【第2部14章】戦乙女は、夜這いを仕返す (1/3)【復旧】
「みなさん。今晩は、次元跳躍艇『シルバーコア』修理状況の提示報告会にお集まりいただきありがとうございます……ということね!」
小柄な少女ララが、意気揚々と口上を述べる。戦乙女の浮島に係留されたオーバーテクノロジーの小舟の艦橋に、夕食を済ませた一同が集まっていた。
本来であれば外部カメラがとらえた景色が投影される前面液晶モニターには、現在、ワイヤーフレームの『シルバーコア』概観図が表示されている。
普段であればサイズのあわない船長席に身を沈ませているララは、今日ばかりは大型モニターのかたわらに立ち、ポインターを操作している。
液晶画面を見つめているのは、アサイラ、リーリス、シルヴィア、ナオミ……次元跳躍艇に乗りこみ、ヴァルキュリアの次元世界<パラダイム>へ漂着した面々だ。
「結論から言うと……船の修理は99%完了しました! いつでも次元跳躍<パラダイムシフト>できるということね!!」
得意げな表情で宣言した少女に対して、一同は安堵したような吐息をこぼす。
「グッド。そろそろ牧場暮らしも飽きてきたところだろ。今度こそ、ウチが万全の状態で操舵輪をまわしてやるよ」
「同感だな、ナオミ……それで、ララ。残り1%はなんなのだな?」
「んー。微調整とか、細かい改良点とかはいくらでもあるんだけど……それだと、いつまで待っても修理が終わらない、ってリーリスお姉ちゃんに止められちゃったってことね……」
「そりゃそうでしょ!? 駆動系を再設計すればスペースを圧縮してキッチンとシャワールームを増設できるかもしれない……って何年かかるのか、わかったものじゃないのだわ!!」
濃紫のゴシックロリータドレスに身を包んだリーリスの主張に対して、ぺろりと舌を出すと、ララは一転してまじめな表情を浮かべる。
「じつは、もうひとつ。重要なお知らせがあるということね。『シルバーコア』のこれ以上の改良を断念して、現状をもって修理完了とした理由でもあるんだけど……」
「……なにか、あったか?」
それまで沈黙を保っていた黒髪の青年……アサイラが、ようやく口を開く。簡潔な言葉に、モニターまえの少女はうなずきをかえす。
「今朝、おじいちゃん……ドクター・ビッグバンから、次元間導子通信を受信したの。厳重に暗号化されていて、ついさっきまで解読に時間がかかったということね」
「内容は?」
「転移座標だけ、ということね。ほかのメッセージは、なにもなし。次元間通信は、ごく短い情報しか転送できないと言うのもあると思うけど……」
アサイラの質問にララが応答し、一同は少しばかり沈黙する。ゆっくりと狼耳を揺らしていた獣人娘のシルヴィアが、最初に言葉を発する。
「……自然に考えれば、ここに来い、と言うことだな。もちろん、早ければ早いほどよい、ということになる」
シルヴィアの発言を聞いて、リーリスはあごに人差し指をあてて、思案顔となる。
「だったら……ヴァルキュリアたちには黙って出発したほうがいいかもだわ。あの娘たち、結論を出すまで時間がかかるし、そもそも私たちをすんなり転移<シフト>させてくれるかもわからないから」
「修理が完了したと気づかれないうちに……だったら、善は急げ、今夜のうちに出航だろ。ララ、浮島のうえからでも船は出せるのか?」
操舵手を務めるナオミの問いに対して、にいっとララの口元に笑みが浮かぶ。少女は手元のコンソールを操作して、画面の表示を切り替える。
「よくぞ聞いてくれました、ナオミお姉ちゃん。そこは、本船の大型アップデートのひとつということね!」
ブリッジ前面の大型モニター上で、ワイヤーフレームの『シルバーコア』が動く。いままでは無かった翼状の部位が開かれる。
「空を飛べるようにしてみたということね!」
「……ララったら、とんでもないことをさらっと言ってくれるのだわ」
リーリスは、あきれ半分、感心半分といった表情で唖然とする。少女は、周囲にかまうことなく説明を続ける。
「推進機や推進剤を必要としない純導子飛行システム。戦乙女の翼を見て思いついたということね。魔銀<ミスリル>のフレームにユグドライトコーティングをほどこすことで導子力場<スピリタム・フィールド>を展開して、世界法則を遮断、実質的な反重力を──」
「はいはい! ララちゃん、そこまでだわ……いまは、ほかにも話しておかなくちゃならないことがあるでしょ?」
半ばトランス状態で口からテクニカルタームがあふれ出していた少女は、リーリスの言葉と手をたたく音で我にかえる。そこに、シルヴィアが質問をかさねる。
「あとは、船の動力の問題だな……本社から脱出したときのように、マスターの身体から導子力を捻出するのか?」
「あれは……できれば、ごめんこうむりたい、か……」
黒髪の青年は、露骨に表情をゆがめる。前回の『シルバーコア』による次元転移<パラダイムシフト>では、必要となるエネルギーを、アサイラ本人から直接ひきずりだす形でまかなった。
導子力とは、生命の、存在そのもののエネルギー。ただでさえ満身創痍だったアサイラは、さらに力を吸いとられ、半死半生の状態となり、回復に時間をとられた。
「その点も問題なし、ということね!」
ララは、自信満々の声音で返事をする。前面モニターの画面が切り替わり、素人には理解不可能な回路図と複雑な計算式が表示される。
「大型のマナ・バッテリーをエンジンルームに増設したの。次元世界<パラダイム>内に滞留する魔力を少しずつ貯蔵する装置ということね。転移<シフト>で必要なエネルギーも充填済み。細かい原理に関しては……また今度ってことね!」
モニターわきの少女は、腕組みするゴシックロリータドレスの女に対して目配せし、当のリーリスはゆっくりと首肯する。
「つまり……懸念されていた問題点は、ほぼクリアできているということだな。すごいじゃないか、ララ」
「わあっ! ありがとう、シルヴィア……ここまでスムーズに修理と改良作業が進んだのも、いろいろとエグダルさんが手伝ってくれたおかげということね」
少女は、牧場主の夫であるドヴェルグの名前を口にする。一同、どことなくひょうきんなヒゲ面の土小人の顔を思い浮かべ、艦橋の張りつめた空気が少しばかりゆるむ。
魔銀<ミスリル>の加工は専門の魔法<マギア>の知識が不可欠であり、優れた職工の技を持つエグダルは全面的に協力してくれた。
「……旦那とおかみさんだけには、挨拶しておくか」
「賛成だわ。シェシュさんとエグダルさんなら、密告とかしないと思うし」
ぼそっとつぶやくように言ったアサイラの提案に対して、リーリスが同調する。ほかの面々も、無言でうなずく。
「それじゃ早速、母屋のほうへ顔を出してきましょ? 夜は短し、急げよ乙女、だわ」
「俺はどう見ても乙女じゃない、か」
「グリン! 言葉のあやってやつだわ!!」
軽口を叩きあうアサイラとリーリスが先頭に立って、一同はブリッジをあとにし、満天の星空が見おろす係留地の浮き島へと降りたった。
→【逢瀬】
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