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【第2部13章】少年はいま、大人になる (2/16)【蹂躙】

【目次】

【侵略】

──ギャルギャルギャル。

 戦車のキャタピラが、エルフの集落を囲う丸太の柵を難なく踏みつぶしていく。粗末な家屋から飛び出した女子供の背中を、容赦なく搭載機銃が撃ち抜く。

 村周辺の古樹のうえに陣取る狩人たちが、鋼の猛獣へ矢を射かける。高度な技術<テック>によって鋳造された装甲に対しては、かすり傷のひとつも負わせられない。

 戦車の影から、随伴歩兵が飛び出す。エルフの射手が潜む大木に向かって、背負っていた装備をかまえる。火炎放射器だ。

──ゴオオォォゥ。

 ドラゴンの吐息<ブレス>のごとく、灼熱の炎が放たれる。瞬く間に古樹は燃えあがり、火だるまになった狩人たちが梢のうえから落下していく。

「はっはあ! ハメ殺しだ、これがな!!」

 運転席のトゥッチは、ハンドルから手を離して快哉をあげる。フロルは、先輩征騎士の下品な笑い声に嫌悪感を覚える。

 少年征騎士は、バックミラーをのぞき、後部座席のグラー帝の様子を確かめる。皇帝は、空になったブランデーグラスを『魔女』に手渡し、つまらなそうに頬づえをつく。

 グラー帝を乗せる装甲オープンカーは、前線で進軍経路上に位置するエルフの集落と接触したため、一時停車している。

 前線の様子は、戦闘車輌やドローンに搭載されたカメラで撮影され、導子通信によってリアルタイムに車のフロントガラスに映し出されている。

 もっとも、グラトニア侵略軍と原住民のエルフたちとでは、数も質も戦力差が圧倒的だ。リアルタイム映像のなかでは、戦闘とも呼べない一方的な蹂躙が繰り広げられている。

 フロルは、胃液が逆流してくる感覚にさいなまれる。隣に座るいけ好かない先輩征騎士に気取られないよう、平静を装う。

『ぎゃ……』

「んん? なにがあった、これがな」

 トゥッチは助手席の後輩ではなく、車載の導子通信機からもれた異音に注意を向ける。先輩征騎士はチャンネルを調節するも、それ以上の音を拾うことはない。

「征騎士トゥッチ。前方ですので」

 後部座席の『魔女』の声を受けて、二人の征騎士はフロントガラスの向こう側へ視線を向ける。散発的な銃声が、遠くから徐々に近づいてくる。

 トゥッチは、運転席からコンソールを操作し、ドローンの映像を切り替える。エルフの戦士と思しき人影がひとつ、甲冑兵や装甲車を身軽に飛び越えながら、こちらに向かっている。

