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【第2部13章】少年はいま、大人になる (5/16)【叛逆】

【目次】

【諫言】

「──ぎゃむッ!?」

 グラー帝の懐めがけて跳躍したはずのフロルの視界が、突然ふさがれる。得物のバスタードソードを振り抜くまでもなく、少年の突撃は質量体に衝突して中断する。

(石柱……やはりトゥッチの転移律<シフターズ・エフェクト>ッ!!)

 フロルはとっさに首をめぐらせる。装甲オープンカーの運転席に座する先輩征騎士が、こちらへリボルバーの銃口を向けている。

──ガンッ、ガンッ、ガンッ!

 コーンロウヘアの男が、立て続けにトリガーを引く。三発の弾丸が、皇帝の鎮座する車輌すぐわきに生えた石柱へ銃痕をうがつ。

 フロルには、自分に向かって伸びる殺気の『線』が見た。反射的に灰色の質量体を蹴り、うしろに跳びのきながら後転して、トゥッチの銃撃を回避していた。

「包囲しろ! クソガキが叛逆だ、これがな!!」

 先輩征騎士が声を張りあげる。フロルがグラー帝への一撃を手こずっているあいだに、オークの襲撃者の後処理をおこなっていた近衛兵たちが追いついてくる。

 専用の甲冑型パワードスーツに身を包んだ近衛兵たちは、みじんも動揺する様子を見せずに、少年征騎士を包囲してサブマシンガンをかまえる。

「クソガキ! おれっちは、最初からおたくの忠誠心が怪しいと思っていたんだ、これがな!!」

 トゥッチは高揚した声音で、吐き捨てるようにまくし立てる。皇帝護衛を主任務とする征騎士と近衛兵は、近しい。なにかあれば、すぐ少年を始末できるよう手はずを整えていたのだろう。

 フロルは、いけ好かない先輩征騎士のほうを一瞥する。ひとまず少年の動きを封じたトゥッチは、嗜虐的な笑みを浮かべながら、悠々とリボルバーの銃弾を装填する。

「よくやってくれました。いくら征騎士とはいえ、陛下に対する背信行為を許すわけにはいかないので」

 超常の石柱の陰から、『魔女』のトゥッチをたたえる声が聞こえてくる。先輩征騎士は、獲物をまえにした猛獣のごとく鼻を鳴らす。

「征騎士として当然のことだ、これがな……クソガキはこれから、おれっちが公開処刑にしてやるよ!!」

 フロルは、自分でも驚くほど冷静に、周囲の状況を確認する。

 石柱を挟んで装甲オープンカーに乗るグラー帝と『魔女』は、動く様子はない。運転席のトゥッチも身構えて即応体勢をとってこそいるが、同様だ。

 なめてかかられている、とも言えるが、フロルにとっては僥倖だった。格上の存在を一斉に相手取るとなれば、ひとたまりもない。

 ひとまず、当座の相手は自分を包囲する一個小隊の近衛兵たちとなる。皇帝の護衛を任せられる精鋭ではあるが、次元転移者<パラダイムシフター>となった少年にとって歯の立たない相手ではない。

(でも、いま一番、気をつけなくちゃならないのは……)

 フロルは、近衛兵の包囲網を睥睨しつつ、コーンロウヘアの男の姿を横目で再確認する。序列六位の征騎士であり、少年と同様の次元転移者<パラダイムシフター>だ。

 何度か見せつけられた石柱を生やす転移律<シフターズ・エフェクト>──次元転移者<パラダイムシフター>のみに許された特異能力を、間違いなく使ってくる。

 オークの襲撃者を撃退したときのように、一個小隊の近衛兵とトゥッチは連携してしかけてくるだろう。この場を切り抜けるには、あの能力の特性を見抜く必要がある。

(地面から石柱を生やす……でも、それだけなのか?)

 少年は、自問する。無差別、自由自在に石柱を発生させられるなら、とうにやっているはずだ。いまだってフロルの足下から勢いよく石柱が伸びてきたら、それで終わる。

(だけど、してこない。ということは……射程距離、数の制限、待機時間……なんらかの発動条件があるはずなんだ)

「やれッ!」

──ズガッ! ガガガガ!!

 窮地に追いこまれたフロルの高速思考を、フルオート射撃の銃声がさえぎる。トゥッチの号令を受けて、少年を包囲する近衛兵たちが一斉に引き金を引いた。

 認識よりも早く、少年の身体は動いている。フレンドリィ・ファイアを避けるため、包囲した対象の足元を狙う攻撃。セオリー通りの動きだ。

 フロルは軽やかにステップしつつ、正面の近衛兵に向かって跳躍する。感覚が加速して、すべてが遅く見える。自分の身に当たりうる銃弾だけを、剣で切り払う。

 フルフェイスヘルムをかぶり、表情をうかがえない近衛兵が、少年の急接近にひるんだように見える。フロルは、相手の正中線をなぞってバスタードソードを降りおろす。

「ぴゃアが……ッ!?」

 動力甲冑ごと近衛兵の肉体が、左右に分割される。切断面は金属光沢を放ち、出血もない。相手を殺さずして斬る、『龍剣』と呼ばれるフロルの得物が持つ能力だ。

「はっはあ! 相変わらず、クソガキにお似合いのアマちゃんな能力だこれがな!!」

 高見の見物と洒落こむトゥッチが、ヤジを飛ばす。少年のほうに、かまっている余裕はない。両断した近衛兵の半身をつかんで盾とし、対面の相手へ向かってつっこんでいく。

「うおおりゃあぁぁ──ッ!!」

「ぺぶッゲ!!」

 生きた盾を全面にかかげながら、少年は包囲網を形成する一人にぶつかっていく。相手が体勢を崩したすきをついて肩口から刃を押しつけ、振り抜き、無力化する。

 サブマシンガンの銃弾が頬をかすめるなか、フロルは身をひるがえし、手にしていた甲冑兵の半身を別の相手に投げつけつつ、突進していく。

 少年征騎士は、一人、また一人と近衛兵を斬り伏せる。一個小隊の数が半数を割り、包囲網がゆるみ、火線が乱れていく。

「征騎士トゥッチ、いつまで傍観しているつもりなので? 近衛兵を無為に消耗するのは感心しません」

「言われるまでもねえぜ、『魔女』。クソガキの出方を見極めていただけだ、これがな」

 深紅のローブの女に問われた先輩征騎士は、肩をすくめつつ、装甲オープンカーの運転席から降りる。右手に握られた大型のリボルバー拳銃が黒光りする。

 フロルは、戦意がくじけかけて腰の引けている残存の近衛兵に背を向け、トゥッチと相対する。コーンロウヘアの男は、にやりと笑みを浮かべると、銃をかまえる。

 先輩征騎士が、リボルバー拳銃のトリガーを引く。少年は弾道を先読みするように、剣を振りかぶる。

 鈍化した時間感覚のなか、銃弾の行きつく先が手に取るように捉えられる。このタイミングなら切り払える。このまま、白兵戦の間合いに踏みこめる。そう思った刹那──

「──解き放て、『質量押印<マス・スタンプ>』」

 トゥッチが、酷薄な声音で言い放つ。空中を飛来する銃弾が膨らんでいく。鉄の礫は、巨大な質量体──石柱と化してフロルにつっこみ、少年の華奢な身体を吹き飛ばした。

【内省】

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