190901パラダイムシフターnote用ヘッダ第01章31節

【第1章】青年は、淫魔と出会う (31/31)【開門】

【目次】

【迂回】

「それで……そのアドレスとやらは、どうすれば手にはいるんだ?」

 ふたたび、いすに腰をおろし、紅茶をなめる女に対して、青年が質問する。

「そうね。いくつか方法はあるんだけど、一番手っ取り早いのは……」

 女は、セクシーナースコスチュームの窮屈な胸元を押し開く。バストの狭間にしまいこまれていた、銀色のカードを取り出して見せる。

 輝きを反射する金属片の表面には、『SEFIROT corpration』と刻印されている。

「『セフィロト社』っていう連中の社員証だわ。こいつらも、次元世界<パラダイム>間を移動する技術を持っている」

 女は、ひっくり返して、プレートの裏面を見せる。そこには、女が『天球儀』のリングに刻みこんだものとよく似た紋様が、小さく、びっしりと彫りこまれている。

「ここに刻まれているのが、次元世界<パラダイム>のアドレス情報だわ。これをかっぱらってくるのが、たぶん、一番手っ取り早い」

 青年は、金属製のカードを手に取り、しげしげと眺める。

「『セフィロト社』ってのは、次元世界<パラダイム>をまたいで活動している巨大企業のことだわ。ずいぶんと、手広く商売しているみたい」

「奪うことが前提なのは、何故だ? 穏便に譲ってもらうことは、できないのか?」

「あー……」

 女は顔をしかめつつ、視線を空中に泳がせる。

「実際に会えば、交渉するより、かっぱらうほうが簡単だってわかるはずだわ」

 青年は、ふう、と息を吐き出しつつ、金属片をテーブルのうえに置く。二人の真横に浮かぶ『扉』を、青年は指さす。

「これは、どこにつながっている?」

 女は、にやり、と挑発的に笑う。

「もちろん、『セフィロト社』のエージェントがいる次元世界<パラダイム>だわ。あなたがその気になれば、すぐにでも仕事に取りかかれるわよ」

「なるほどな……」

 青年は、つぶやきながら、席を立つ。足取りには、妄執じみた力強さが宿っている。女は頬杖をつきながら、青年の横顔に語りかける。

「なんなら、進展があるまで、この部屋に居候させてあげるのだわ。もちろん、家賃はいただくけれど」

「カネは、持っていないぞ?」

「んなこと、見ればわかるのだわ。カラダで払ってもらうから、安心して?」

 女が、わざとらしくウィンクする。青年は、重ねてため息をつく。

 青年は、女の仕草を無視するように、虚空に浮かぶ『扉』の取っ手に触れる。そこで、思い出したようにテーブルのほうを振り返る。

「そういえば、まだ聞いていなかったか。おまえ、なんてていう名前なんだ?」

「……ぬふっ」

 女は、よくぞ聞いてくれました、という表情を浮かべつつ、立ちあがる。

「リーリス、だわ。人は、私のことを『淫魔』とも呼ぶ」

『淫魔』リーリスが名乗り終えるよりも早く、青年は、『扉』に向き直る。

「わかった。それじゃあ、行ってくるぜ。クソ淫魔」

「ちょっと! 呼び方──」

 開かれた『扉』の向こうには、暗黒の虚無空間が広がっている。青年──アサイラは、リーリスの文句から逃れるように、『扉』の先へと踏み出した。

【第2章】

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