【第2部17章】ランデヴー・ポイント (2/4)【介入】
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『……そうは、させないので』
スピーカーから響く導子通信に、ドクター・ビッグバンのものとは異なる女性の声が混じる。乗組員のおよそ半数には聞き覚えのある声だ。
「『魔女』……か!」
「バッド! 凍原でグラトニアの兵隊とやりあったときに、声だけ聞こえてきた女だろ!?」
「グリン。私とアサイラは、あのあと、もう少しだけ因縁が深くなっちゃったのだわ」
「導子波長、検出! これは……次元転移ゲートということね!!」
船長席からサブモニターを凝視するララが、声をあげる。ほぼ同時に、前方モニターに映しだされる虚無空間に、つつっ、と白い縦線が走る。
粘液質の音が響くような動きで空間に現れたラインが左右に開き、生物の体内を思わせる肉坑のなかから、深紅のローブを目深にかぶった女──『魔女』が現れる。
『やはり……現れたかナ!』
導子通信越しに、ドクター・ビッグバンはグラトニア帝国皇帝の最側近である女の出現を予測していたかのごとくつぶやく。
フードの奥に顔を隠したまま、『魔女』は左右へ腕を多く広げる。まっすぐ伸ばした指の先に禍々しい魔法陣が現れ、病的にのたうつ野太い触手が召喚される。
『あなタタチの状況は、すでに把握しているので。征騎士ココシュカとの戦闘で、満身創痍のはず。おとなしく投降するならば、命だけは保証しましょう。それと……』
モニター越しに次元跳躍艇の乗組員を睥睨するように顔を向けていた深紅のローブの女は、周囲の様子をうかがう素振りを見せる。
『どこに隠れているかは、知りませんが。『ドクター』、あなタにも礼を言わなければ。アサイらを、ここまで連れてきてくれたので』
『……まるでグルであるかのような口振りは心外かナ、『魔女』。このワタシにとって、キミは招かれざる客以外の何者でもない』
「罠だろうが、グルだろうが……俺たちに、投降するという選択肢はない」
導子通信越しに言葉をぶつけあう『魔女』と『ドクター』に対して、アサイラは宣言する。スピーカーの向こうから、小さな舌打ちが聞こえた気がする。
『抵抗するというのならば、船を潰します。そのあと、アサイらだけを回収するので』
「バッド! なめられたものだろ!!」
深紅のローブの言葉が終わるまえに、ナオミは前屈みで操舵輪をつかむ。赤毛の操舵手が荒っぽく船を操る。次元跳躍艇が一瞬まえまでいた場所を、触手が横なぎする。
激しく揺れる船内で、アサイラは今度こそブリッジから出る。動力室ではなく、船腹の機密扉を開き、船外へ飛び出す。
次元跳躍艇の側面を駆けのぼり、黒髪の青年は甲板に陣取って、深紅のローブの女と相対する。『魔女』の左右の手から、縮尺を間違えた鞭のように触手がうねる。
アサイラは腰を落とし、徒手空拳の構えをとる。黒髪の青年が、深紅のローブの女が使役する病的な肉塊を相手取るのは、今回が初めてではない。
(まえにやりあったのは、アンナの精神の底……内的世界<インナーパラダイム>だったか)
過去の戦闘経験を、アサイラは反芻する。かつて『常夜京』という名の次元世界<パラダイム>で遭遇した、巨大な蛭のような魔物と外見および性質が酷似している。
「また、わたシのまえに立ちふさがりますか。アサイら……でも、今度こそ連れて行くので……」
どこか陶酔するような声音で、虚無空間に浮かぶ『魔女』は、眼下で拳をにぎりしめる黒髪の青年に語りかける。同時に、触手の片方が船を叩き割るように真上から振りおろされる。
「──ウラアッ!」
アサイラは甲板上でバク転し、車輪のように身を回転させながら、妖肉の大蛇へ靴底を叩きつける。敵へ衝撃を伝えて蹴り飛ばすと同時に素早く脚を引き、接触面積と時間を最小にとどめる。
「やはり、か……ッ!」
右足に軽い脱力感がある。かつて対峙した妖蛭、アンナの内的世界<インナーパラダイム>での交戦、そのいずれとも共通する感覚だ。
いま、眼前でのたうつ肉塊は、ただの異形ではない。いかなる原理かは不明だが、接触するだけで生命のエネルギー──導子力を吸収する。
今度は、横方向から触手が迫る。アサイラは、回し蹴りで迎え撃とうとする。
「……グヌ!?」
黒髪の青年ののどから、うめき声がこぼれる。次元転移<パラダイムシフト>寸前の戦いで酷使した右足首の痛みが動きを鈍らせ、体勢を崩す。
野太い触手が、無音のまま迫ってくる。数秒後には、アサイラは次元跳躍艇の甲板から虚無空間に吹き飛ばされ、同時にブリッジも破壊される。
構えをなおそうとする黒髪の青年は、それでも間にあわないことを確信する。しかし異形の肉塊は、アサイラの予想とは裏腹に軌道がそれて、虚空をなぐ。
「グヌ?」
黒髪の青年はいぶかしみ、『魔女』ほうを横目で見る。深紅のローブの女がどのような表情を浮かべているのかは定かではないが、敵も戸惑っているように見える。
アサイラは右足首の具合に注意を払いつつ、周囲の様子をうかがう。船体の周辺に浮かぶ、大型デブリが見える。岩石塊が『偶然』触手にぶつかり、軌道をずらしたのだ。
「そんな、都合のいいことが……?」
『このワタシが支援している……しかし、あまり長くは保たないかナッ! アサイラくん、早くガイドビーコンの方向へ飛び降りたまえ……キミにとっても、最良の行動となるはずだ!!』
耳のなかにはめこんだままだった導子通信機から、ドクター・ビッグバンのまくし立てる声が聞こえる。アサイラは背筋を伸ばし、まっすぐと立ちあがる。
「ブリッジ、聞こえるか。俺は、あのハゲ博士の口車に乗ることにした……かまわないな?」
『ハゲではないかナ! このワタシは、ベリーショートヘア……』
『了解だわ、アサイラ……船のほうは、私たちでどうにかする。すぐに、迎えに行くから……!』
通信機から、老博士のがなり声やブリッジ内の喧噪に混じって、リーリスの応答が聞こえる。黒髪の青年は誰に向かってでもなく力強くうなづくと、顔をあげる。
「──ウラアッ!!」
アサイラは次元跳躍艇の甲板を横切るように助走し、踏み切ると、水泳の飛びこみ選手のような動きで、虚無空間に伸びる光のラインにそって身を踊らせる。
「行かせないので……ッ!」
叫び声をあげるや否や、『魔女』が自由落下する黒髪の青年へ向けて触手を伸ばす。しかし、肉塊の大縄は周囲に浮遊する岩石や、触手同士に『偶然』ぶつかり、まともに動かない。
深紅のローブの下で『魔女』が苦々しく歯がみするなか、アサイラの姿はガイドビーコンが示す先のガス雲のなかに沈み、見えなくなった。
→【完成】
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