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【第2部13章】少年はいま、大人になる (1/16)【侵略】

【目次】

【第12章】

「ギャッ、ギャッ、ギャア──ッ!」

 翼竜<ワイバーン>どものけたたましい鳴き声が、霧にかすんだ空に響きわたる。地表には、暗緑色のじゅうたんのごとく原生林が繁茂している。

 しかし、その一部にはまるで硫酸をぶちまけられて焼けただれたかのごとく樹々が消失し、赤茶けた岩石がむき出しとなった場所が広がっている。

 文明の気配がほとんど存在しない、原始的な次元世界<パラダイム>──アーケディア。深い森林と岩肌の境界線で、機械の放つ赤い光がかすかにまたたく。

200526パラダイムパラメータ‗アーケディア

 本来ならば古樹が根を張り、密集していたはずの場所……いまは所々に泥水のたまる岩石質の地肌が広がる地点で、つつっ、と虚空に線が走る。

 ぬちゃあぁぁ、と粘り気のある音を立てながら、生物の内蔵を思わせるような肉坑が宙空に開く。巨大な異形の顎を思わせる空隙は、裂けるように伸びていく。

 やがて超常の体腔は直径数十メートル規模の大きさとなり、その奥から無数の影が規律正しく行進しながら姿を現す。

 先頭には、十数台の戦車。続いて、二十台ほどの装甲車輌。いずれの車体側面にも、グラトニア帝国の国章が赤く刻まれている。

 さらに奥からは中世風の甲冑に身を包み、アサルトライフルをはじめとする銃火器を装備した兵士たちが続く。

 茂みのなかで待機していた森林迷彩装備の斥候たちが走り出ると、軍勢のまえで立ち止まり、先頭の甲冑兵たちと敬礼を交わしながら唱和する。

「偉大なるグラトニアのために!」

 かつてのセフィロト社のように胡乱で婉曲的な搦め手を用いず、圧倒的武力で正面から相手を蹂躙する、グラトニア帝国軍の次元侵略部隊一個大隊の姿だった。

「グギャアァァ──ッ!!」

 上空から、咆哮が聞こえる。翼竜<ワイバーン>だ。粗野な現住生物は、普段なら見通せぬ地面を這う見慣れぬ集団を発見し、敵意を剥きだしで突っこんでくる。

 小隊長らしき甲冑兵が、無言で片手をあげる。かたわらの隊員が、対空ミサイルの傾向発射装置をかつぐ。

──バシュウゥゥ!

 まばゆい炎の尾を引きながら、技術<テック>の鉄杭が上昇していく。鋼の毒牙は翼竜<ワイバーン>の胴体に深々と突き刺さり、内側から炸裂し、無数の肉片が飛び散る。

「おう、おうおう! 到着早々、騒がしいことだ、これがな……んなんだから、野蛮な次元世界<パラダイム>はイヤなんだ」

「……どの口で言ってるんだよ、トゥッチ」

「あ? それはおれっちのセリフだ、これがな……ハメ殺すぞ、クソガキ。誰のおかげで、グラー帝護衛の任務に同行できると思っていやがる」

 整列する軍団兵に遅れて、ふたつの人影が肉坑から出てくる。一人は剣の納まった鞘を腰に差す少年、もう片方は遠目には縞模様にも見えるコーンロウとも呼ばれるヘアスタイルの男だ。

「征騎士序列六位トゥッチ・ミリアノ、序列十三位フロル・デフレフ……あなタタチ、いがみあいも大概になさい。グラー帝の御前なので」

 不機嫌そうな少年とコーンロウヘアの男に続いて、深紅のローブを目深にかぶった女が歩み出てくる。二人は言葉の鞘当てをやめて、大肉坑のほうを振りかえる。

 女のややうしろから、一人の偉丈夫が姿を現す。金糸の刺繍を施された赤いトーガをまとい、アメジストのような髪と瞳の持ち主──グラトニア帝国の指導者、グラー帝張本人だった。

 深紅のローブの女が、その場にひざまずき、頭を垂れる。二人の征騎士が、それに続く。波紋が広がるように、グラトニア兵たちが流れるように平伏していく。

 皇帝は、己に忠誠を誓う兵士たちを一瞥する。常人であれば、まともに視線をあわせれば気絶しかねないグラー帝のプレッシャーに、皆、身震いする。

「余に従う兵たちよ。未開の土地へと、よく参った。汝らのおこないは、一言以ておおうのならば、文明の火をもたらす偉業である」

 拡声器のたぐいを用いることもなく、グラー帝の力強い声が周囲へ響きわたる。兵士たちは、一斉に顔をあげる。戦いをまえにした熱気のようなものが、立ちこめる。

「進め、臣民たちよ! 征け、精鋭たちよ! 蛮族の地をグラトニアへ併合し、光をもたらせ!! 大いなる事業を、歴史の項に刻むがよいッ!!」

 グラトニア皇帝の轟然たる言葉に、兵士たちは割れるような歓声で応える。フロルはひざまずきながら、言いようのない不安と違和感を覚える。

「目指せ、『聖地』を! この次元世界<パラダイム>の中心を抑えたとき、グラトニアは新たな版図を獲得することになる!!」

 心のざわつきに戸惑う征騎士の少年をしり目に、侵略大隊は隊列を整え、進軍を開始する。先に立ちあがったトゥッチが、フロルの尻をつま先で小突く。

「陛下、こちらへ……」

『魔女』のふたつ名を持つ深紅のローブの女が、グラー帝を招く。そこには戦場に不釣りあいな、一台のオープンカーが用意されている。

 グラトニア本国のパレードなどで用いられる車輌だ。セフィロト残党のテロ行為に備えて車体部分は強固な装甲でおおわれているが、当然、天井や車窓はない。

(……狙撃の格好のまとだよ)

『魔女』に促されるまま後部座席に乗りこんだグラー帝を見て、フロルは思う。コーンロウヘアの男が、誰に言われるでもなく運転席のドアに手をかけつつ、少年をにらむ。

「クソガキ。いつまで、そこで土下座しているつもりだ、これがな……おたくの都合で、陛下を待たせる気か?」

 少年は先輩の征騎士をにらみかえすと、あわててオープンカーの助手席側へ向かう。偵察用ドローンが上空に放たれて、四方八方へと飛んでいく。

 フロルが助手席につくと同時に、トゥッチはアクセルを踏む。とは言っても、歩兵の進軍速度とあわせるため、低速運転だ。

 オープンカーの周囲は、動力甲冑の近衛兵たちが守りをかためる。バックミラーから後部座席を見ると、『魔女』がグラー帝にブランデーを供している。

「しかし、まあ……ずいぶんと進軍におあつらえ向けな地形となっているもんだ、これがな。事前情報では、原生林におおわれているんじゃなかったのか?」

 少年が抱いていたのと同じ疑問を、ハンドルを握る先輩がぼそっとつぶやく。前方には大樹はおろか、下草すら見あたらない。剥きだしの岩肌は、天然の道路のようだ。

「『落涙』と呼ばれる、この次元世界<パラダイム>特有の大規模な自然現象の影響なので。まさにグラー帝の侵略を受け入れる天啓でございます」

 深紅のローブの女は、酒瓶の栓をしめつつ涼しい声で言う。運転席のトゥッチは、鼻を鳴らす。フロルは剣の具合を確かめながら、周囲の気配に神経をめぐらせた。

【蹂躙】

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