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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (12/16)【交歓】

【目次】

【流浪】

「それでは、よろしくお願いしますので。ココシュカ・ナターリア」

「了解だが。部隊との連携は特に考えず、独断で動いてかまわないのだな?」

「ええ、他の人間があなタの足を引っ張ってはいけないので。ともかく、わたシタチ本隊が、セフィロト社の拠点ビルを制圧するまで、敵を押さえてもらえれば」

 グラトニア・レジスタンス、決起の日が来た。セフィロトのオワシ社長が急死したという。指揮系統の乱れにつけこむ作戦らしい。

 次元間巨大企業のトップも、ココシュカが実際に見たときも相当な老年だったというのに、よくも十年以上、生にしがみついたものだ。

 導子通信機越しの『魔女』と最後のブリーフィングを終えると同時に、ココシュカは愛機のシステムを立ちあげる。漆黒の満ちたコックピットに、青白い文字列が浮かぶ。

 外部カメラが、起動する。正面のみならず、前後左右、それに上下にも外の景色が映し出される。以前の『ヴァイパー』にはなかった、360°モニターだ。

 座席のみが宙に浮いているようにも錯覚するなかで、ココシュカは各種計器が示す数値を確認する。センサー類も、士官学校で習ったものとは別物に取り替えられた。

 搭載武器も異なる。親衛隊時代の戦闘ヘリは、高縮レーザー砲を主兵装としていた。いまは機銃とミサイルがメインだ。過去に経験した演習とは、勝手が違うだろう。

 プロフェッサーは、レーザーよりも実弾兵器のほうが信頼性と継戦能力は高い、と説明していた。要は、セフィロト社の技術では用意できなかった、ということだろう。

 だが、これは間違いなく『ヴァイパー』だ。どれだけ姿を変えても、自分が愛した航空兵器だ。高鳴る胸の鼓動が、なによりの証拠だ。

「征くぞ、『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』!」

 ココシュカは、己の異能であり、愛しき存在でもあるものの名前を呼ぶ。操縦桿を操作し、機体の出力を上昇させる。

 ローターの回転速度が増し、振動がコックピット内にまで伝わってくる。航空兵器は、草原のうえに作られた仮設のヘリポートから離陸する。

「ふん……ただ修復しただけのダウングレード、というわけではなさそうだが」

 ココシュカは、つぶやく。なるほど、プロフェッサーは持てる最新技術を詰めこんでくれたようだ。以前より格段に、上昇速度が増している。慣性による重力を強く感じる。

 女操縦手は、のろのろと地面を進むグラトニア・レジスタンスどもを一瞥する。セフィロトの工廠から奪った戦車が五台。それに付き従う、練度もばらばらの随伴歩兵たち。

 ココシュカは視線をまえに向ける。セフィロト企業軍の演習場から、蜂の巣をつついたように、戦車と戦闘ヘリで構成された機甲部隊が出撃してくる。

 ひいき目にも見ても、彼我の戦力差は1:10といったところか。航空戦力に至っては、こちらはココシュカしかいない有様だ。

 女操縦手は、地上の友軍を無視し、単騎で敵機の群れへと突っこんでいく。対地対空両用ミサイルを、戦車部隊の先頭に撃ちこみ、爆散させる。

 セフィロト企業軍のヘリが、ココシュカと『ヴァイパー』を包囲するように散開していく。女操縦手は敵機の動きを見て、愛機のほうが機動性で大きく勝ることを悟る。

「あの白衣の男……プロフとか言ったか。技術力は、確かなようだが」

 正面の敵戦闘ヘリが、機銃掃射を浴びせてくる。ココシュカは操縦桿をたおし、『ヴァイパー』を前傾姿勢にして、回転翼で銃弾を受ける。

 通常のヘリであればメインローターは急所だが、産まれ変わった愛機は導子力場<スピリタム・フィールド>で強度を飛躍的に向上せている……と説明されていた。

 導子工学。これは、ココシュカの産まれ故郷には存在しなかった技術だ。それどころか、プロフェッサーが独自に開発し、セフィロト社のほかの機体にも搭載されていない装備らしい。

