさえ良ければ、そのヘリコプターを修理します。代わりに、わたシタチに協力してもらいたい」

 ココシュカの心臓が、びくんと脈打つ。愛機『ヴァイパー』が、よみがえる。あまりの驚愕に眉根が動く。感情が顔に表れるなど、何年ぶりだろうか。

 しかし、懸案もある。真紅のローブの女のうしろで居心地が悪そうにしている男は、みずからセフィロト社の所属だと名乗った。怒りが沸かぬとて、信用できぬ相手に変わりはない。

「それは……小官にセフィロトの尖兵となれ、と言っているように聞こえるのだが?」

 ココシュカの質問に対して、『魔女』と名乗った女はゆっくりと首を左右に振る。

「むしろ、逆なので。セフィロトに対する決起のさいに、力を貸してもらいたいのです」

 ココシュカの眉間のしわが、深くなる。奇妙な話だ。セフィロト社の人間を同伴した者が、次元間巨大企業への反旗を公言している。

「どうにも、さもしいな。まあ、いい……どうせ、小官は死んだようなものだが。それでもいいなら、話を呑もう」

『魔女』と名乗った女は、ココシュカの返答に満足げなうなずきをかえす。セフィロト社の技術者が、携帯端末を操作する。

 三人と一機を囲むように、緑色の光の円──次元転移ゲートが展開される。親衛隊時代に見たものとは、輝きの色が違った。

 ココシュカたちは、そのままノイズ混じりの光のなかへ呑みこまれた。

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「物理的にも、化学的にも、ひどい損傷だ。十年という月日は、いかんともしがたい。新品を用意したほうが到底、早いが……それでは、満足いかないのだろう?」

「当然だが? 小官からの要求は『修復』の一点だけだ。具体的な方法は、貴兄らにまかせる」

 ココシュカが連れてこられたのは、セフィロト社の企業植民地である次元世界<パラダイム>、グラトニア。そこの工業地帯の一角だった。

 ココシュカとプロフェッサーは、『ヴァイパー』の残骸を納めた倉庫内で、慌ただしく行き来するメカニックたちの様子を見下ろしていた。

「了解した。可能なかぎり、既存の部品を残す方向で検討する。それでも、大幅な改修はまぬがれない。満足してもらえるかは……実物を見せるほかないだろう」

 プロフェッサーは、白衣を羽織った肩をすくめて見せる。ココシュカは、いかなる反応も示さずに、愛しい機体を見つめ続けた。

「グばアわげ──ッ!?」

 格納庫に、悲鳴が反響した。退室しかけたプロフェッサーが、あわてて振り返る。

『ヴァイパー』の姿が無くなっている。代わりに、ガラクタのからみあった長虫のような存在が暴れまわり、逃げまわるメカニックをひき肉へ変えていく。

 金属の大蛇は、プロフェッサーの部下であろう技術者たちを鏖殺したあと、茫然自失と事態を見つめるココシュカのまえで鎌首をもたげ、動きを止める。

「おまえなのか、『ヴァイパー』……?」

 ココシュカは、自分の胸中に浮かんだ直感をつぶやく。無機物の長虫は、そのとおりだ、と言わんばかりに血塗られた身体をよじる。

「なるほど……これが、あなタの転移律<シフターズ・エフェクト>なので」

 ココシュカは、びくっと背筋を伸ばす。いつの間にか、自分の背後に『魔女』が立っていた。真紅のローブの女は、艶やかなてかりを放つ唇を元女軍人の耳元へよせる。

 熱のこもった吐息が、耳たぶをくすぐる。ココシュカは、かつてオワシ社長のときに味わったような怖気を感じながらも、その甘い声音から意識をそらせない。

「もとに戻してみて……? あなタなら、できるはずなので」

『魔女』に言われるまま、ココシュカは金属製の大蛇に向かって、右手をかざす。ガラクタの長虫は、かつての乗り手の意思に従う。

 金属製の大蛇は、倉庫内のもといた場所まで這っていくと、そこでとぐろを巻く、構成部品がほどけ、戦闘ヘリの残骸の姿へと戻っていく。

 転移律<シフターズ・エフェクト>──世界の壁を越え、次元跳躍を果たしたものに与えられる異能<ギフト>、のちにプロフェッサーからそう教わった。

「『巫女』の予言どおり、素晴らしい転移律<シフターズ・エフェクト>なので。これは、わたシたちにとって大いなる力となるでしょう……」

 真紅のローブの女が、小さく舌なめずりしながら、ささやく。ココシュカは、強い酒精にあてられたような酩酊感を覚える。

 同時に、胸の奥で強く鼓動を刻む心音が耳に響いてくる。十年間のあいだに失われていた、いまここで自分の生きている実感がよみがえってきた。

【交歓】

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