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【第2部14章】戦乙女は、夜這いを仕返す (2/3)【逢瀬】

【目次】

【復旧】

「待ちかねていたぞ。このままいなくなってしまう懸念も、排除できなかったからだ」

 母屋のなかでアサイラたちを出迎えたのは、牧場主夫妻だけではなかった。もう一人、戦乙女<ヴァルキュリア>の姿があった。

 しなやかながら力強い純白の双翼を背に生やし、編みこんだ金色の髪を肩に乗せ、猛禽のごとき眼光を放つ蒼い瞳の王女──アンナリーヤが、一同を待ち受けていた。

「……マスターッ!」

 黒髪の青年の背後で、狼耳の獣人娘が叫ぶ。シルヴィアとナオミは、懐から拳銃──グラトニア帝国軍からの鹵獲品──を引き抜き、かまえ、周囲を警戒する。

 アサイラたちの出発を、なんらかの方法で察知したのか。だとすれば、伏兵の戦乙女が複数、配置されている可能性は高い。

 黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女も、自然体を保ったまま、いつでも反応できるよう臨戦態勢となる。

 戦乙女の姫君は碧眼を丸くしたあと、軽く笑う。その背後では、牧場主夫妻であるシェシュとエグダルが、ばつの悪そうな表情を浮かべている。

「なにを殺気立っているのだ、貴殿らは……事を荒立てに来たわけではない。いまの自分の姿を見れば、一目瞭然だからだ」

 ヴァルキュリアの王女は、両手を広げてみせる。身につけていたと思しき魔銀<ミスリル>製の兜と胸当ては、母屋の食卓のうえに並べられていた。

 戦乙女の姫君の愛用品である大槍と大盾も、いまはシェシュの手に預けられている。言ってしまえば、アンナリーヤは完全に武装解除した状態だった。 

 相手の無防備な格好を見て、アサイラとリーリスは若干、拍子抜けしたような顔つきになる。背後を守るシルヴィアとナオミも銃口を下げるが、警戒はほどかない。

「俺たちを取り押さえるためでないのなら……なにをしに来たのか?」

 黒髪の青年が、おそるおそる問う。戦乙女の姫君は、アサイラの反応を楽しむがごとく少しばかりもったいぶったあと、ようやく口を開く。

「貴殿へ夜這いをするために来た。いつかの仕返しをせねばならない、と思っていたからだ」

 ヴァルキュリアの王女は、髪と同じ色をした青年の瞳孔を見すえて、言う。

 アサイラはふたたび目を丸くするが、牧場主夫妻はすでに聞かされていたのか、頬を赤らめつつも、驚きはしない。黒髪の青年の背中側から、ひゅう、と口笛の音がする。

「なんだ、アサイラ。うちらが地面の下に潜っているあいだ、お姫さまとねんごろか? やるもんだろ」

「ひょこっ! つまり、そちらは船じゃなくて、マスターのことを奪いに来たのだな!?」

「シルヴィア、ステイ! ステイだわ!!」

 ナオミはからかうような軽口を吐き、シルヴィアは耳と尾の毛を逆立てて対抗心を露わにする。リーリスは身体を張って、いまにも飛びかかりそうな獣人娘を制する。

 アサイラは気まずそうに頬をかきながら、視線をさまよわせる。牧場主夫妻が、共有していた秘密を明かした子供のように、にやにや笑いを浮かべている。

「はあ~、姫さま相手にねえ。あんた、とんでもないことをしでかしたんだねえ」

「うっひっひ。わても夜這いするか、シェシュ?」

「もう、おまえさんったら! 皆のまえで、そんなこと言うのはやめなよぉ」

 シェシュとエグダルのやりとりを観察しながら、アサイラたち四人に囲まれる形になっていたララは、ゴシックロリータドレスのすそを引っ張る。

「たたっよたったた……リーリスお姉ちゃん、夜這い、ってなあに?」

「グリン。ララちゃんがあと五年、歳をとったら教えてあげるのだわ」

「十年くらい待たなくて、大丈夫なのか……?」

 腰の引けたアサイラに対して、アンナリーヤは両腰に手を当てて、きっとにらみつける。子供あつかいされて不服そうなララも、見あげてくる。

「それで? 貴殿は自分の夜這いを受けるのか? 手早く返事を聞かせてもらおう。この次元世界<パラダイム>の夜は長いが、永遠ではないからだ」

「グヌヌヌ……」

「待て……マスターの意向以前に、こちらが許さないのだな! どうしても、というのなら……むぐうッ!?」

 ヴァルキュリアの王女に喰ってかかろうとするシルヴィアの口を、リーリスは手で押さえつつ、黒髪の青年のほうに目配せする。戦乙女の姫君は、ふうっとため息をつく。

「繰り返しになるが、ほかの姉妹たちを連れていなければ、伝えてもいない。お忍びというやつだからだ。側近には言わざる得なかったが、厳重に口止めしてある」

 まるで決闘を申しこむような口調のアンナリーヤは、狼耳の獣人娘を一瞥したあと、ふたたびアサイラを真正面から見すえる。

「そもそも、貴殿らを拘束するつもりなら、真っ先に船を抑えるからだ……さて、そろそろ返事を聞かせてもらおう、アサイラどの。自分の夜這いを受けるか、否か!」

「夜這いってのは、こういう風に申しこまれるものだったか……?」

「ま、いいんじゃないの? 行ってくるのだわ、アサイラ」

 リーリスがつま先で黒髪の青年のかかとを蹴っ飛ばす。思わぬ不意打ちで体勢を崩したアサイラは、戦乙女の姫君のほうによろめく。

「ならば、自分の一存で決めさせてもらう。貴殿らの夜這いも、自分の了解は問われなかったからだ。もとより、断らせるつもりはなかったが」

 ヴァルキュリアの王女は断固とした声音ながら、ダンスへ誘うがごとき優雅な仕草でアサイラの右手をつかむ。黒髪の青年は、そのまま引っ張られていく。

「秘事なら、いつもの離れを使いなよ。寝支度なら、きちんと整えてあるよ」

 背を向けるカップルに対して、女牧場主は声をかける。

 狂犬のように暴れまわろうとするシルヴィアの勢いにリーリスは体勢を崩しかける。ナオミは肩をすくめて、拳銃をベルトの隙間に収めると、獣人娘を抑える加勢に入る。

 ララが騒がしい一同をぽかんと見あげるなか、黒髪の青年は助けを求めるようにゴシックロリータドレスの女に視線を向ける。リーリスは、ウィンクをかえす。

「いってらっしゃい、アサイラ。こちらの事情は、私たちがシェシュさんとエグダルさんにしっかり伝えておくのだわ」

「これで、後顧の憂いはないな。ここから先は、貴殿がエスコートしてくれ。シェシュの牧場の敷地については、自分よりも詳しいはずだからだ」

 アサイラは観念しつつも半ば引きずられるような格好で、まっすぐ背を伸ばしたアンナリーヤとともに母屋の扉をくぐる。背後から、シルヴィアのうなり声が聞こえた。

【逢引】

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