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【第2部20章】空を駆ける銀色の稲妻 (2/4)【上陸】

【目次】

【艦内】

 次元巡航艦『シルバーブレイン』上部、アサイラは一人、狭い廊下からさらに窮屈な縦穴のはしごを登っていく。突き当たりは機密ハッチによって閉じられ、取っ手のすぐそばには赤いランプが点灯している。

『ララは、オペレーター席へ! 急ぎ、導子攪乱幕の展開をスタンバイ!!』

『たったよたた! 了解ということね、おじいちゃん!!』

『ちょっと、『ドクター』! 私には、なにをさせるつもり!? 技術<テック>のことはさっぱりだわ!!』

『なんとなればすなわち。リーリスくん、キミはセフィロト本社に電脳戦をしかけていたではないかナ? グラトニア帝国相手にも、同様の活躍を期待している!』

『グリン! 私、あれで死にかけたのだわッ!?』

 耳道にはめこんだ導子通信機から、メインブリッジの喧噪がノイズに混じって聞こえてくる。やがて、がくんと船体が揺れる。

『おじいちゃん! グラトニアへのシフトアウト、無事に完了ということね! 導子攪乱幕も同時展開!!』

『見事な手際だ、ララ! さすがは、このワタシの孫娘かナ……メインモニターの表示切り替えを!!』

『……この期におよんで、ジジバカは相変わらずなのだわ』

 機密ハッチのランプの色が、赤から緑へと変わる。取っ手のグリップをつかみ、アサイラは押し開ける。隙間から空の青がのぞき、冷涼な外の空気が吹きこんでくる。

210516パラダイムパラメータ_グラトニア帝国最終決戦時

「グヌ……ッ」

 黒髪の青年は上部甲板に這い出て、立ちあがる。強い風が、全身をなでる。グラトニア。旧セフィロト社を相手取っていたころ、一度、訪れた次元世界<パラダイム>だ。

 頭上には、薄雲におおわれてかすんだ空。眼下には、緑色の草原と点在する文明的な技術<テック>都市。見える景色は変わらないが、印象はまったく異なる。

 妙に、広い。

 アサイラは、直感的にそう思う。異様に広漠として、空虚な印象を受ける。奇妙な不安感を覚え、自然と鼓動が高鳴る。

 目視できる違いもある。艦の進行方向の先、空気にかすんで見えるほど遠く、天を貫くような巨大な『塔』が建造されている。以前は、間違いなく存在していなかった。

 シルエットだけを見れば、『伯爵』の次元世界<パラダイム>に生えていた大世界樹とも似ているが、受ける印象は正反対だ。万理万象を見下し、侮蔑するような、重苦しい威圧感がある。

「あそこに、なにかがいる……か」

 黒髪の青年は『塔』をまっすぐ見つめて、小さくつぶやく。ぴりぴりと全身がしびれるような感覚がある。相当な距離を挟んでも無視できないほどのプレッシャー、その元凶が視界の果ての巨大建造物にある。

『なんとなればすなわち。アサイラくん、それはグラー帝かナ』

 耳のなかの導子通信機から、黒髪の青年の疑問に応えるようにドクター・ビッグバンの声が聞こえてくる。

「グラー帝……そいつは、何者か?」

『現在のグラトニアの専制君主だ。デズモントが一度だけ会敵し、交戦した。人の姿でありながら、人の枠に収まらない構成導子量を誇るようだが……いまは『塔』の正体を確かめるほうが優先かナ』

『グリン! 『ドクター』も、あのデカブツがなんなのか、わからないのだわ!?』

『なんとなればすなわち。いま、はじめて存在を確認したかナ。このワタシも驚いている……ララ、現地のネットワークに秘匿アクセス! あの建造物に関する情報収集を!!』

『たったよたた! もう始めているということね!!』

 アサイラの導子通信機越しにも、ララのキーボードをたたく音が聞こえてくる。やがて、ふたたび少女が声をあげる。

『えーっと。一般向けの情報としては、首都アーコロジーとして建設されたことになっているみたい。でも、住民が移住した形跡は無しということね。位置は、グラトニアのまさに中心で……わあ、フロルくんに案内してもらった遺跡の場所だ! あれ、壊されちゃったのかなあ……?』

『なんとなればすなわち。外観はセフィロト社内にペーパープランとして存在していた軌道エレベーターに酷似しているが……いかんせん、見た目だけでは判断しかねる。ララ! 内部機能に関する詳細な情報は得られないかナ!?』

『たったよたた! 行政機関のシステムに侵入をしかけているけど、ちょっと、かなりプロテクトが手強いということね……これは、腰を据えてかからないと……』

『グリン。ララちゃん、ハッキングなら私も手伝えるのだわ……!』

『うむ。リーリスくんには、ブリッジに来てもらって正解だったかナ。それはそうと……』

「なにか……他にも気になることがあるのか? ハゲ博士」

 科学者親子のまくしたてる情報の奔流が一段落ついて、ようやくアサイラは口を挟む。

『なんとなればすなわち……もっとも驚嘆すべきは、その建設速度かナ。スムーズに進めたとしても、完成まで10年程度はかかる施設だ。旧セフィロト社の崩壊直後から着手したとしても、およそ半年で築きあげたことになる。通常の工法では、とうてい不可能だが……』

 導子通信機の向こうで、ドクター・ビッグバンは思案するように、息継ぎする。

『……このワタシが、『シルバーブレイン』の建造でそうしたように、セフィロト社が健在のうちから着手していたか……いや、困難だ。艦ですら苦労したというのに、それ以上の規模のものを社長の目から隠れて造るなど……』

『……わあっ! おじいちゃん、各種センサーに感あり、ということね! この艦の存在を気づかれたみたい!!』

 老科学者の独り言をさえぎるように、少女が声をあげる。アサイラは上部甲板のうえで、目を凝らす。航空機が1機、それに複数の小型車輌が正面から近づいてくる。

『なんとなればすなわち、案ずるよりも産むがやすし、ということかナ。我々も本格的に動かせてもらうとしよう。作戦名は、そうだな……『シルバーライトニング作戦』だ! 諸君、状況を開始せよ!!』

 導子通信機から響く老人の声を聞き流しながら、黒髪の青年は拳をにぎりしめた。

【傭兵】

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