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【第2部20章】空を駆ける銀色の稲妻 (1/4)【艦内】

【目次】

【第19章】

「なんとなればすなわち。現在、本艦はユグドラシルを離れ、次元潜行モードでグラトニアへと向かっている」

「グリン。虚無空間を飛んでいる……という認識でいいのだわ?」

「無論、ただ飛んでいるだけではないのだが……おおまかな理解としては、間違ってはいないかナ」

 次元巡航艦『シルバーブレイン』船内、ミーティングルーム。プロジェクターによって投影された航路図をまえに白衣の老科学者、ドクター・ビッグバンが立ち、対面の席に座るゴシックロリータドレスの女、リーリスが質疑する。

 テーブルを囲むのは、様々な事情で同船することとなった、別々の次元世界<パラダイム>出身の次元転移者<パラダイムシフター>たちだ。

 赤毛のバイクライダー、ナオミ。灼眼の女鍛冶、リンカ。狼耳の獣人、シルヴィア。老科学者の養女、ララ。そして……蒼みがかった黒髪の青年、アサイラ。

「……グラトニアへ行くのは、どうしてか?」

 ひと癖もふた癖もある面々が、両目を精密義眼に置換したかくしゃくたる老人の声に耳を傾けるなか、アサイラは憮然とした低い声で尋ねる。

「なんとなればすなわち……セフィロト社が崩壊してから半年間、グラトニアは他の次元世界<パラダイム>を同化、吸収して膨張を続けている。通常であれば、自壊しかねない規模を越えているにも関わらず、だ」

 ドクター・ビッグバンはプロジェクターを脳波コントロールで触ることなく操作し、スライドを切り替える。表示されたグラフと数式の意味するところは、老博士本人以外は、その薫陶を受けたララくらいしか理解できない。

「……グラトニアの次元同化速度は、指数関数的に増加している。このままでは数年のうちに既知の、さらに遠からず全宇宙の次元世界<パラダイム>が呑みこまれてしまうだろう……ことの重大さは、理解してもらえたかナ?」

 白衣の老科学者の対面に座るアサイラは、腕組みをしたまま目を閉じる。となりの席のリーリスが、青年の顔をのぞきこむ。他の面々も、剣呑な雰囲気を孕んだ老若ふたりの男たちへと視線を向ける。

(リーリス。俺としては、正直、『蒼い星』へ向かうことを優先したい……か)

(グリン。気持ちはわかるのだわ……私も『ドクター』の言うことは、イマイチ信用できないし)

 黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女は、言葉を出すことなく会話を交わす。リーリスが持つ精神感応能力を利用した『念話』だ。

(おまえの能力で、ハゲ博士が嘘をついていないか調べることはできないか?)

(さっきから、やろうとしているんだけど……表層意識のレベルから電脳防壁プログラムで守られている。これを破ろうと思ったら、相手にも気づかれるし、全面戦争だわ)

 アサイラとリーリスは、ほぼ同時にため息をつく。ふたりの様子を見て、ドクター・ビッグバンは、にぃ、と口元をゆがめる。

(なんとなればすなわち、そこまで警戒されてしまうのは心外かナ。デズモントのことを信用してくれたのならば、このワタシも同様に扱ってもらいたい)

「グヌッ!!」

「グリン!?」

 黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女は、シンクロした動きで顔をあげ、白衣の老科学者をにらみつける。ドクター・ビッグバンは口元を手のひらでおおい、含み笑いをこぼしている。脳裏に、眼前の老人の声が直接響いた。

「いや、いや……そこまで驚くことではないかナ。リーリスくん、キミは精神感応能力を応用して、導子コンピュータにハッキングをしかけていた。なんとすればすなわち……このワタシは、その逆をやって見せただけのこと」

「やってくれるのだわ、『ドクター』……」

「ははは。お褒めいただき、恐悦至極……ついでと言ってはなんだが、このワタシは、ハゲではなくベリーショートヘアである、とも訂正しておこうかナ」

 どことなく子供じみた得意げな声音の白衣の老科学者に対して、濃紫のゴシックロリータドレスの女は苦虫をかみ砕いたような表情を浮かべる。

 アサイラとリーリスのあいだに結ばれた精神のリンクは、ふたりのホットラインであり、極めて安全な秘匿回線でもある。それを易々と破られたとあっては、内心、穏やかであろうはずはない。

