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【第2部6章】征騎士円卓会議 (2/4)【会議】

【目次】

【円卓】

「トリュウザどののおっしゃるとおりでございます。偉大なるグラー帝がお見えになりましたので」

 玉座の裏から、凛とした声が聞こえてくる。征騎士一同が入室した扉とは違う通路から円卓の間に現れたのは、深紅のローブを目深にかぶった皇帝側近の女だった。

 目元の隠れた女は、玉座の右側の席に着く。そのうしろから、息の詰まるような存在感があふれ出してくる。フロルには、覚えがある。

「余の精鋭たる征騎士たちよ。よくぞ、この円卓の間に集まった。一言以ておおうのならば、大儀である」

 音量は決して大きくないにも関わらず、びりびりと広間の空気を震わせるような声が響く。アメジストのような髪と瞳、精緻な刺繍の施された赤いトーガをまとう偉丈夫。グラトニアの統治者、グラー帝その人が現れる。

「ああ、偉大なる皇帝陛下……今日も、威風堂々としたお声にお姿であります……」

 着席した征騎士たちが静まりかえるなか、一人、序列三位の黒いドレスの女はうっとりと心酔するような声をこぼす。

 彼女の言葉を聞いてか聞かずか、グラー帝はなんの興味も示さぬ様子で玉座に腰をおろす。フロルも含めた征騎士一同が、おのずと背筋を正す。

 少年は、わずかに視線を動かす。征騎士は全員そろっているわけではない。フロルのすぐ左となりと、右手側に三つ向こうの席が空いている。

「序列十二位のアルフレッド・フラッグは、現在、アストラン駐屯の任についておりますので」

 フロルの脳裏を読みとったかのごとく、深紅のローブの女は説明する。皇帝は、つまらなそうな表情で、玉座のひじかけに体重を預ける。

「ロックの場所も空席だ、これがな。インウィディアの駐屯だったか、あいつは?」

 いけすかないトゥッチが、相変わらずの喰えない態度で質問する。

「序列五位、ロック・ジョンストン。現在、彼はグラトニアに戻って治療中だ。首を完全に切断される重傷を負ってね。復帰には、少しばかり時間がかかるだろう」

 ぺらぺらと手元の資料をめくりながら、ノンフレーム眼鏡のプロフェッサーが疑問に答える。フロルは、思わず息をのむ。

「首ちょんぱで……死んでいないの!?」

 思わず声をあげたフロルは、あわてて口を手でおさえる。トゥッチが陰湿な目つきでにらみつけてきた以外は、皇帝も含めて誰も気にとめる様子はない。

「もちろん、ロック卿だからこそ、だ。彼の転移律……『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』がなければ、とうてい生還はかなわなかっただろう」

 資料に視線を落としたまま、白衣のプロフェッサーが少年の疑問に返答する。トゥッチは鼻を鳴らしながら、背もたれにもたれかかる。

「で、ロックのヤツは誰にやられたんだ? 序列四位の男が、原住民程度に遅れをとるとは思えない。手勢だっていたはずだ、これがな」

「序列六位、トゥッチ・ミリアノ。あなタにとっては、なじみのある名前なので……セフィロト社を潰した男、『イレギュラー』です」

 深紅のローブの女が答える。トゥッチの顔が、露骨な嫌悪感にゆがむ。プロフェッサーは平静を保っているが、ほかの征騎士のなかにも嘆息をこぼすものがいる。

「なるほど、な。あんなバケモノとエンカウントするたあ、ロックも間の悪い男だ、これがな……」

「ロック卿の一件から言えることは、征騎士であっても相手を圧倒できるとは限らない、ということだろう。万が一、欠員が出たときのことを考えるべきかもしれないが……」

「ああ、いけません……! 征騎士の数は十三人より多くても、少なくてもいけない……グラトニアの真なる繁栄を願うのならば……!!」

 プロフェッサーの言葉をヒステリックな声音でさえぎったのは、黒いドレスの征騎士だった。ノンフレーム眼鏡の技術局長は、資料片手に肩をすくめる。

 声の主であるぼさぼさの髪の女は、がじがじと自分の手の甲をかむ。ぽたぽたと血が卓上にしたたり落ちて、『13』を意味する魔法文字<マギグラム>が形作られる。

「いま一度申しあげますが……プロフェッサーもご存知のとおり、これは『巫女』メイヴィスの『予言』なので」

「ぼくだって、わかっているとも。死の危険を避ける方向で考えよう。それと、ロック卿の代わりに派遣する征騎士も必要だろう……ブラッドフォード卿?」

 ノンフレーム眼鏡のブリッジを指で押しあげながら、プロフェッサーは自分のすぐ右となりの男……ウェスタンスタイルの征騎士の名を口にする。

「ミーの出番かい、ハカセ?」

 ブラッドフォードが手を広げると、そこには大口径のリボルバー拳銃が黒光りしている。ウェスタンスタイルの征騎士は、くるくると弄ぶように銃を回転させる。

「この会議も含め、あらゆる場所において己の武器の携帯は征騎士の義務……しかし、序列十位、ブラッドフォード。卓上に得物を出すのは、規律違反なので」

 深紅のローブの女に見咎められたウェスタンスタイルの征騎士は、手を握りしめ、そして広げてみせる。まるで手品のように、リボルバー拳銃が消滅する。

「インウィディアにおける懸案事項も、ブラッドフォード卿に処理してもらうべきだろう。原住民のドヴェルグ族……そのなかでも、帝国に懐疑的な部族がいる。排除してくれないか?」

「銃には、三つの種類がある。脅す銃、傷つける銃、そして殺す銃……ミーが使うのは三番目。つまり、おあつらえ向きの任務ってことかい」

「地下坑道が主戦場になると想定されるだろう。通常兵力は投入しづらい……ぼくの『脳人形』が入り用なら、材料さえ調達してくれれば優先して用意するが?」

「オーケイ、ハカセ。そこは頼らせてもらおうかい。あとは、ミーに任せておきな」

 白衣のプロフェッサーとウェスタンスタイルの男が会話を終えると、さらに隣に座る『陳情院』のアウレリオ議長が満足げにうなずく。

「偉大なる皇帝陛下による壮大な侵略事業も、つつがなく進んでいるではないか。これならば心配御無用だ。わたしも、臣民に力強いメッセージを伝えられる」

「アストランの穴蔵に引きこもっている序列十二位の下っ端がドジを踏まなければだ、これがな」

 いやみったらしいトゥッチの軽口はいつものことなのか、フロル以外に気に止める者はいない。

「一同で共有すべき情報、議論すべき懸案は、この程度で充分にございましょう……陛下の貴重な時間をこれ以上、無駄にするわけにもいかないので」

 グラー帝の側近である深紅のローブの女が、円卓会議の終わりを告げる。征騎士一同は誰からともなく立ちあがる。フロルも、どうにかそれに続く。

「──すべては偉大なるグラー帝のために!!」

 円卓を囲む次元転移者<パラダイムシフター>たちは己の胸に手を当て、一斉に唱和する。玉座に腰かける皇帝は、つまらなそうに目を閉じたまま、うなずいた。

【先輩】

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