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【第2部20章】空を駆ける銀色の稲妻 (3/4)【傭兵】

【目次】

【上陸】

「……グヌッ」

 アサイラは、小さくうめく。先行して接近してきた航空戦力……おそらく哨戒戦闘機が、次元巡航艦『シルバーブレイン』の高々度に張りつき、旋回し続けている。おそらく攻撃は地上部隊に任せて、艦の動きの監視に徹するつもりだ。

 黒髪の青年は、露骨に舌打ちする。背中に翼をはやした戦乙女ならいざ知らず、ただの人間にすぎないアサイラは、高所より見下ろす航空機には手も足も出ない。

 指揮官を気取るドクター・ビッグバンは、黒髪の青年に艦の防衛を任せる、みたいなことを言っていたが、なにを考えているのか。

 対空火器のひとつでも積んでいるなら、とっとと撃ち落とせばいいものを……そんなことを考えていると、艦底の方向から1本の鉄杭が、炎の尾を伸ばしながら上空へと登っていく。

 アサイラの頭上で爆発が起こり、哨戒機は粉微塵となった。黒髪の青年は、甲板に敵航空機の残骸が降り注いでくるなか、眼下へと視線を向ける。

 狼耳の獣人娘、シルヴィアだ。哨戒機の撃墜を確認すると、対空ミサイルの携行発射器を投げ捨てる。赤毛のバイクライダー、ナオミが駆るフルオリハルコンフレームのバイクの後部座席に陣取っている。

 ナオミは魔銀<ミスリル>製のハルバードを手にし、シルヴィアは銃火器を満載したウェポンラックを背負っている。完全な臨戦態勢だ。

 真正面から近づいてくる地上戦力は、バイク部隊だ。操艦を担当している科学者親子が、帝国側のレーダー類を攪乱しているのだろう。おそらく、目視での状況確認のために来た偵察部隊だ。

「だとすれば……手早く処理すれば、相手の目を潰すことになるのだなッ!」

 狼耳の獣人娘は、肩にぶらさげていたアサルトライフルをかまえる。敵のバイク部隊の操縦手たちも、ほぼ同時にサブマシンガンを手に取る。

──ズガガガッ!

 先手をとったのは、帝国兵たちだ。フルオート射撃で、赤毛のバイクライダーの駆る真鍮色の車体を狙う。

「バッド……甘いだろ。にわか雨かよッ!」

 ナオミは、素早いハンドルさばきでジグザグ走行し、無数の火線をかわしていく。激しく揺れる後部座席で、シルヴィアは照準をあわせる。

──タンッ!

 鋭い銃声が、丈の短い草原に響く。指令部へ情報を伝達しようとしていたのか、導子通信機を手に取っていた操縦手が、こめかみを撃ち抜かれ、鉄馬から転がり落ちる。

「オわらッ!」

「あガへべ!?」

「びッグし!!」

 グラトニアの大地に、男たちの悲鳴が反響する。狼耳の獣人娘は、アサルトライフルを狙撃銃のごとく用い、シングルショットで敵兵を無慈悲かつ的確にしとめていく。

「シルヴィ、グッド。それに比べて、コイツら……女だと思って、ウチらのことナメてるのか? 戦場で、男もヘッタクレもねえだろ!!」

 敵のバイクとのすれ違いざま、赤毛のライダーは魔銀<ミスリル>製のハルバードを振るう。蒼碧の輝きが一閃すると、帝国製の鉄馬の前輪が破壊され、転倒する。

 ナオミとシルヴィアのコンビは、群がる蟻のような帝国兵たちを一掃すると、バイクの速度を落として上空を滑る次元巡航艦と併走する。

『なんとなればすなわち、敵部隊は『塔』の方角からやってきたかナ。光学センサーによる観測でも、戦力や軍事拠点は『塔』を守るように配置されている。これらの情報から導き出される答えは、当初の予想通り『塔』が帝国の要衝であるということ。しかし……』

