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【第2部22章】風淀む穴の底より (6/8)【不死】

【目次】

【使命】

 征騎士ロックの転移律<シフターズ・エフェクト>である『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』は、「錠」型のオブジェクトを生成し、それを取り付けた生物を「死ななくする」異能だ。

 取り付けた錠が外れる、もしくは破壊されれば、能力も解除され、その時点で致命傷を負っていれば死に至る。

 死ななくなる──この定義は言葉以上に、複雑で不明瞭だ。ロック自身、よくわかっていない。小難しい哲学的命題を考えるのは、プロフの仕事だと思っている。

 少なくとも、『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』を取り付ければ、自分だろうが他人だろうが、人だろうが獣だろうが、死ななくなる。それでロックにとって十分だし、『魔女』もそう言っていた。

 汝自身を知れ、などと言ったのは、どこの誰だったか。それでも、自分にできることとできないことを把握することは重要だ。

 ロックの能力に興味を示すプロフにつきあい、自身の異能の影響範囲を、捕虜をモルモットにした人体実験で幾度も検証をおこなった。

 技術局長の研究と、実戦での経験を通して、ロックは己の転移律<シフターズ・エフェクト>の強みと弱みに対する理解を深めていった。

 ひとつ──「死ななくなる」ということは、「取り付けた時点での身体機能を維持し続ける」ことを意味する。少なくとも、ロックと『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』にとっては。

 全身の血液を抜こうと、多種多様な毒を注射されようと、「錠」を取り付けられた被検体は身体能力を保つことができた。

 ふたつ──肉体が分割された場合、パーツのどれかに「錠」が付いていれば、ほかの部分にも影響が及ぶ。

 プロフのラボでおこなった人体実験では、『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』をつけた指先を切り離しても、その後の処置によって被検体が死ぬことはなかった。

 ロック本人のインヴィディアにおける経験も、それを裏付けている。あまりにも距離が離れすぎれば、能力は解除されるのかも知れないが、目の届く範囲であれば問題はない。

 弱点も把握している。『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』に、「死ななくなる」……つまり「身体機能を維持する」以上の影響力はない。銃弾を跳ねかえすほど身体が頑丈になるわけでもなければ、毒や病への抵抗力が増すわけでもない。

 ただ「錠」が付いている限り、心身は働き続けるだけだ。四肢を切断でもされようものなら、いくら内蔵や関節が動こうとも実質的な行動不能に陥ってしまうだろう。

 それゆえ「火」は、ロックと『死禁錠<ロック・ジェイル・ロック>』にとっての天敵となりうる。全身を焼却されて灰にでもなろうものなら、生きていても動きようがないし、そもそも「錠」を留めておくことができない。

「それで、あの女か……どこから送りこまれてきたのかは知らないが、わかってるヤツが裏にいるってことなのさ……『イレギュラー』の一党か、トゥッチを殺った何者か……フロルつったか? あの裏切り者には、見せていないはずだが……」

 穴蔵の底から、征騎士ロックは頭上をあおぐ。着流しの女が手にする龍剣に宿った炎はいまや、ろうそくの灯火ほどの大きさに見える。

 それでも、死ぬことは許されない。ロックは、『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』は、もはやグラトニア帝国にとって欠かすことのできないパーツだ。

 この転移律<シフターズ・エフェクト>は、覇道侵略政策を掲げるグラトニアにとって不死身の軍勢を作りあげる鍵となる。

 征騎士ロックの転移律<シフターズ・エフェクト>が後天的に獲得した優位性に「数」がある。

 グラトニア・レジスタンスの決起より遙か以前、ロックが物心ついたころから『魔女』よりトレーニングを命じられ、作り出せる「錠」の個数を増やす訓練を続けてきた。

 はじめは、ひとつだけだった。ふたつになるまでは、時間がかかった。その後は、10、100と加速度的に増えていき、いまや1000個を優に越える数を作り出せる。

 こうして生み出された『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』は、征騎士はもちろん、帝国軍の精鋭部隊などに優先して取り付けられ、「死なない」存在へ化している。

 全軍とはいかないが、兵士が「死なない」ことによる戦略的優位性は計り知れない。単純な負傷への耐性はもちろん、死への恐怖が薄れることで士気崩壊の可能性も低下する。

 これこそが『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』最大の強みであり、ロックが帝国の屋台骨のひとりとして上半分<アッパー・ハーフ>の征騎士、序列5位を与えられている理由でもある。

「だから、オレな、ここから動かねえのさ……女、逃げるのなら、さっささっさとどこへでも消えやがれ」

 征騎士ロックは、自分をいさめるように独りごちる。いますぐにでも侵入者を追いかけ、八つ裂きにしてやりたい衝動を抑えこむ。

 現在、グラトニアの版図に組みこんだ他次元世界<パラダイム>の反抗的な原住民の鎮圧のため、帝国軍は各地で激しい戦闘を繰り広げている。

 ロックが死亡し、1000個を超える『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』が一斉に消滅しようものなら、帝国軍全体のパフォーマンスが大きく低下しかねない。

 だからこそ、いまの征騎士ロックに与えられた最優先のミッションは「生存する」ことなのだ。そのために、プロフとの綿密なミーティングのもと、現在の陣地をセッティングした。

 何者かに侵入されないため、殺されないため、そしてなにより燃やされないため、地下施設の最下層を二酸化炭素で充填した。『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』を付けていれば、窒息の心配もない。

 プロフの立案した作戦とインプラントされた『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』、それに己の転移律<シフターズ・エフェクト>を組みあわせた籠城に、征騎士ロックは強い自信を抱いて臨んでいる。

 そのとき、男は頭上から強い風圧を感じる。あの女が、また瓦礫を落としてきた。ロックは、露骨な舌打ちをする。

「飽きもせずに、同じ手か! いい加減、オレな、ウンザリなのさ!!」

──キュル、キュルルル……

 迎撃のため『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』を伸ばそうとしたロックの意思に反して、マイクロモーターは空転する音を響かせ、止まる。ワイヤーは、動かない。

「あガ……ッ!?」

 征騎士ロックは、とっさに横へ跳びのいて、コンクリートの塊の下敷きになるのをまぬがれる。火山弾のごとき高熱の巨岩から、しゅうしゅうと蒸気が噴きあがる。

 男は、自分の指先に視線を落とす。脳波コントロールで、体内にインプラントされた『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』を駆動させようとする。反応は、ない。

「動作不良……? だが、なぜなのさッ!?」

 征騎士ロックは、きょろきょろと周囲を見まわす。漆黒の闇に満たされた二酸化炭素のなかで、着流しの女の落とした瓦礫たちが呼吸するような音を立て続けている。

「……熱、かッ!」

 男は声をあげる。『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』によって当人に影響はないが、熱のこもった瓦礫が落下し続けた結果、周囲の空気は相当な温度まで上昇し、『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』の誤動作を誘発するレベルまで到達していた。

【熱量】

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