 黒髪の青年にも、彼女の心情は理解できる。旧セフィロト社の隆盛を支えた導子技術、その数々の開発者であるドクター・ビッグバン。次元間巨大企業が崩壊したいまも、この老科学者は底が知れない。

「なんとなればすなわち、アサイラくん。グラトニアにおける問題解決に協力してもらえるかナ?」

「話を聞くかぎり、相当な大仕事だが……引き受けたとして、俺に見返りはあるのか?」

「無論だとも!」

 白衣の老科学者は、ぴんと背筋を伸ばし、両腕を広げてみせる。

「本艦……『シルバーブレイン』による『蒼い星』への航行、および、その復活のための協力を約束しよう……いかがかナ、アサイラくん?」

 人なつっこく口角をつりあげるドクター・ビッグバンに対して、黒髪の青年は沈黙する。会議テーブルのうえに、静かに両手を置く。

 刹那、アサイラの姿が消えた。同席する全員には少なくとも、そう見えた。黒髪の青年は卓越した身体<フィジカ>能力を発揮し、両腕のみを身体の支えとし、上半身のバネだけで瞬間的に跳躍していた。

「ウラアッ!」

 アサイラは天井を蹴り、白衣の老科学者へと飛びかかる。ドクター・ビッグバンは、黒髪の青年の動きを把握できていない。にもかかわらず、アサイラは、奇妙な違和感を覚える。

「グヌウ!?」

 黒髪の青年の疑念は、すぐに現実となる。白衣の老科学者へ向けて放ったはずの跳び蹴りは『なぜか』それて、座るもののいないいすを破壊し、アサイラは床に転がる。

「およそ15分かナ」

「……なにを言っているのか、ハゲ博士?」

 ドクター・ビッグバンは、余裕綽々と言った様子で黒髪の青年を見下ろす。アサイラは顔をあげ、白衣の老科学者をにらみ返す。

「なんとなればすなわち……本艦がグラトニアにシフトアウトするまでの残り時間だ」

 右人差し指1本と、左手の指を5本、ドクター・ビッグバンは伸ばしてみせる。

「アサイラくん、キミが実力行使に出ることは想定済みかナ。このワタシを無力化し、『シルバーブレイン』を乗っ取ろうとするならば、15分以内に果たさなければならない……さもなくば我々は共倒れとなり、グラトニア帝国が漁夫の利を得る」

 黒髪の青年は数秒、歯噛みし、その場であぐらをかく。

「選択の余地はない、か……わかった、ハゲ博士。協力する……約束は、守れ」

「ありがたい、アサイラくん。それはそうと、私はハゲではなく、ベリーショートヘアだ」

 白衣の老科学者は深く満足げにうなずくと、会議テーブルを囲む女たちを一瞥する。かたわらの少女ララが、不安げに養父を見あげる。

「諸君らは、どうかナ?」

「グリン。私は、アサイラと一蓮托生のつもりだわ」

「さもありなん。アサイラの旦那には、なにかと借りがあるのよな」

「グッド、右に同じだろ。ウチとしても、このデカブツを操艦してみたいしな」

「マスターとドクターが戦いあうのなら、どうしようかと思っていたが……目的を同じくするのなら、意義はないのだな」

 ゴシックロリータドレスの女、灼眼の刀鍛冶、赤毛のバイクライダー、それに狼耳獣人娘がそれぞれ首肯する。

「なんとなればすなわち、本艦は予定通り、グラトニア帝国への電撃作戦を決行する……指揮官は、このワタシが務めさてもらうかナ」

 ドクター・ビッグバンは、卓上に置かれていたキャプテンハットを手に取り、頭にかぶる。その様子をララは少しばかり妬ましそうに見つめ、養父は誤魔化すようにウィンクする。

「それでは各員、配置についてくれたまえ……ララとリーリスくんは操艦補助として、このワタシとともにメインブリッジへ! シルヴィアと、リンカくん、ナオミくんは実働部隊だ! 格納庫に向かい、装備の最終確認を!!」

 会議テーブルを囲んでいた一同は、いすから一斉に立ちあがる。アサイラは床に直接、腰を下ろしたまま、頬杖をつく。

「……ハゲ博士、俺の仕事はなんだ。やることがないなら、昼寝でもしているか?」

「アサイラくんは、シフトアウトと同時に上部甲板へ出てくれ。敵戦力が本艦に乗りこんでこようとした場合、これを阻止してもらいたいかナ」

 黒髪の青年は腕組みをしつつ、他の面々に遅れて立ちあがった。

【上陸】

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