「獅子身中の虫とは、よく言ったものだが」

 まるで盾のように『ヴァイパー』の回転翼は、弾丸をはじき防ぐ。そのまま、正面の敵機へ向かって吶喊<とっかん>していく。

 まるで特攻に見えるココシュカの愛機の動きを見て、相手の戦闘ヘリはうろたえたように後退しようとする。遅い。モニター正面に、敵機体の姿が大きく移しだされる。

『ヴァイパー』のコックピットが、大きく揺れる。導子力場<スピリタム・フィールド>に包まれたメインローターが、ギロチンのごとく敵機の胴体を大きく斬り裂く。

 横っ腹に裂傷を負った航空兵器は、バランスを崩し、地面に向かって落下していく。敵の僚機どもは、うろたえたように空中の包囲網をゆるめる。

 ココシュカは愛機を急旋回させ、地上にミサイルを撃ちこみ、戦車を狩る。次の手を決めあぐね逃げ遅れた敵戦闘ヘリに機銃を浴びせ、爆発せしめる。

 そうこうしているうちに、グラトニア・レジスタンスの地上部隊が、セフィロト企業軍と接触する。

 本来であれば反乱分子を容易に蹴散らせたであろう機甲部隊は、ココシュカの攻撃で恐慌状態に陥っている。数、練度、装備のいずれでも劣るレジスタンス兵にも苦戦を強いられる。

 敵の瓦解は、時間の問題だろう。女操縦手が、そう思ったとき、導子センサーが新たな驚異の接近を告げる。モニターを見れば、演習場から、戦闘機部隊が離陸してくる。

「ようやくことの重大さに気がついたようだが……もう遅いッ!」

 ココシュカの愛機とすれ違いざまに、急接近した戦闘機が対空ミサイルを撃ちこんでくる。

「ほどけろ! 『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』ッ!!」

 女操縦手の叫び声と同時に、『ヴァイパー』の機体がほぐれていく。ココシュカの長い髪を、高速空中戦闘の強風が揺らす。

 戦闘ヘリは無数の金属部品とケーブルにわかれたかと思うと、次の瞬間にはスクラップで構成されたがごとき大蛇へと変貌して、地面へと滑り落ちる。

 重量級の長虫が、着地と同時に敵味方問わず、すりつぶす。ココシュカは、金属光沢を放つ大蛇のうえに生身で立つ。

「機械でできた蛇の背に乗ることになるとは、思いもしなかったのだが。これでは、天馬や巨人のいる世界というものも馬鹿にできんな」

 ココシュカは、薄く笑う。長虫の背からミサイルの対空射撃をおこない、戦闘機を爆散させる。大蛇の体当たりで、戦車を横転させる。味方の巻き添えも、知ったことではない。

「ああ、これだが……これこそが……ッ!」

 長い髪を振り乱すココシュカの顔に、いつしか恍惚の色が浮かぶ。『ヴァイパー』とともに戦うこのひとときは、まさに愛の交歓だった。女操縦手は、エクスタシーを覚えた。

 かくして、グラトニアの革命は成り、帝国が誕生した。ココシュカは、最高幹部である征騎士の一人に迎えられた。帝国の精鋭として侵略部隊を率い、各次元を転戦した。

 半年間、濃蜜な蹂躙を繰り返して、ココシュカは現在に至る。いま眼前には、渓谷のあいだをよろめきながら滑空する次元跳躍艇の姿がある。

 こんな弱敵を、しとめ損なうわけにはいかない。そんなことは、あり得ない。自分と、愛する翼は最強なのだ。この事実を敵に刻みつけ、証明し続けなければならない。

 ココシュカは、ターゲットである小舟に照準をあわせると、搭載機銃のトリガーを引いた。

【氷壁】

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