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【第2部13章】少年はいま、大人になる (4/16)【諫言】

【目次】

【虐殺】

「クソガキ。いつまで、ぼーっと突っ立ってるつもりだ、これがな。とっとと助手席に座れ」

 トゥッチは、フロルをにらみつける。先輩征騎士を無視して、少年はその場でひざをつき、頭を垂れる。その身は、後部座席に腰を下ろすグラー帝へ向いている。

「皇帝陛下。征騎士序列十三位の立場ながら、意見を申しあげることをお許しください」

 フロルの言葉に対して先に返事をしたのは、グラー帝のとなりに座る深紅のローブの女のほうだ。

「フロル・デフレフ、場をわきまえなさい。有利な状況にあるとはいえ、ここは戦場。悠長に油断してよいところではないので」

「……よい、エルヴィーナ。この者の発言を許す」

 少年を失跡するような『魔女』の言葉をさえぎったのは、ほかならぬグラー帝だった。女は驚いたように隣の君主を仰ぎ見るが、その表情は深紅のローブの陰に隠れてうかがえない。

「余の事業に同行して、なにを思うたか? 直裁に述べるがよい、フロル・デフレフ。若人の直言は……一言以ておおうのならば、類稀である」

 皇帝の視線が、少年のほうへ向く。フロルは、初めてグラー帝と謁見したとき味わった、両肩に重石を載せられたようなプレッシャーを覚える。

(気圧されちゃ……ダメだッ! 陛下は……僕の意見を聞いてくれる、と言っているんだよ!!)

 巨人の足で後頭部を踏まれ、ともすれば額を地面へこすりつけそうになる重圧を覚えつつも、少年征騎士はのろのろと首をあげる。

 おそるおそるグラー帝の顔を見る。後部座席に鎮座する皇帝は、あいかわらずつまらそうな表情でまぶたを閉じたまま、頬杖をついている。

「不要な殺戮は避けるべき、と……心得ます。陛下」

「はっ! クソガキがなにを言い出すかと思ったら……甘チャンなチェリーボーイだ、これがな」

「トゥッチ」

 震える声音で言葉を絞りだしたフロルに、先輩征騎士は軽口をはさむ。『魔女』のとがった声で名前を呼ばれ、運転席の男は鼻を鳴らす。

「かまわぬ。続けろ、フロル・デフレフ。まさか、それで終わりではあるまい?」

 グラー帝のまぶたが開かれる。頭髪同様にアメジストの輝きを放つ瞳が、視線で少年を射抜く。フロルは、過呼吸に陥りかけながらも言葉を絞りだす。

「……通常の戦闘行為であれば、不要な恩情は味方の犠牲を招くと心得ます。しかし、現状はグラトニア軍が圧倒的有利。手加減をする、余地があります」

「調子に乗るなよ、クソガキ。蛮族の命など知ったことか……ライオンはウサギを狩るときも全力を出すんだ、これがな」

「黙りなさい、征騎士トゥッチ。陛下が発言を許されたのは、フロルのほうなので」

 暴言を『魔女』に咎められた先輩征騎士は、後頭部で手を組みながら、ハンドルのうえに両足のかかとを載せる。深紅のローブの女は、隣の君主のほうへ首をめぐらせる。

「しかして、陛下。あまり時間を浪費することも、おすすめはできませんので。すでに前線のエルフどもの掃討は完了しました。いまは一刻も早く『聖地』へ到達すべきでございます」

「ふむ。若人と言葉を交わすよい機会かと思うたが……エルヴィーナの所見、一言以ておおうのならば、道理である……」

 側近から進言をささやかれ、グラー帝はまぶたを閉じて思案顔になる。フロルは眉間にしわを寄せて、深紅のローブの女をにらみつける。

「『魔女』エルヴィーナ……先行部隊と抗戦したエルフたちは、どうなった?」

「皆殺しです。ほかの集落のエルフと連絡をとられては、厄介なので」

『魔女』のふたつ名を持つ女は、こともなげに言ってのける。フロルは上半身を起こし、皇帝へ視線を注ぐ。

「皇帝陛下! いまは蛮族でも侵略が成れば臣民となります……未来のグラトニア市民の数をいたずらに減らすのは、避けるべきかと心得ますッ!!」

「ふむ、なるほど……フロル・デフレフ。汝の言葉もまた、一理ある……」

 少年征騎士の必死の訴えに、グラー帝は小さなうなずきを繰りかえす。

「若人よ。現在のみならず未来の臣民をも案ずる汝の想い、余の心に深く染み入った……余の統治のもとに下る機会を得ることなく犠牲となった蛮族たち、一言以ておおうのならば、不運である」

 皇帝は目を見開き、長く伸びた自軍の隊列を見やる、フロルは、グラー帝の導き出した結論を予期し、失望の表情を浮かべる。

「エルヴィーナ、トゥッチ・ミリアノ。進軍再開である。可能なかぎり、疾く。蛮族どもが、我らに牙むくそのまえに」

「了解いたしましたので、陛下」

「おれっちもラジャーだ、これがな」

 少年は、歯ぎしりする。おそらく、なにも変わらない。原住民のエルフやオークは彼我の戦力差もわからぬまま、帝国軍に立ちふさがり、そして虐殺される。

 フロルの脳裏に、グラトニア・レジスタンスとしてセフィロト社に対する抵抗活動をおこなっていたころの記憶がフラッシュバックする。

 まるで家畜のごとく無造作に屠殺されていく現住種族の姿が、かつて蹂躙された自分や仲間たちの姿と重なる。

「おい、なにをしているクソガキ。陛下が話を聞いてくださった御恩を、無礼で返す気か? とっとと配置に戻るんだ、これがな」

 いけすかない先輩征騎士の嫌みは、フロルの耳に届かない。少年は顔を伏せ、悔しげにうめく。

 セフィロト社の支配を打ち砕けば、グラトニアの国土を取り戻せば、すべてが上手くいくと思いこんでいた。祖国のための奉仕が、至高の善行だと信じていた。

 その先に、どんな未来が待ちかまえているかなんて、考えたこともなかった。次にすべきことから、目をそらし続けていた。

「蹂躙と殺戮の交響曲が聞こえるんだよ……せめぎあう暴力と、からみあう怨恨。僕は……目的地なんて、決めてなかったッ!!」

 少年は顔をあげ、グラー帝をにらむ。両足で、力強く地面を蹴る。装甲オープンカーの後部座席に鎮座する偉丈夫に狙いをさだめ、剣の柄を握りしめる。

「皇帝陛下……御無礼ッ!!」

 フロルは、怒りと悲しみが混ざりあった声音で叫ぶ、少年の腰の鞘口から、鈍色の剣閃がきらめいた。

【叛逆】

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