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【第2部6章】征騎士円卓会議 (3/4)【先輩】

【目次】

【会議】

──わああぁぁぁ……わああぁぁぁ……

 大規模な地下空間に、観衆たちの断続的な歓声が響きわたる。その最下層部、中央フィールドへ続く選手用通路に、緊張した面持ちのフロルが立っている。

 ここは、暫定首都の地下に存在する闘技場。少年は、これから執りおこなわれる剣闘試合に参加すべく待機している。これも、れっきとした征騎士の任務のひとつだ。

 このコロシアムでおこなわれる数々の剣闘試合は、グラトニア中に放送される人気コンテンツだ。当然、フロルもテレビ中継を見たことはある。

「まさか、自分が観られる側になるとは思わなかったんだよ……」

 少年のぼやきは、観客席から沸き立つ歓声にかき消され、誰かの耳に届くことはない。フロルは腰にぶら下げた得物のバスタードソードの具合を確かめる。

 臣民への観覧試合は、主に序列下位……通称、『下半分<アンダーハーフ>』と呼ばれる征騎士たちが参加する。

 常人では倒し得ない敵を相手にまわし、見事、勝利を収めることで、征騎士の実力を誇示し、臣民の愛国心を鼓舞する。そういう役割を担っている。

「よおよお、クソガキ。しけた面しやがって。緊張しているのがモロバレだ、これがな」

「トゥッチ……」

「とんだワガママボーイだ、これがな。トゥッチ先輩と呼べ。ハメ殺しにするぞ。おれっちが、おたくの征騎士キャリアを終わらせてやってもいいんだぜ?」

 予想外の来客に、少年は露骨に顔をしかめる。コーンロウヘアの征騎士は、かまう様子もなく、へらへらと人をあざけるような笑みを浮かべて近づいてくる。

「しかし、まあ……セフィロトの時代からなにも変わっていないぜ、ここはな。あいも変わらずにぎやかなこった、これがな」

「セフィロト……?」

 フロルが疑念をつぶやくと、舞台袖からバトルフィールドをのぞいていたトゥッチは振りかえり、鼻を鳴らす。

「この地下闘技場は、グラトニア・リゾートの時代からある。当時やってたのは富裕層向けの殺戮エンターテイメントで、おれっちがいたのは最上層のVIP席だ、これがな」

「だからどうしたってことだよ、トゥッチ」

「やっていることはあのころから変わらねえな、って思っただけだ、これがな……さあて、おたくの先輩の出番だぞ。応援しなくていいのか?」

 腕組みして通路の壁に背を預けたトゥッチをひとにらみすると、フロルは舞台袖からバトルフィールドの様子を覗く。

「どっせい……! どっせい……!」

「わああぁぁぁ──ッ!!」

 闘技場の中心で、ライゴウが硬質素材の床を踏みしめるたび、観衆たちは喝采を送る。序列十一位の征騎士は、見たこともない独特の演舞を披露している。

「あの筋肉ダルマはイクサヶ原の出身だ、これがな。スモウとかいう蛮族どもの体術の使い手で、故郷ではセキトリなどと呼ばれる上級闘士だったらしい」

 トゥッチの恩着せがましい解説を聞き流しながら、フロルはスポットライトを浴びるライゴウの姿をあおぐ。

 あれも、イクサヶ原流の格好なのだろうか。厚い布を腰のみに巻きつけ、上半身と両脚はむき出しで、まるで己の筋肉こそが戦装束だと言わんばかりだ。

『さあ、親愛なるグラトニア臣民の皆さま! 我らが征騎士、ライゴウ!! 本日の対戦相手は──!?』

 実況者の観客をあおるようなアナウンスが、地下コロシアムに響きわたる。ライゴウの視線の先で、ドラゴンでもくぐれそうな鉄格子が開かれていく。

──ギャルギャルギャル。

「は……?」

 観衆の歓声に混じって聞こえてくる駆動音に、フロルが己の目と耳を疑う。闇のなかからバトルフィールドに現れたのは、実戦にも投入されるれっきとした軍用装甲車だった。

