【第2部13章】少年はいま、大人になる (3/16)【虐殺】
【蹂躙】←
「どうした、クソガキ? ゲロ吐く場所でも探しているのか、これがな」
落ち着きなく周囲を見まわすフロルに対して、トゥッチが嫌みたらしく言う。先輩征騎士の言葉を聞き流しつつ、少年はせわしなく視線をめぐらせる。
(トゥッチは感づいていないのか? 気配がするんだよ……)
隊列が進むのは、平らな岩石のうえ。原生林までの距離は遠い。周辺に茂みのようなものはない。隠れられるものと言えば、わずかな岩陰に、それと……
「……征騎士フロル?」
背後からいぶかしむ声を投げかける『魔女』も無視して、少年は低速運転するオープンカーから飛び降りる。近衛兵の一人が、フルフェイスヘルムごしに顔を向ける。
「いかがなされた、フロルどの?」
「来る──ッ!」
少年征騎士は、短く警句を叫ぶ。岩場のくぼみの泥だまりがわずかに波打ったかと思うと、黒い塊が起きあがる。
「ヴルヒイッ!」
豚頭の人型種族──オークが一体、棍棒を振りあげつつ、泥土にまみれながら突っこんでくる。近衛兵は、とっさにサブマシンガンの銃口を向ける。
──ズガッ!ズガガガッ!!
閃光とともに放たれた無数の銃弾が、オークの足を、肩を、わき腹をうがち、肉をえぐる。豚頭は、止まらない。被弾をものともせず、棍棒を振りおろそうとする。
「こいつ、なんて頑丈なんだよ……ッ!?」
フロルは、仰向けに倒れこみそうになる近衛兵と獰猛な狩猟者の顔となったオークのあいだに割ってはいる。
鞘に納めたバスタードソードを抜き放ち、そのまま斬りつける。鈍色の輝跡が走り、棍棒を握る手と腕が切り離される。
「……ヴヒ?」
痛みを感じなかったためか、豚頭は困惑するような表情で己の右手首を見る。切断面は金属光沢のような艶を放っている。
フロルは身を翻して勢いをつけて、横方向へ踏みこみながら両手で握った剣を振りおろす。常温のバターのごとく抵抗なく、オークの肥えた体躯が袈裟斬りに両断される。
「ヴル……ッヒ」
豚頭の原生種族は肉体を三つのパーツに分割されて、状況も認識できぬまま倒れ伏し、岩肌のうえでもがく。
「フロルどの、助かりました……」
「まだだ! ほかにもいる……包囲されているッ!!」
周辺の泥だまりから、のっそりと黒い塊が複数、立ちあがる。どうやらオークは単独行動ではなく、集団で狩りをおこなう種族のようだ。
泥のなかに身を沈め、本隊が通り過ぎるまで息を潜め、こちらのリーダーであるグラー帝が来るまで待ち受けていた。熟練の狩猟者だ。見ため以上に、頭がまわる。
「はっはは! こりゃ、見てくれからして蛮族って連中だ、これがな」
「笑っている場合じゃないだろ、トゥッチ! おまえも働けよ!!」
「クソガキに言われるまでもねえ。おたくと違っておれっちはプロだ、これがな」
運転席のリクライニングシートに身を沈める先輩征騎士が、ぱちん、と指を鳴らす。次の瞬間、フロルの身体は下方向から突きあげられる。
「──ぎゃむッ!?」
気がつけば、少年征騎士は空高く放りあげられていた。装甲オープンカーを包囲していたオークたちも同様だ。
(トゥッチの……転移律<シフターズ・エフェクト>か!)
フロルは宙で身をひねって体勢を立て直しつつ、グラー帝の鎮座する車輌の前方へ着地する。
対するオークは、装甲オープンカーの後方へ吹っ飛ばされて、不格好に地面へと落下する。それでも、落下のダメージをみじんも感じさせず、すぐさま立ちあがる。
少年征騎士は、顔をあげる。グラー帝の乗る車輌後方をカバーするように、灰色の石柱が複数、地面から生えているのを見る。
「ヴヒ、ヴヒィ!」
「ヴルヒヒイッ!!」
棍棒に斧、槍といった原始的武器を振りあげた豚頭どもは、装甲オープンカーに向かって駆けこんでくる。近衛兵たちは規律のとれた動きで、石柱を遮蔽とする。
──ズガガガガッ!!
無数のマズルフラッシュがきらめき、軽機関銃が一斉に火を噴く。
トゥッチが現出させたと思しき障害物によって、接近ルートを制限されたオークたちが、フルオート射撃の格好の餌食となる。
「ヴヒ……ヴヒイ!?」
「ヴルル……ヒッ!!」
人型種族としては異様なタフネスを誇る豚頭たちも、正面から火線にさらされたとあってはひとたまりもない。一人、また一人と石柱にたどりつくことなく倒れ伏していく。
「見たか、クソガキ? 征騎士の戦い方の手本だ、これがな!」
後方で繰り広げられる近衛兵たちの戦いから距離をとるようにアクセルを踏んだトゥッチが、声をあげる。後部座席の『魔女』は、不満げに口元を動かす。
「征騎士トゥッチ。陛下の御身になにかあったらどうするつもりなのですか。いつも、あなタは初動が遅いので」
「ああ? きっちりと護衛任務はこなしているだろうが、これがな……それにあの程度の連中じゃ、グラー帝を殺しきることなんかできやしねえよ!」
暴言じみたトゥッチの発言に対して、『魔女』はそれ以上とがめることはなく、当のグラー帝本人も沈黙を保つ。
フロルの眼前で、装甲オープンカーが停車する。後方では近衛兵一個小隊がオークたちの死体をあらため、ほかの原住民が潜んでいないかクリアリングをおこなっていた。
→【諫言】
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