「はっはあ! 蛮族連中にも活きのいい奴がいるようだ、これがな」

 先輩征騎士はうすら笑いを浮かべつつ、運転席から降りて岩肌の地面に立つ。右手に大型のリボルバー拳銃を、左手にサブマシンガンをかまえる。

 飛び跳ねる人影は、すでに視認できる距離まで近づいている。戦車や装甲車には、歯が立たないと判断し、指揮官を直接しとめようと考えたのだろう。

「──ッ!?」

 フロルは、反射的に立ちあがる。接近者が、手にした槍をグラー帝に向かって投げつける。少年は、鞘から居合い斬りの要領でバスタードソードを抜き放ち、切り払う。

「その程度の仕事はできるようだな、クソガキ!」

「ぎゃむ……いまのは、トゥッチが防ぐところだろ!?」

 少年征騎士の文句に、コーンロウヘアの男が返事をすることはない。襲撃者が、彼我の間合いの距離に着地した。

 女のエルフだった。外見年齢から判断するに、族長かそれに準ずる立場だろう。鍛えられた四肢の筋肉と肌に刻まれた無数の古傷が、歴戦の戦士であることを物語る。

 槍を投げはなった女エルフは、鎖でつながった二振りの手斧をかまえる。トゥッチは、サブマシンガンの銃口を襲撃者に向ける。

「エルフの娘は美人ぞろいだ、って聞いていたが……おたくのようなじゃじゃ馬はおれっちの好みじゃないぜ、これがな」

 コーンロウヘアの男の軽機関銃が、マズルフラッシュとともに銃弾をばらまく。エルフの女戦士は横方向へ疾駆して、死の礫から逃れる。

「ヒュウ! やるじゃねえか……蛮族にしてはな」

 トゥッチの死角へ回りこんだ女エルフは、手斧を投擲する。コーンロウヘアの男は視線を向けることなくリボルバー拳銃の弾を当てて、刃の軌道をそらす。

 女戦士は鎖を握りしめ、はじく飛ばされた手斧を引き戻しながら、さらにトゥッチへ接近して白兵戦の間合いに持ちこもうとする。

 コーンロウヘアの男の頭部に向かって、女エルフは逆手の刃を振りおろそうとする。トゥッチは、撃ち尽くしたサブマシンガンを投げ捨て、両手でリボルバー拳銃をかまえる。

──パンッ。

 乾いた銃声が響き、硝煙がたゆたう。早撃ちのごとく放たれた銃弾は、手斧を振りあげた女戦士の前腕を吹き飛ばしていた。

 女エルフは苦悶の表情を浮かべつつも、もう片方の腕と手斧で斬りかかろうとする。トゥッチは、サディスティックに口角をゆがめつつ、相手の腹部に蹴りを喰らわせる。

 みぞおちへ深々とかかとが喰いこんだ女エルフは、胃酸を吐きながら、後方へ体幹が揺らぐ。手斧の一撃が、宙を切る、

 コーンロウヘアの男は、ショルダータックルの追撃を喰らわせて相手を押し倒すと、そのままマウントをとる。女戦士は、悔しげにトゥッチをにらみつける。

「まあまあ……といったところだ、これがな。さあて。せっかくだから、いろいろと話を聞かせてくれ。おれっちは、この土地に不慣れなんだ」

 額に突きつけていた銃口を横にずらして、トゥッチはトリガーを引く。女エルフの悲鳴と同時に、血しぶきが岩石の地面のうえに飛び散る。

「そのクソ長い耳は、片方あれば十分だろう……安心しな、両耳を吹き飛ばしたりはしねえよ。尋問できなくなっちゃ困るんだ、これがな」

 コーンロウヘアの男は、銃口を女戦士の右の二の腕に付きつける。

「おれっちの知りたいことはシンプルだ、これがな……『聖地』の場所を教えろ。案内してくれる、ってんなら、それでもいい」

 女エルフは顔面蒼白になって、がちがちと歯を震わせる。それでも、トゥッチの質問には答えない。無言、沈黙。三秒後に、ふたたび銃声。

「おい、おいおい! だんまりを決めこんだまま、楽に死ねると思うんじゃねえぞ、これがな!!」

 コーンロウの男はすごみを利かせた声を浴びせながら、舌をかみきって自害しようとした女エルフの口腔に銃身を突っこむ。

 トゥッチは侮蔑の感情のこもった視線で女戦士を見おろし、やがて失望したような表情に変わり、相手の口のなかからリボルバー拳銃を引き抜く。

 先輩征騎士は、投げ捨てたサブマシンガンを拾いながら立ちあがり、装甲オープンカーへ戻っていく。女エルフは、動かなくなっていた。失血死だ。

「征騎士トゥッチ、出発です。前線の掃討が片づいたようなので」

「アイ、アイ」

『魔女』の言葉を受けて、トゥッチは何事もなかったかのごとく運転席につくと、ハンドルを握る。一部始終を見ていたフロルは吐き気を覚え、口元を抑える。

「クソガキには刺激が強すぎたようだ、これがな」

 がたがたと車体を揺らしながら、装甲オープンカーが動き出す。先輩征騎士のあざけりが、少年の耳に妙にこびりついた。

【虐殺】

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