【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (8/16)【侮蔑】
【奇妙】←
「オマエな。まあ何者であっても、関係ねえのさ」
アサイラは、征騎士と呼ばれた男の手元、アサルトライフルの銃口と引き金を凝視する。軍用火器のフルオート射撃を回避し損ねれば、ひとたまりもない。
できることならば発砲の機会を与えることなく格闘戦に持ちこみたかったが、この距離からでは、最低一回は相手の銃撃を回避しなければならない。
「オマエにしろ、ヴァルキュリアにしろ、お先は真っ白なのさ。この次元世界<パラダイム>で生きる連中に 意味などない。いまのうちに降参しちまうか?」
吹雪が勢いを増すと同時に、甲冑男はトリガーを引く。まばゆいマズルフラッシュとともに、銃口から無数の飛礫が吐き出される。
「……ウラアッ!」
コンマ数秒を先読みするような動作で、黒髪の青年は側転してフルオート射撃を回避する。飛翔する銃弾の行進が、己の身体を追ってくる。
アサイラは身体を沈め、さらに大きく真横へ向かって跳躍する。その先には、渓谷の絶壁が待ち受ける
「あが……?」
征騎士と呼ばれた男がいぶかしむと同時に、黒髪の青年は力の限り岩壁を蹴る。空中を跳びこえ、彼我の距離が一気に縮まる。
「ウラアァァーッ!!」
アサイラは空を舞いながら、体幹をひねる。そのまま敵将に向かって、跳躍の勢いと遠心力を乗せた回し蹴りを放つ。
「あぎッ!?」
黒髪の青年のつま先が、甲冑男の手元からアサルトライフルを蹴り飛ばす。アサイラの身体の回転は、それだけでは止まらない。
「ウゥゥラアッ!!」
「──ぎががッ!!」
二発めの蹴りが、相手の頭部に命中する。征騎士と呼ばれた男は、予期せぬ一撃を受けてバランスを崩し、雪だまりのうえへ仰向けに倒れこむ。
「ウラァアッ!!」
アサイラは甲冑男の胴体のうえに着地してマウントをとりつつ、落下の速度を乗せた拳をフルフェイスヘルムの真正面に振りおろす。
「あギぎガガッ!?」
「ウラッ! ウラララァ、ウラウラウラアッ!!」
全身鎧の胸部にまたがり動きを封じたまま、黒髪の青年は両腕をエンジンシリンダーのごとく交互に動かし、左右の拳を連続してたたきつける。
「グヌ……?」
敵将の顔面を殴り続けながら、アサイラは違和感を覚える。手応えが、ない。まともにダメージを与えたのは最初の一撃のみ。あとの拳撃は鎧を貫通できていない。
「オマエな……ふざけているのさ?」
組み伏せた甲冑男が、ぼそりとつぶやく。全身鎧の関節各部から、キュルルル、とモーターの駆動する音が響く。
「うおらッ!」
「ヌギィ!?」
征騎士と呼ばれた男は、全身鎧に仕込まれたパワーアシスト機構の出力を上昇させて、マウントをとられた姿勢を強引にひっくり返す。
アサイラと敵将は、ごろごろと雪のうえを転がる。数メートルほど間合いが離れたところで、ほぼ同時に両者はひざ立ちになる。
「いまのでわかっただろ? コイツは見た目こそ中世の甲冑鎧だが、中身は最新鋭のパワーアシストコンバットスーツなのさ」
征騎士と呼ばれた男は、両腕を広げながら立ちあがる。雪をはらんだ風が、紋章の刻まれたマントをたなびかせる。
「三角跳びの曲芸には驚かされたが、それだけなのさ。丸腰で飛びかかってくるたあ、なんらかの転移律を使ってくるかと警戒したが、それもない……」
アサイラもまた、相手を見すえつつ立ちあがる。極寒環境は、額に冷や汗が浮くことすら許してはくれない。
「アサルトライフルと複合セラミック装甲の鎧を装備した相手に、徒手空拳で殴りかかる人間がふつういるか? オマエな、蛮人ですらない狂人なのさ!」
黒髪の青年は荒く呼吸をつきながら、震える拳を握りなおし、構えをとりなおす。手の甲から血がにじみ出し、外気に触れるとすぐに凍りつく。
鉛のような倦怠感が、アサイラの腹の底から這いだしてくる。全身鎧の男は「あきれた」という心象を、ジェスチャーで示す。
「オレな、しごくまじめな仕事の最中なのさ……伊達や酔狂をしたいなら、さっささっさと地獄に墜ちたあとにやることだな! 狂人ッ!!」
(アサイラ、やっぱり体調がまだ……撤退路を確保するのだわ! ナオミにも、手伝ってもらって……)
「……すたこらさっさと逃げるつもりか? させやしないのさ! グラトニア征騎士相手に火遊びする意味を、念入りに教えてやるッ!!」
アサイラがリーリスと交わす脳内の念話を見透かしたように、敵将が叫ぶ。逃走は無理だと判断した黒髪の青年は、相手を迎え撃とうと腰を落とす。
幸い、アサルトライフルは敵の手から放れた。白兵戦ならば、まだ対抗できる可能性がある。そう思った瞬間……
──ガゴォンッ。
甲冑男の大きく広げた両腕の先から機械音が渓谷に響く。パワーアシストアーマーの前腕部から、左右それぞれ硬質ブレードが展開する。
アサイラは拳を強く握りしめ、つとめて深い呼吸をくりかえす。征騎士と呼ばれた男の手の甲に伸びる黒い刃は見る間に白熱し、触れた雪を瞬時に蒸発させた。
→【窮地】
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