【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (9/16)【窮地】
【侮蔑】←
「バッド、うっとうしいにもほどがあるだろ!」
ナオミはヒポグリフを急上昇させ、螺旋の軌道を描きながら、フルオートの対空射撃を回避する。渓谷のうえに頭を出した直後、下降の軌跡へと反転する。
谷底をかすめるように滑空しつつ、すれ違いざまに魔銀<ミスリル>製のハルバードで敵兵の頭を殴打する。
「手応えは、確かにあっただろ。だが……」
イクサヶ原でサムライの真似事をやっていたナオミの経験に照らしあわせれば、兜越しでも頭蓋を砕いたであろう感触が手に残っている。
赤毛の騎手は、それでも必殺を確信できずに背後をあおぎ見る。案の定、敵兵は身を揺るがしつつも踏みとどまり、ナオミのほうをにらみかえす。
「わかっちゃいたが……バッドもバッドだろ。それなら、こいつで……ッ!」
ナオミは手綱を強く引き、ヒポグリフを急ターンさせる。相手は、こちらの機動性に対応できない。鷲馬の前足、猛禽のかぎ爪が敵兵の身体をつかむ。
有翼の魔獣は騎手の意思に応じて、そのまま甲冑兵を上空へと放り投げる。落下してくる敵兵の下に先回りし、ハルバードの穂先を突き立てる。
「……えグォあッ!?」
蒼碧の輝きを放つ魔銀<ミスリル>の刃の先端が、相手の鎧の胸部装甲を貫通する。心臓を刺し貫き、おびただしい流血が周囲の雪上にまき散らされる。
「グッド。いや……バッド!」
ナオミは吐き捨てるようにつぶやく。串刺し状態になりながら、敵兵は両腕を動かし、アサルトライフルをかまえる。銃口が、赤毛の騎手の額を狙う。
「悪い冗談にすぎるだろッ!!」
魔銀<ミスリル>製のハルバードを振りまわし、ナオミは串刺しにした敵の身体を放り投げ、もう一人の甲冑兵にぶつける。
雪原に倒れこんだ二人の敵は、しかし、すぐさま立ちあがろうともがきはじめる。赤毛の騎手は、ヒポグリフをホバリングさせながら待ち受ける。
「まさか不死身だってことはないだろ、コイツらは……! こちとら、とっとと片づけてアサイラの援護にまわらにゃならないってのに……ッ!!」
鷲馬の鞍のうえから、ナオミは背後にちらりと視線を向ける。十メートルほどの距離をとって、黒髪の青年と敵将は互いに相対していた。
「おまえたち……セフィロト社の残党か?」
アサイラは、ぼそりとつぶやく。浮島の牧場を出発したときから抱いていた疑問だ。こうして対面するとあらためて思う。運用している装備があまりにも酷似している。
「セフィロトぉ? オマエな。笑えない冗談を、ほいさっさと口にするな……あんな連中と一緒にされちゃあ、反吐が出るものさッ!!」
対峙する青年の言葉を聞きとめた敵将は、心の底からの侮蔑と嫌悪感を含ませた声音で言い捨てる。
「……待てよ。オマエな、セフィロトのことを知っているのさ? ってことは、だ」
数メートル先で、フルフェイスヘルムのバイザーの奥に光が灯る。おそらく、なんらかのサポートシステムがデータベースとの照合をおこなっている。
「……ああ! オマエな、あのエージェント連中が恐れていた『イレギュラー』なのさ!? セフィロトの『社長』をブッ殺した、っていう!!」
「おまえ、俺のことを知っているのか……?」
「こいつは、驚きなのさ! あの『イレギュラー』が、こんな辺鄙な次元世界<パラダイム>に漂着していたとは……ついでに、こんなに弱っちいとはな!!」
相手が利用したのは、セフィロト社のデータベースだ。装備も、おそらく同社のものがベースになっている。にも関わらず、セフィロトを侮蔑し、嫌悪している。
(こいつら、いったい何者なのか……?)
アサイラは眉根をよせて、敵将をにらみかえす。セフィロトに非ず者たちが同社のテクノロジーを手にし、使いこなしている。
それにこの男たちがときおり口にする『グラトニア』という名称も、どこかで……
(アサイラ! ぼーっとしている場合じゃないのだわ……前を見て、来るッ!!)
リーリスの念話で、アサイラは我にかえる。甲冑男は、白熱するブレードがマウントされた両腕を左右に広げながら、駆けこんでくる。
黒髪の青年はひざを曲げて、相手を待ちかまえる。極寒の風を切り、舞い散る雪を蒸発させながら、甲冑男の右腕の刃を振りおろす。
アサイラは左手の甲で、敵の前腕を受け止める。パワーアシストシステムのモーターの駆動する振動が、黒髪の青年の身体にまで伝わってくる。
(重い、かッ!)
アサイラの左腕が、徐々に押しこまれる。体勢が、傾く。そのすきを狙って、征騎士と呼ばれた男のもう片方のブレードが逆方向から迫る。
「……グヌッ!」
とっさに身を屈めて、アサイラは左右からの斬撃をかわす。反撃へ転じようと、腰を回転させつつ敵将の身をすくいあげるように利き腕を伸ばす。
「ウラア──ッ!」
黒髪の青年の放った渾身の掌打が、敵兵のみぞおちに命中する。
ただ、それだけだった。衝撃は複合セラミック装甲を貫くことはなく、ダメージを追わせるどころか、体勢を崩すことすらできない。
「どうした、どうしたのさ! オマエな、さっささっさとどうにかしないと死んじまうぞ、エージェント殺し、セフィロト潰しの『イレギュラー』!!」
「グヌウ……」
うめくアサイラをよそに、征騎士と呼ばれた男は警戒すべき攻撃はないと判断して、乱暴に両手の白熱ブレードを振りまわす。
黒髪の青年は力まかせの斬撃を紙一重で交わし、掌底と肘打ちで敵の腕の軌道をそらし、後退しつつ白熱の刃を回避していく。
(アサイラ、逃げて……! 逃げるのだわッ!!)
「それができるようなら、とうにやっている……か」
頭のなかに響くリーリスの悲鳴に対して、黒髪の青年は息を乱しながらつぶやく。背中に岩壁の硬い感触がぶつかる。アサイラは、断崖の絶壁まで追いつめられていた。
→【臨死】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?