190901パラダイムシフターnote用ヘッダ第01章30節

【第1章】青年は、淫魔と出会う (30/31)【迂回】

【目次】

【漆黒】

「観測さえできれば、一発で送り返してあげられるんだけど」

 青年と女は、階下の部屋に戻り、ふたたび丸テーブルを挟んで座っていた。

 女が二杯めの紅茶をティーカップに注ぐも、青年は手を着けようともしない。視線を伏せた表情は、ひどく落胆した様子だった。一言も、話そうとしない。

「あー……だいじょうぶ? よかったら、気晴らしにセックスでもする?」

 冗談めかした口調で女が話しかけても、青年は沈黙し、返事はない。

「あとは……どこか住みやすい次元世界<パラダイム>を探すとか? その気があるのなら、私も手伝ってあげるのだわ」

 前のめりになりながら、しゃべり続ける女に対して、青年が顔をあげる。重く暗い視線に射抜かれて、女は思わずあごを引く。

 女は、青年の長い沈黙が、単純な落胆とは違うことを理解する。媚びへつらうつもりはないが、また暴れ出されても困る。最悪、今度こそ命に関わる。

(意地でも、自分の次元世界<パラダイム>に帰らなくちゃ、気が済まないわけか)

 青年の意図に沿うプランを提案すべく、女も腰を据えて長考し始める。破壊の跡と投げ散らかされた衣類が散らばる円形の部屋に、重苦しい沈黙が満ちる。

 やがて、女が肉厚の赤い柔唇を動かす。

「……地道に、足で『探す』という選択肢もあるのだわ」

「どういう意味だ……?」

 青年の眉根が、ぴくりと動く。女の提案に対して示した、初めての反応だった。

「次元世界<パラダイム>には、アドレスがある、ってさっき言ったわよね? あちこちの次元世界<パラダイム>を巡りながら、アドレスを集めるのだわ」

「それが、俺の帰る場所と、どうつながる?」

「あなたの『蒼い星』が、観測範囲外、あるいは、なんらかの阻害要因に挟まれていると仮定して、他の次元世界<パラダイム>経由の迂回路を探していくわけだわ」

「……──」

 青年が、ふたたび口をつぐむ。女には、この沈黙が先ほどまでとは意味合いが違うと理解できる。

「あてもなくさまようよりは、マシじゃないかしら?」

 女が、付け加える。青年は、テーブルのうえのティーカップを手に取り、満たされた甘ったるい紅茶で舌を濡らす

「パラ、ダイム……とか言ったか。他の世界に移動するのは、困難なことじゃないのか。おまえの口振りだと、ずいぶんと簡単なように聞こえるが」

 青年の質問が、具体的な事柄に移る。女は、バストの谷間の奥で、しめしめ、とつぶやく。

「普通の人間にとっては、困難だわ。ほとんど、不可能といってもいいくらい……でも私にとっては、別」

 女は、いすから立ち上がると、自分の真横に向かって手をかざす。青年が、目を見開く。空間に、ノイズと電光が走る。

「次元世界<パラダイム>のアドレスがわかれば、観測できる。観測ができれば、次元世界<パラダイム>へのノードを確立できる。確立さえできれば……」

 やがて、なにもなかった場所に忽然と、古めかしい木製の『扉』が現出する。

「……こんな風に、次元世界<パラダイム>に接続する『扉』を作り出すことができるのだわ。私なら、ね」

 女は、若干、疲労の色を見せながら、青年に自慢げな視線を向けた。

【開門】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?