【第2部6章】征騎士円卓会議 (4/4)【初陣】
【先輩】←
『さあて、親愛なる臣民の皆さま! 我らがライゴウに続いて、バトルフィールドに登るのは若きニューフェイス! 新たなる征騎士として叙勲されたネクストジェネレーション! フロル・デフレフだァーッ!!』
実況者のまくし立てる声が、大型スピーカーから地下コロシアムに反響する。ライゴウの一戦で昂奮さめやらぬ観客たちは、フロルにも歓声を浴びせる。
征騎士の証である赤い外套と見栄えのよい闘牛士を思わせる装束に身を包んだフロルは、腰に差したバスタードソード──模造龍剣の柄の具合を確かめる。
ライゴウ同様、自分も装甲車と戦わせられるのだろうか。トゥッチはいけすかないが、言っていたことには一理ある。グラトニア征騎士には、あれを求められる。
先輩のスモウレスラーの戦いを思いかえしながら、フロルは自分ならどう戦うかをシミュレーションする。正面から受け止めて破壊することはできないだろうが、俊敏に立ちまわり、無力化するくらいならどうにか……
『それでは、さっそく始めましょう! 若き征騎士フロル……その対戦相手は、こいつだーッ!!』
実況者の絶叫に応じて、正面の鉄格子が上がっていく。闇のなかに、らんらんと輝くふたつの瞳が見える。
「動物……いや、魔獣……?」
フロルは、対戦相手が人間でないことに少しばかり安堵する。征騎士として情けない話ではあるが、いまだ人へ武器を向けることに抵抗感はぬぐえない。
「──ぎゃむッ!?」
少年の心のゆとりは、すぐにすり潰される。対戦相手のモンスターは、一瞬でバトルフィールドに飛び出し、かぎ爪を振るう。抜刀が、間にあわない。
敵の正体すら見極められなかったフロルは、鞘に納められたままの剣でどうにかかぎ爪をはじく。
衝撃で情けなく尻もちをつきながらも顔をあげると、上空に両の翼を力強く羽ばたかせる魔獣──鷲上半身と獅子の下半身を持つグリフィンの姿が見える。
『ああーっと、まだ経験の浅い少年には荷が重かったか!? 若き征騎士フロルの対戦相手は、異世界から持ちこまれた獰猛なる魔獣だッ!!』
あくまで他人事の実況にかまう余裕はない。体勢を崩したフロルを狙って、鷲獅子はくちばしを突きおろす。少年はバトルフィールドのうえを転がり、回避する。
「ぎゃむ……まるでパワーショベル並みのパワーだよッ!?」
くちばしの一撃は硬質素材の床にひび割れを作り、まき散る飛礫がフロルの頬にあたる。少年はどうにか剣を抜き、グリフィンに向かって振るう。
「……速い!」
フロルはうめく。少年の斬撃はむなしく宙を切り、グリフィンはすでに頭上を滞空しつつ、次の攻撃の機会をうかがっている。
「これ……絶対、空中の敵に向かって使う武器じゃないな」
己の右手で握るバスタードソードを、フロルは一瞥する。刀身は、不満げなきしみ音を慣らす。少年は、上空の魔獣から狙いを定められないよう、赤いマントをひるがえして走り出した。
「フロルの対戦相手はグリフィンじゃなくて、ヒポグリフだったはずだ……トゥッチ、なにをしたってことよ?」
「先輩から後輩へのイカした気遣いってヤツだ、これがな。この程度の相手をどうにかできねえようじゃ、征騎士としてやっていけねえだろ?」
バトルフィールドの舞台袖。ライゴウは、コーンロウヘアの男のえり首をつかみ、すごんで見せる。対するトゥッチは相変わらずへらへらした笑みを浮かべている。
野生種であるグリフィンに対して、鷲馬とも呼ばれるヒポグリフは家畜化された魔獣だ。鷲獅子の異名を持つグリフィンのほうが、凶暴性で大きく勝る。
「なぁーにを熱くなっるんだ、これがな……おたくがセフィロトの剣闘奴隷だったころを思いだしたかよ、筋肉ダルマ?」
「……おれを見ていたのか、トゥッチ」
「最上部のVIP席からだ、これがな。大した見せ物だったぜ……イクサヶ原の蛮族風情が、翼竜<ワイバーン>にいたぶられる姿はよ!」
挑発するトゥッチを解放し、ライゴウはマネージャーのほうを喰い入るような勢いで振りかえる。
