【第2部17章】ランデヴー・ポイント (1/4)【来着】
「グヌ……っ」
アサイラは、うめく。次元跳躍艇『シルバーコア』のブリッジ内、次元転移<パラダイムシフト>にともなう振動がおさまった直後だ。
直前の戦いで酷使した右足首から、鈍痛が響く。身体中の関節からも、きしむような痛みがある。黒髪の青年は、思わずうずくまる。
「ちょっとアサイラ! どうしたのだわ!?」
「マスター! だいじょうぶだな!?」
船長席のかたわらに立っていたゴシックロリータドレスの女、リーリスと、オペレーター席に座っていた狼耳の獣人娘、シルヴィアが慌てて駆けよる。
「問題ない。いつも通りなら、少し休めば治るはず、か……」
「グリン。もう少し自分の身体を大切にすべきだわ、アサイラ。私たちだけだと、傷の治療もままならないんだから」
「まえから思っていたのだが……このチームには、医療担当<メディック>が足りないのだな。医師でなくとも、その手の魔術師とか……」
「グッドアイデア、シルヴィ。ディアナさまとか、ちょうどよいだろ」
操船が一段落つき、操舵輪に肩肘をつくナオミが、リーリスとシルヴィアの会話に口を挟む。
濃紫のゴシックロリータドレスに身を包んだ女は、龍皇女とも呼ばれる上位龍<エルダードラゴン>の名前を聞いて、露骨な嫌悪感を顔に浮かべる。
「ひょこっ? どうしたのだな、リーリス。もし協力してもらえれば、の話だが、ナオミの提案どおり皇女さまほどの適任者はいないと思うが……」
「グリンッ、どうしたもこうしたも! 冒険者のパーティだって戦士と治癒魔術師が恋に落ちるパターンは多いのだわ!! そんなことしたらアサイラと龍皇女が本当に結婚しちゃうわよ!? シルヴィアだって、アサイラのお嫁さんになれないのだわ!!!」
「そ、それは、こちらとしても困るのだな……」
「……俺の自由意志は、完全無視か?」
リーリスは腰に手をあててわめきたて、怒濤の勢いにシルヴィアは思わずたじろぐ。アサイラは右足首の痛みも忘れて、ため息をつく。
一人の男と女たちの痴話喧嘩をしり目に、大きすぎる船長席に身を沈める小柄な少女ララは、手元の小型モニターをにらみつつキーボードをたたいている。
「たたっよたったた……システム、オールグリーン。次元転移<パラダイムシフト>自体は、無事に完了ということね。問題は、どこにシフトアウトしたかということだけど……」
ぶかぶかのキャプテン帽をかぶった少女は、タッチパネルを操作する。ぐるりとブリッジの周囲を囲むメインモニターの表示が切り替わる。
次元転移<パラダイムシフト>に際して一時的にオフになっていた外部カメラが再起動し、船の周囲の環境が映しだされる。リーリスは、眉根を寄せる。
「……虚無空間だわ? それにしては、みょうに邪魔モノが多いけど」
メインモニター越しに見える次元跳躍艇外部の様子は、360°が漆黒の天に星々のような輝きの見える、次元世界の狭間に存在する『なにもない空間』──虚無空間だった。
ただし、液晶画面に表示されている映像には、岩石状の大型デブリや黒いガス雲が多く漂い、視界を制限している。『なにもない空間』とは、言い難い。
「比較的最近に崩壊した次元世界<パラダイム>の跡地ということね。世界の破片が、まだ分解されずに残留しているみたい」
一同の疑問を先読みするように、ララが説明する。
「最近……ということは、セフィロトの本社か?」
アサイラの問いに、船長席の少女は首を横に振る。
「そもそも、座標が違うし……虚無空間だと、100年単位でも最近だし……残留物の希薄化の度合いから概算すると、崩壊してから10年前後ということね」
「……ララ。虚無空間へ出てしまったのは、まずいのだな。再度、転移<シフト>するには、エネルギーが足りない」
船長席の少女の説明を黙って聞いていたシルヴィアが、いつもの冷静な声で指摘する。ララは、思案げな表情で天井をあおぐ。
狼耳の獣人娘は、オペレーター席で次元跳躍艇の各種パラメーターを監視していた。当然、船の動力の供給状況も把握している。
転移<シフト>直前のグラトニア征騎士の襲撃と戦闘で、次元跳躍艇は思いのほかエネルギーを消耗してしまった。
