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【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (10/16)【突風】

【目次】

【殴蹴】

「花は桜木、人は武士。若人、よくぞここまで喰らいついた……某が、介錯つかまつる」

「ぐぬぬぬ……ッ!」

 狂宴の終焉を惜しむように、トリュウザはつぶやく。倒れ伏すフロルは、必死に立ちあがろうとする。全身が悲鳴をあげて、言うことを聞かない。

(戦い抜く……グラー帝の征騎士じゃなくて、グラトニアの……故郷のために立つ、騎士として……ッ!)

 指の感覚を喪失した右手は、まだ剣を握っている。少年は初老の剣士に、刃を弱々しく向ける。防御するどころではない。長尺の刀が振りおろされれば、いささかも衝撃を弱めることはできず、弾き飛ばされるだろう。

「この期におよんで闘志を失わぬとは、まこと、見事な死に際にて御座候……さらばなり、若獅子ッ!」

 トリュウザは、感慨深げに目を細める。断頭台の刃が、風を切りながら降りてくる。フロルは極限まで双眸を見開き、死を覚悟しつつも、生存への執着を手放さない。

「……うおおぁぁぁーッ!」

 甲高い咆哮が、熱波の向こうから聞こえる。少年と初老の剣士のあいだを、蒼碧の突風が吹き抜ける。振りおろされた長尺の刀がはじかれて、フロルの首には届かない。

「雀めか……ッ! 某と若獅子との逢瀬を、この期におよんで邪魔するとは……小癪にて御座候!!」

 怒りを露わにしたトリュウザが、風の吹き抜けた方向をにらみつける。フロルの視線が、あとを追う。戦乙女の姫騎士の急ターンする姿が、見える。少年とヴァルキュリアは、刹那、アイコンタクトをかわす。

 初老の剣士の意識は、死に体の少年から、乱入者である戦乙女の姫騎士へと移る。魔銀<ミスリル>製の大盾の内に身を伏せた格好で風に乗るヴァルキュリアは、鋭角に反転して再度の突撃体勢を構える。

「うっ……グ」

 苦しげにうめきながら、フロルは立ちあがる。がくがくとひざが震え、剣を杖のようについて、どうにかバランスをとる。

 めまいと吐き気が、ひどい。激しい動きにともなう酸欠と、極高温環境による脱水症状だ。気管支の根本まで、からからに乾いている。

(もう少し、がんばるんだよ……僕の、身体ッ!)

 全身、火傷と打撲。何本か骨が折れていても、不思議はない。痛くないところを探すほうが難しいくらいだ。砕けそうなひざを鼓舞して、それでも少年は剣を構えなおす。

 初老の剣士が、突撃軌道に入った戦乙女の姫騎士をカウンターで斬り伏せようと、刀を握りなおす姿が見える。

「雀め、よっぽど某の刃に血を吸わせたいと見える……よい。小鳥とて酒の肴くらいには、なろう……」

「……たあッ!」

 フロルは、『龍剣』を振りかぶり、そして降ろす。征騎士になってから、何百、何千回とくりかえしてきた基本の素振りの動作だ。弧を描く刀身とともに、逆刃から伸びるたてがみのごとき鋼線がたなびき、トリュウザの手首にからみつく。

「いまだよ! ヴァルキュリアどのッ!!」

「ぬう……ッ!?」

 少年の『龍剣』の『機改天使<ファクトリエル>』は、まず先に斬りつけなければ、能力を発動できない。あくまで、いまは初老の剣士の動きを阻害することが目的だ。しおれきった四肢の力を振り絞り、序列1位の征騎士の手首を抑えつける。

「若人、まだ動けるとは……某の目も、節穴にて御座候ッ! どこまでも、楽しませてくれる!!」

「あなたは……ここで死ぬんだよ! トリュウザさま!!」

「花は桜木、人は武士。稚児のごとく四肢を震わせながら、大言壮語は相変わらず……胆力も天晴れにて御座候!」

 トリュウザは、手首に絡みつく鋼線を強引にむしりとる。体中、痛みに苛まれるフロルは、毛髪を引き抜かれるような、さらなる責め苦を味わう。全身を1本のバリスタの矢と化した戦乙女の姫騎士が、剣鬼に向かって突っこんでくる。

「うああぉぉぉ──ッ!」

「……ぬうんッ!」

「──ふえッ!?」

 初老の剣士は刀を振るわず、ヴァルキュリアの構える突撃槍<ランス>を側面から蹴りあげる。突撃の軌道が大きくそれて、戦乙女の姫騎士は空高く吹き飛ばされていく。

(『龍剣』を振るわずとも、恐るべき強さ……真の達人は、得物を選ばないッ!)

 少年はよろめき、倒れこみそうになりながらも、どうにか踏みとどまる。

「……ぬ?」

 上昇乱気流にさらわれていくヴァルキュリアを見つめていたトリュウザが、いぶかしげに眉根を寄せる。象徴的だった魔銀<ミスリル>の大盾が、女の手に見あたらない。

「いまだ……ッ!」

 フロルは駆け出し、初老の剣士の足元はかすめるように突っこんでいく。倒れこむように前転しながら、トリュウザとの間合いをとる。

 初老の剣士の刺し貫くような視線を感じながら、少年は立ちあがり、そして身構える。フロルの左手には、戦乙女の姫騎士が手にしていたはずの魔銀<ミスリル>の大盾が握られている。

 蒼碧の輝きを放つ盾の表面を見たトリュウザは、珍しいものを見た、と言うように目を丸くし、そのあと憤怒の形相へと変わる。

「笑止なり、若人! この期におよんで、守勢にまわるとは……幻滅! 失望にて御座候ッ!!」

「幻滅するのも、失望するのも貴方の勝手だ! 敵を殺す剣よりも、民を守る盾こそ、騎士としての理想……僕はッ! ヴァルキュリアどのの誇りを預かった!!」

 初老の剣士の怒号に対して、少年も腹の底から叫びかえす。長尺の刀の柄を握るトリュウザの手が、わなわなと激情に震える。

「理想で、誇りで、なにが斬れると申すか……!? やって見せよ、若人ッ!!」

 文字通り鬼のような顔つきとなった初老の剣士が、長尺の刀を肩にかつぐように構える。斬撃を『飛』ばす、大振りの体勢だ。

 対するフロルは、左手の盾を相手に向けて突きだし、右手の剣を握りしめる。殺気と怒気の混じりあったトリュウザの『圧』を全身で味わいつつ、頭上を一瞥する。双翼を羽ばたかせる戦乙女の姫騎士の姿が、小さく見える。

 ヴァルキュリアは、赤熱する大地からの輻射熱を防いでいた盾を、少年のために手放した。この極高温環境にあおられては、そう長く保たないだろう。遠からず、羽は焼け焦げて、地に落ちる。

「──ぬうんッ!!」

 初老の剣士の、地獄の底から響くようなうなり声を聞いて、フロルは対峙する相手に視線を戻す。トリュウザが、渾身の力で長尺の刀を振るう。

 暴風のごとき衝撃が生じ、刀身よりもはるかに長い斬撃と化して、飛来する。少年は腰を落とし、魔銀<ミスリル>の大盾の影に身を隠す。

「ぎゃむ……ッ!?」

 がりがりとドラゴンの爪で削られるような感触が、盾の表面から伝わっていくる。直接、刀身を叩きつけられたときと遜色ない圧力を受けて、フロルの身体が大きく後退する。

 それでも、羽よりも軽く、チタン合金よりも硬い魔銀<ミスリル>の大盾は、傷ひとつ刻まれることなく、持ち手の身体を守りきった。

【死舞】

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