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【第2部22章】風淀む穴の底より (5/8)【使命】

【目次】

【生死】

「我は炉、刀は焔、そして、鎚持ち鍛えるは──」

「……んん?」

 二酸化炭素で満たした地下シェルターの最下層から、余裕の表情で戦況を見守っていたグラトニア征騎士の男──ロック・ジョンストンは、侵入者の女の朗々と吟じるような詠唱を聞く。

「──龍剣解放、『炉座明王<ろざみょうおう>』」

 着流しの女の握る刀を中心に渦巻く炎が、まばゆいばかりの輝きを放つ。地下の闇を塗りつぶすほどの閃光に、征騎士ロックは思わず目をふさぐ。

「龍剣解放! 話に聞いたことはあるが、この目で見るのは初めてなのさ……トリュウザどのなら、できるっつー話だが……」

 おそるおそるまぶたを開いた男の視線の先に、煌々と燃える焔で形作られた魔人の姿が見える。その体躯は並の人間の倍を裕に上まわり、地下室のなかでは窮屈そうなほどだ。

 龍剣解放。ドラゴンの骨から磨きあげれた業物の使い手が修練の果てに至るという、異能の境地。あの女の場合は、これが……

「それでも、火であることに変わりはない……二酸化炭素のなかで、燃えることはできまいよ! むしろ、それだけの炎のデカブツ、ほいさっさと酸素を使い切って窒息するのがオチなのさ!!」

「なぎ払え! 『炉座明王<ろざみょうおう>』ッ!!」

 女の叫び声に応じて、焔の魔人が手にした赤熱する鎚を振るう。軍用犬どもは、一瞬で消却され、消し炭と化す。

「……あギがッ!?」

 反射的に男は二の腕で顔を守る。大量の火の粉が舞い、二酸化炭素のなかに落ちて不完全燃焼しつつ、高温の炭の破片となって降りそそぐ。

「アツゥ! なんつー熱量だ……二酸化炭素を充填していなかったら、身体に燃え移っていたところなのさ……んんッ!?」

 征騎士ロックは、火傷するほどの熱を孕んだ灰を払いながら、上方向に目を凝らす。どおんっ、と轟音が響いたかと思うと、巨大な瓦礫が落下してくる。

「切り払え、『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』ッ!」

 男は、万歳するように両腕を真上に掲げる。左右合計10本の指から極細のワイヤーが放たれて、中空を舞い踊り、落下物を細かい礫に分解する。

「熱いっつーの! 燃えないとはいえ、オレな、ほいさっさっさと蒸し焼きになっちまうのさ!?」

 鉄製の糸を体内に収納しながら、征騎士ロックは悪態をつく。足下に散らばった破片は、しゅうしゅうと音を立てながら、湯気をあげている。

「とはいえ、龍剣解放ってのは伊達じゃないのさ。大した熱量だってのは、認めてやる……だがな、それでどうするつもりだ! んん!?」

 わめき散らしながら、男は着流しの女の動向をうかがう。倒れた書類棚を足場にして、壁をよじ登っている。先ほど落下してきた瓦礫は、さらにうえの天井を砕いて生じたものか。

「大見得を披露しておいて、逃げの一手か!? 情けないヤツなのさ……引き裂け、『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』ッ!!」

 征騎士ロックは、銃を撃つジェスチャーで右手の人差し指を着流しの女の背に向かって伸ばす。金属のこすれる音が響くと同時に、勢いよくワイヤーが射出される。

 鋼線に内蔵されたマイクロモーターが高速回転し、侵入者の心臓を貫かんと飛来する。男は必殺を確信し、口元が嗜虐的にゆがむ。

──ジュウッ!

「アッツウ……ッ!?」

 ワイヤーの焼き切れるような振動と高熱が、右人差し指へ伝わってくる。征騎士ロックは、伸ばした鋼線の半分ほどを慌ててパージする。

 龍剣より生じた焔の魔人は、燃える身を盾にして使い手を守っていた。女はすでに、上階へと逃れたあとだ。

「さっささっさと一筋縄にはいかねえか……まあ、いいのさ。しっぽ巻いてて逃げてくれるってのなら……それでもいい」

 つまらなそうにつぶやきながら、征騎士ロックは伸ばしきったワイヤーを引き戻す。恐るべき切断力と精密な動作性を両立した糸状の導子兵装が巻き取られ、体内へ潜りこみ、格納されていく。

 男の振るうワイヤーには『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』という名が与えられている。インヴィディアの凍原の戦いにおいて、首を切断される重傷を負ったロックの再生手術のさい、同時にインプラントされたものだ。

 ワイヤーと無数のマイクロモーターを組みあわせ、空中で自在に方向転換可能なプロフ謹製の導子兵装は、小回りが利き、中距離から白兵戦まで対応可能な頼れる武器となる。だが、開発者と使用者にとって、本来の使用目的は別にある。

『死』を免れることができながら、肉体の損壊まではカバーできない征騎士ロックの転移率<シフターズ・エフェクト>をカバーすべく、身体パーツの縫合をおこなうのが真に期待された役割だ。

「……次元転移者<パラダイムシフター>ってのは、ほいさっさと人体を引き裂けるようなヤツらが多すぎるのさ」

 征騎士ロックは、先ほど着流しの女に斬りつけられた肩口の傷をなでながら、吐き捨てるようにつぶやく。上方に顔を向ければ、ふたつうえの階へ逃れた女が焔の魔人を操り、ふたたび天井を砕こうとしている。

──ドオンッ!

 地下施設全体を揺らすような轟音が響き、崩落が起こる。男の頭上から、巨大な瓦礫が落下してくる。『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』を放ち、質量体をばらばらに切断する。高熱の礫が征騎士ロックの身体にぶつかるが、火傷ていどなら問題ない。

「刀で斬れないなら、岩で押しつぶそうって魂胆か? 無駄なのさ! そして……すたこらさっさと逃げるのなら見逃してやろうと思ったが、仕掛けてくるなら話は別だッ!!」

 モーター音をうならせつつ、瓦礫を引き裂いた極細の糸たちが方向転換する。狙いは、上階の女の背中だ。焔の魔人に解体を任せているあいだ、防御には使えない。

 左向きの螺旋を描くように、『屈折鋼線<ジグザグワイヤー>』が闇のなかを高速で昇っていく。立体的な包囲攻撃だ。避けられは、しまい。ちらり、と女が最下層へ視線を向けたのがわかる。

──キュル、キュルルル……ッ。

「……あガッ?」

 マイクロモーターの回転音が止まる。征騎士ロックは眉根を寄せて、いぶかしむ。伸ばした鋼線からは肉を引き裂いた手応えも、炎に焼き切られた感触も伝わってこない。

「単純に……届かなかったのか? 射程距離は、把握しているつもりだったが……さっきの縫合で、確かにワイヤーは使いすぎた……にしては、妙なのさ」

 自らこじ開けた穴をよじ登っていく女を、男は見あげる。罠を警戒しているのか、階段は使わず、律儀に縦方向で移動し続ける。

「オレな、いま最優先の任務は『生存すること』なのさ……背中を見せて逃げ出されたからって、痛くもかゆくもねえー……」

 征騎士ロックは、自分に言い聞かせるようにつぶやく。それでも、ことごとく反撃を防御しきった侵入者に対して苛立ちを覚え、奥歯を砕かんほどにかみしめた。

【不死】

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