「うーん、それはシルヴィアの言うとおりで……ここへ来い、って言っていたおじいちゃんに期待するしかないということね……虚無空間では、マナ・バッテリーの充填ができないし、もしできたとしても、船内環境を維持するだけでエネルギー収支は赤字だし……」
真上を向いたまま、ぶつぶつと現状を確認するようにつぶやくララを一瞥すると、黒髪の青年は立ちあがり、ブリッジから退室しようとする。
「グリン! 待つのだわ、アサイラ。どこに行くつもり?」
リーリスに強い口調で呼び止められて、黒髪の青年はドアの開閉ボタンに手を添えたまま振りかえる。
「セフィロト本社から脱出したときのように、俺の導子力を使えばいいだろう。幸い、今回はせっぱつまっているわけでもない。余裕を持って転移<シフト>できる、か」
「アサイラ、あなたねえ……まえから言おうと思っていたんだけど……」
黒髪の青年の返答を聞いたゴシックロリータドレスの女は、頭痛をおさえるように右手を自分の額に押しあてる。
「会ったときから、そのケはあったけど……最近は特に、あなた、自分の命に対する執着が軽すぎるのだわ! 前回は現地に戦乙女がいたから助かったけど、治癒魔術も医療技術も存在しない未開の次元世界<パラダイム>に転移<シフト>したら、そのまま衰弱死しかねないんだから!!」
強く拳を握りしめて怒鳴り声をあげるリーリスに、周囲の女たちは黙りこむ。アサイラもまた、その場で足を止める。気まずい沈黙を破ったのは、ナオミだった。
「リーリス、グッド。アサイラはバッド。セフィロトの本拠地から脱出したときの手は、最終手段だろ。そのまえに考えなけりゃならないことは、ほかにもある」
赤毛の操舵手の主張を聞いたアサイラは、ブリッジのスライド式ドアの開閉ボタンから手を離す。リーリスは安堵した様子で、深く息を吐き出す。
「んで、気になっているのは……『ドクター』っつったか? ウチらをここへ呼び出した通信が、罠だったんじゃないかってことだろ」
「おじいちゃんは、そんなことしないということね!」
ナオミが続けた言葉に、ララは喰いいるように反論する。赤毛の操舵手は、ばつが悪そうに髪をかく。先刻までとは別の気まずさが、ブリッジに満ちる。
「グリン……ナオミの言いたいこともわかるのだわ。現状は、私たちにとって不都合そのものだし。ララと『ドクター』以上の導子技術のエキスパートもいないし。もし、罠をしかけるなら、第一容疑者と言っても過言じゃない」
「こちらは、違うと思うのだな。社長室の行動を見るだに、『ドクター』がセフィロトの仇討ちを考えるとは思えない。なにより、身内のララを巻きこむことは好まない」
「そういうことね! シルヴィア、ありがとう!!」
ナオミの主張に同調するリーリスに対して、シルヴィアは静かな声音で反論する。船長席のララは、両腕をあげて、小さな拳を振りまわす。
──ザザ、ザザザ。
ブリッジ内の議論を、スピーカーから響くノイズがさえぎる。導子通信だ。狼耳の獣人娘は、慌ててオペレーター席に座る。
『ザ、ザザ……CQ……CQ。こちら……ドクター・ビッグバン……ザザ……応答、求める……』
シルヴィアの調整により、雑音のなかから人の声が浮かびあがる。ララは、導子通信機を手に取り、声を張りあげる。
「こちら、次元跳躍艇『シルバーコア』! 船長のララ!! おじいちゃん、聞こえているってことね!?」
『多少のトラブルは、あったようだが……予測時刻の誤差範囲内に到着してもらえたようで、なにより……早速ですまないが、猶予がない……』
導子通信が一瞬とぎれて、すぐに復旧する。ブリッジ内のメンバーは、息を呑んでドクター・ビッグバンの言葉に耳を傾ける。
『貴艦より……アサイラくんを……飛び降り、させろ……』
通信内容に耳を疑う一同に対して手を伸ばすように、虚無空間のガス雲のなかから、光のはしごを思わせるガイドビーコンが『シルバーコア』へ一直線に向かって伸びてきた。
→【介入】
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