「話は聞いていたな……いますぐ試合を止めさせろってことよ!!」
「む、無理は言わないでください! グラトニア全土にライブ放送されているんです!! 中断なんてできませんよ!?」
「なら、ゲートを開けろってことよ……おれが助太刀にいく! それなら文句あるまいッ!?」
「──否」
引き絞った弦から放たれたような声が、バトルフィールドに向かおうとするライゴウの背に投げかけられる。
スモウレスラーはとっさに振りかえり、コーンロウヘアの男は目を見開く。ライゴウのマネージャーに至っては、声音を聞いただけで腰を抜かしそうになっている。
「……トリュウザさま」
イクサヶ原のサムライ装束に身を包み、長尺の刀を携えた白髪の老剣士にして征騎士序列一位の男の名を、ライゴウはつぶやく。
「花は桜木、人は武士……ライゴウ、力添えは不要にて御座候」
「トリュウザさま、しかし……」
「はっはあ! 剣鬼どのはなにもかもお見通しだ、これがな!!」
トリュウザの言葉を聞いて、ライゴウは悔しそうに歯噛みし、トゥッチは楽しそうに手を叩く。スモウレスラーのマネージャーは、その場で力なく尻もちをつく。
「──左様。我らが手出しするまでもなく、あの若人は生き残ろう」
老剣士の言葉を聞いて、トゥッチは露骨に表情をゆがめた。
「ぎゃむ……ッ!? つかまった!!」
バトルフィールドのうえでは、フロルがグリフィンのかぎ爪に足首をつかまれていた。鷲獅子は翼を羽ばたかせて上空に舞いあがり、少年は宙づりになる。
「なーんて……ね。わざとだよ、つかませたのは!」
コロシアムの天井を向くグリフィンに対して、フロルはにやりと笑ってみせる。少年は、先刻ライゴウが見せてくれた試合の内容を反芻する。
自分と先輩の戦闘スタイル、対戦相手の特性……違いは大きいが、学ぶべきこともある。ライゴウは装甲車を自ら追いかけることなく、待ちかまえて受け止めた。
ならば、自分もそうすればいい。俊敏さで劣り、追随できない敵に自ら近づこうとすることはない。相手につかんでもらえば、そこは剣の間合いだ。
グリフィンは、地下闘技場の天井近くまで浮上する。一見フロルのピンチに、観客たちは悲鳴をあげる。鷲獅子は獲物を地面に叩きつけようと、下降体勢に入る。
「よ──っと!」
グリフィンにぶら下げられた姿勢のまま、少年は思いっきり背筋を仰けぞらせる。剣の柄を両手で握りしめ、切っ先を地に向けて振りあげる。フロルは、己の得物に語りかける。
「きみ……まがい物だとしても『龍剣』なんだろ。すごい魔法<マギア>の剣なんだろ……だったら、いま、その力を見せるんだよ!」
フロルは、振り子のごとく体を揺らして、前方に向かって勢いをつける。腹筋運動で、上半身を持ちあげる。困惑するような鷲獅子と、視線を交わす。
「うおぉぉりゃああぁぁぁぁ──ッ!!」
少年の手にあるバスタードソードが、鈍色の輝きを放つ。フロルは縦回転の勢いを乗せて、模造龍剣を振りおろす。
なんの抵抗もなく、グリフィンのくちばしに刀身が喰いこむ。少年は、躊躇することなく剣を押しこむ。鷲獅子が悲鳴をあげる間もなく、魔獣の巨躯は両断される。
「……ぎゃむッ!!」
グリフィンのかぎ爪から解放されたフロルは、どうにか受け身をとりつつ着地する。続けて、ふたつに等分割された鷲獅子の身体が落ちてくる。
魔獣の肉体の切断面は鏡のような奇妙な金属光沢を放ち、血の一滴もこぼれることはなく、グリフィンの四肢と翼はいまだ生きているかのようにもがいていた。
「──初陣、見事にて御座候」
舞台袖から一部始終を見守っていた三人の征騎士の一人、トリュウザがつぶやく。ライゴウとトゥッチは、老剣士のほうを振りあおぐ。
白髪のサムライは、目を大きく見開き、口元をゆがめてバトルフィールドを凝視していた。
龍すらも喰いころさんとする虎のごときトリュウザの笑みは、ライゴウもトゥッチも初めて見る表情だった。
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