 導子通信機越しにそこまで言って、ドクター・ビッグバンは言葉に詰まる。

『……ララ。『塔』の機能詳細に関する情報は、まだ得られないかナ?』

『グリン! セフィロト本社以上にガッチガチのプロテクトだわ!! 無理にアタックをしかければ、逆に艦のシステムを焼き切られかねないわよ!?』

 必死にキーボードを叩いているのであろう少女に代わって、抗議の声を張りあげたのはリーリスだ。白衣の老科学者のつくため息が、遠くに聞こえる。

『了解かナ。進路固定。これより、本艦は『塔』に向かって直進する。接近しつつ、その正体を確かめることとしよう……』

「……グヌッ」

 黒髪を涼風になでられながら、アサイラはうめく。眼下の草原の果てに無数の黒点が見えたかと思うと、すぐに大きさを増していく。

「ブリッジ、見えているか!? 第2波だッ!!」

 通信機に向かって、黒髪の青年は叫ぶ。先頭車輌の一団が、草原にわだちを作りながら、次元巡航艦に向かって接近してくる。

『こちら、シルヴィア。地上からも確認した。装甲車と自走砲の混成部隊だな』

『バッド! 戦えと言われりゃ、できんこともないが……ウチとシルヴィの装備じゃ、分の悪い相手だろ!!』

 地面を走る鉄馬のうえにまたがった女たちも、それぞれ声をあげる。艦外で臨戦態勢をとる面々は、艦橋で指揮をとるドクター・ビッグバンの返答を待つ。

『なんとなればすなわち……こちらも隠し玉のお披露目と行こうかナ。今回の作戦のために、腕利きの傭兵を雇っている……シルヴィア、ナオミくん、一時的に後方へ!』

 なだらかなグラトニアの草原においては、車輌の進行も速い。すでにアサイラたちは、先頭車輌の射程距離に入っている。自走砲の砲塔が、フルオリハルコンフレームのバイクに対して照準を合わせる。

『……緩衝バルーン、投下!』

 次元巡航艦『シルバーブレイン』の格納庫の下部隔壁が開き、巨大な風船にも見えるものが落ちてくる。地表にバウンドした物体は、自走砲より撃ちこまれた弾丸を受け止め、赤毛のバイクライダーと狼耳の獣人娘を守る盾となる。

『このワタシが手を加えた愛車の乗り心地は、いかがかナ……マム・ブランカ?』

『腑抜けた砲弾を受け止めたくらいじゃ、まだ、わからないな! ま、ばらばらに分解する勢いでいじくりまわされたわりに、さわり心地は悪くないよ!!』

 導子通信機から、しわがれたがなり声が聞こえてくる。声音は老婆のものだが、その覇気はナオミやシルヴィアにも負けていない。

 落下と着弾の衝撃で、緩衝バルーンが破れる。内側から朱色の戦車が1輌、姿を現す。アストランという名の次元世界で造られ、ドクター・ビッグバンの手で導子兵装として生まれ変わった戦車。名を、『スカーレット・ディンゴ』。

 緑の草原とは補色となる朱色の戦車の砲塔が、敵戦闘車輌部隊をにらみつけるように砲塔を動かす。装甲車と自走砲の群が、一瞬、たじろいだようにも見える。

──ズドオンッ!

 導子圧式滑空砲が、火を噴く。徹甲弾が正面装甲をやすやすと貫通し、自走砲を爆散せしめる。ようやく状況を認識した戦闘車輌が、機銃と搭載砲を動かし始める。

 朱色の戦車の操縦手……マム・ブランカは、大破させた車輌の爆炎に隠れるようにハンドルをさばく。重車輌とは思えない機動性に、刹那、敵部隊は目標を見失う。

 ふたたび姿を現した『スカーレット・ディンゴ』は、すでに主砲の照準を合わせている。草原に弾丸の発射音が響き、続いて爆炎があがる。

 瞬く間に自走砲2輌を平らげた朱色の戦車は、敵戦闘車輌と等間隔を保ちながら、弧を描くように走り抜ける。同時に、ナオミの鉄馬が『スカーレット・ディンゴ』と点対象の軌跡で駆ける。

 朱色の戦車の主砲が、ふたたび火を噴く。シルヴィアが、バイクの後部座席から吸着地雷を投擲する。帝国軍の自走砲と装甲車が、ほぼ同時に爆発する。

『グッド。やるだろ、シルヴィ! それに、戦車乗りのばあさんも!!』

『応さ、小娘! おまえさんも、腑抜けじゃないところ見せてみな!!』

 ナオミはマム・ブランカの声に応えるように、浮き足だった別の装甲車のホイールに向かってハルバードを投げつける。魔銀<ミスリル>の長槍に足元を縫いつけられた重車輌は急停車し、後方の自走砲に追突される。

『やるじゃないか、小娘! 今度、『スカーレット・ディンゴ』に乗せてやるな!!』

『グッド、そいつは願ったりだろ! 一度、戦車を運転してみたかったんだ!!』

 機動性を失った戦闘車輌の背後から、朱色の戦車の主砲がとどめを刺す。シルヴィアは、ウェポンラックから新たな吸着地雷を手に取る。

『ナオミ、側面から狙われている……! 次の装甲車へ向かうのだなッ!!』

 数で大きく勝る帝国機甲部隊は、わずか1輌ずつの戦車とバイクによって、見る間に狩りとられて、スクラップの山となっていった。

【散開】

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