 戸惑う少年をよそに、ライゴウはどっしりと腰を落として相手と向きあう。軍用車両の搭載機銃が、生身のスモウレスラーに照準をあわせる。

 ライゴウは左足一本で己の全体重を支え、右足を天高く伸ばす。銃口が閃光を放つのと、スモウレスラーがバトルフィールドを踏みしめるのはほぼ同時だった。

──ドオウゥゥ……ンッ。

 舞台袖から一部始終を見逃すまいと目を見開くフロルのもとに、落雷のような轟音と奇妙な衝撃波が伝わってくる。

 搭載機銃は、たしかに無数の銃弾を吐き出したはずだった。だが、殺戮機構が巻き起こす嵐の中央にいたはずのライゴウは、傷ひとつ負っていない。

──ギャルギャルギャルッ!

 いましがたの非現実的光景を否定するがごとく、装甲車の四輪は激しく回転し、ライゴウへ向かって猛進する。身ひとつのスモウレスラーは、臆することなく待ち受ける。

 総重量十トンは下らない軍用車両と生身のライゴウは、正面からぶつかりあう。観衆たちは一瞬、静まりかえり、それからいっそう大きな歓声をあげる。

 どっしりと腰を落としたスモウレスラーは、鉄骨のごとき両腕を広げて、装甲車を正面から受け止めていた。

「ぬぅん……ッ!」

 衝突の勢いで数メートルほど後退したあと、全身筋肉の闘士と鋼鉄製の最新兵器は組みあったまま、動かなくなる。

 それでも装甲車は前進しようとする。圧倒的総重量で生身のスモウレスラーを踏みつぶそうと、軍用エンジンはパワーを振りしぼる。

 ライゴウは、なおも動かない。征騎士の覇気に満ちた双眸が、軍用車両をにらみつける。感情のないはずの機械が、おびえたようにも見える。

──ガクンッ!

 急峻な地形に乗りあげたがごとく、ついには装甲車の前輪が空転しはじめる。地面に伝導する動力が半減し、ライゴウの表情に余裕が生まれる。

「……どっせい!」

 スモウレスラーの野太い両腕が、まえに突き出される。十トンはくだらない鋼鉄のかたまりは、人の力で数メートルほど押しかえされる。

 軍用車両は、今度こそ対戦相手を轢殺しようと急発進する。対するライゴウは待ち受けずに、まえに向かって大きく踏み出す。

「どオ──ッせい!!」

 突進する鉄塊に対するカウンターのごとく、スモウレスラーの右腕の張り手が叩きこまれる。装甲車が震え、停止する。

 ライゴウの張り手の衝撃は、運動エネルギーを相殺するだけではとどまらない。軍用車両の装甲が内側から破裂するようにひしゃげ、ついには小規模な爆発が起こり、車体は炎上する。

『ご覧になられましたでしょうか、親愛なるグラトニア臣民の皆さま! これが我らがライゴウ……軍用兵器すら凌駕する、征騎士の圧倒的実力ですッ!!』

 実況者のアジテーションと観衆の割れるような喝采をよそに、スモウレスラーはフロルとトゥッチの待つ選手用通路へと戻ってくる。

「下半分<アンダーハーフ>でも、この程度できにゃ話にならないってことだ、これがな。さあて……次はおたくの番だぜ、クソガキ?」

「トゥッチのいやみは、放っておけ……なに、無理はするなってことよ。フロル」

 一試合終えたライゴウは、駆けよってきた付き人からタオルを受け取り、汗をぬぐいつつ少年に声をかける。

 歴戦のスモウレスラーは、クーラーボックスのなかからきんきんに冷えたシャンパンのボトルを手に取り、コルクを飛ばすとラッパ飲みする。

「はい……ライゴウさん、ありがとうございます!」

 フロルは先輩の住もうレスラーに対して大きくうなずき、バトルフィールドに向かって歩み出す。

「クソガキ。おれっちの名前はどうした、これがな」

 バスタードソードを腰に差したフロルはトゥッチのことを無視し、ボトルから放した口を手の甲でぬぐったライゴウは、コーンロウヘアの男をひとにらみした。

【初陣】

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