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【第2部4章】少年はいつ、大人になる (3/4)【出迎】

【目次】

【街並】

「フロルさま、お迎えの車が到着いたしました」

「うん、ありがとう。こっちも、ちょうど準備ができたところだよ」

 部屋の扉を開けた執事が、少年に声をかける。屋敷の主は、メイドたちに手伝ってもらいながら着なれぬ礼服を身につけたところだった。

 メイドたちのまえで下着姿になるのは気恥ずかしかったが、彼女らは顔色一つ変えずに手際よくフロルの身なりを整えてくれた。

 おそらく、そのように徹底的に教育されているのだろう。貴人──少年自身がその立場にあることはいまだ実感がないが──の世話をするとは、当然のことなのだ。

 そういえば、この屋敷に来た初日に入浴しようとして、湯浴みの手伝いをすると言われて大慌てしまったことを思い出す。

 この使用人たちは、主人の要望に対して忠実に応えるのだろう。たとえば、ほかの征騎士はしているのかもしれないが、もしかしたら夜伽の命令だって……

「フロルさま?」

 執事が廊下から、自分より年下の主人に対して声をかける。年齢相応の、しかし、よこしまな想像をしてしまった少年は、ぶんぶんと頭を左右に振る。

「……なんでもない。正式な騎士叙勲だからね、緊張していただけだよ」

「左様にございますか。皇帝陛下と面会なさる厳格な祭事ですので、遅れてはなりません。そろそろ、ご出発を」

「もちろんだよ」

 フロルは部屋を出て、玄関に向かう。執事とメイドたちは、足音も立てずについてくる。ドアノブに手をかけようとすると、メイドたちが先んじて扉を押し開く。

「それでは、フロルさま。いってらっしゃいませ」

 使用人たちは屋敷の外まで出てきて、執事を先頭に一列に横並びとなると、少年に向かって深々と頭を下げる。

 少年は、邸宅の敷地の門前に停車しているリムジンのまえへと向かう。運転手が粛々と一礼し、グラトニアの伝統的神官装束を身につけた女性が少年を後部座席へ誘う。

「……なにか、お飲物などは?」

「いらないよ。すぐに着くでしょう?」

 少年と案内人が短い言葉を交わすと、超高級車は走り出す。車内には静かなエンジン音だけが響き、華美にすぎる内装に落ち着かないフロルは貧乏ゆすりをする。

 メインストリートに出たあたりで、ふと少年は背後を仰ぎ見る。リアガラス越しに、暫定首都の街並みが流れ去っていく。

 セフィロト社に対する武装蜂起の成功から、およそ半年ほど経過した。ビル街は何事もなかったかのように、活気と平穏を取り戻している。

 少し視線をあげれば、都市から数十キロメートルは離れている『遺跡』の地点で、大規模な土木工事のおこなわれている様子まで、うっすらとかすんで見える。

 フロルを最後に征騎士選別の儀式は終了し、現在は『遺跡』を中心とした完全環境都市<アーコロジー>の建設が、急ピッチで進められている。

 完成すれば天をも衝くような塔型の巨大建築物となる予定で、いずれそちらがグラトニア帝国の正式な首都となる手はずらしい。

(なにもかも、偉大なるグラー帝のおかげ……か)

 進行方向に向きなおると、少年はまぶたを閉じる。この次元世界<パラダイム>──グラトニアの激動の歴史を、脳裏で反芻する。

 そもそもの発端をたどれば、フロルが誕生するよりもまえ、三十年程度さかのぼる。当時のグラトニア共和国は、次元間巨大企業セフィロト社より侵攻を受けた。

 圧倒的な技術<テック>の差によって、共和国軍はセフィロト企業軍のまえに為すすべもなく敗北。元老院は解体され、グラトニアは企業植民地となった。

 セフィロト社は、グラトニア各地に工場を造り、資源を採取し、労働力を動員し、はては観光都市まで建設して、あらゆる方面から徹底的な搾取をおこなった。

 利潤と収益を最優先とする巨大企業のやり方に、当然、グラトニア人は黙ってはいなかった。レジスタンスが結成され、物心ついたころには少年も参加していた。

 セフィロトの工場の労働者として働くかたわら、武器とその礎となる技術<テック>を盗みだし、レジスタンス側に持ちかえった。

 レジスタンスは次第に力を蓄えていったが、セフィロト社の有する企業軍の規模と工作員<エージェント>の練度は圧倒的で、決定的な状況の変化は訪れなかった。

 長らく続く膠着状態にレジスタンスの構成員たちが疲弊の色を見せ始めたころ、思わぬ情報がもたらされる。セフィロトの『社長』が、死亡したというのだ。

 当然、セフィロト社が表沙汰にするようなニュースではない。出所のはっきりしない知らせだった。少なくとも、フロルはいやな予感がした。

 しかし、レジスタンスのメンバーたちは千載一遇のチャンスと沸き立ち、即座にセフィロト社に対する総攻撃が実行へ移された──

「フロルさま」

「……ぎゃむっ!?」

 同乗者に自分の名前を呼ばれて、少年は慌てて背筋をただす。リムジンは停車している。車窓越しには、周囲の建築物よりひときわ大きくそびえたつビルが見える。

 かつてセフィロトのグラトニア支配における中枢として機能していた支社ビルだ。現在は改装され、帝国の暫定行政府として利用されている。

 外からリムジンの扉が開かれる。外の様子をうかがうと、正面ゲートから深紅のじゅうたんが道のように敷かれ、その左右に行政府勤めの官僚たちが整列している。

 少年は思わず己の目を疑い、案内人のほうを振りかえる。女神官を微笑みをかえすだけで、なにも口にはしない。フロルは意を決して、赤じゅうたんのうえに降り立つ。

「よくいらっしゃいました、フロル・デフレフどの。皇帝陛下がお待ちです。これより、謁見の間へご案内いたします」

 慇懃に頭を下げる上級役人に対して、少年はぎこちなくうなずきかえすことしかできなかった。

【拝謁】

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