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【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (10/16)【臨死】

【目次】

【窮地】

「オマエな、ほいさっさと手を打たにゃ、命はないのさ……さっきみたいに、三角跳びでオレの背後でもとってみるか? 狂人!」

(読まれている……か)

 アサイラは内心、舌打ちする。完全に自分は後手に回っている。全身をおおう薄らぼけた倦怠感が、さらに足を引っ張る。

(力よ、出ろ……出せ! 出ないか!!)

 黒髪の青年は己を叱咤しつつ、甲冑男に対して左右のボディブローを連続して放つ。打撃が命中しても、相手が動じる様子はない。拳に鈍い痛みだけが残る。

「オマエな、ふざけているのさ? ここはボクシングのリングのうえじゃねえ……戦場だって事実を、ほいさっさと受け入れろ!」

 征騎士と呼ばれた男はアサイラの眉間を狙って、ヒートブレードが伸びる左右の腕を交互に突き出す。

「グヌ……ッ」

 上半身を揺らして、黒髪の青年は致命的な連撃を回避していく。白熱する刃が頬をかすめ、切っ先は背後の岩壁をうがつ。

「殺しのやり方ってヤツを教えてやるのさ! 狂人!!」

 フルフェイスヘルムのバイザーの奥で、高精度カメラが光を放つ。コンバットアーマーの電子頭脳がアサイラの動きを解析し、着用者の動作を最適化する。

 振り子のごとく揺れる黒髪の青年の軌道を先読みするように、右腕のヒートブレードが打ちこまれる。アサイラは、相手と重ねるように左腕を伸ばす。

「あギ……?」

 頭部をおおう兜の奥から、征騎士と呼ばれた男のけげんそうなつぶやきがもれる。アサイラは腕を曲げて、左肘を横へ突き出す。相手の腕の軌道が、それる。

「……ウラアッ!」

 がんっ、と鈍い音が渓谷に響く。黒髪の青年の左ストレートが、カウンターとなってフルフェイスヘルムの顔面に叩きこまれる。

「オマエな、無駄だってのがわからないのさ……んん?」

 アサイラはさらに身をひねり、半ば背中を見せるような状態から全体重を乗せて踏みこみ、甲冑男に体当たりを喰らわせる。

「ウラアァァ!」

「……ぎガガッ!?」

 征騎士と呼ばれた男の体勢が、わずかに揺らぐ。ただ、それだけだった。黒髪の青年の口元がゆがむ。

(これでも……足りないか!)

「ふざけるのは、いい加減にするのさ……狂人ッ!!」

「グヌウー!?」

 密着状態のアサイラのわき腹へ、甲冑男のひざ蹴りがしたたかにめりこむ。黒髪青年はうめきながら吹き飛ばされ、断崖に右肩を叩きつける。

「……アサイラぁ!」

 ヒポグリフにまたがり、ほかの甲冑兵と奮戦するナオミは、首をめぐらせながら青年の名を叫ぶ。とどめを刺さん、と敵将が腕を振りあげる。

 赤毛の騎手は手綱を操り、アサイラと敵指揮官のあいだに割って入ろうとする。先刻、雑兵の頭を砕いた得物のハルバードが動かない。

「バッド……!」

 兜は割れ、頭部からおびただしい出血をしながらも、鷲馬の真下の雪だまりに倒れ伏す甲冑兵はハルバードの穂先を強い力で握りしめたまま、放さない。

「ここいらで……くたばっておけッ!!」

 ナオミは、ヒポグリフを反転させて馬の後足で雑兵を蹴り飛ばす。ふたたびアサイラのほうをあおぎ見れば、いままさに敵兵が刃を振りおろそうとしている。

「セフィロトの『社長』をブッ殺したってんだから、どれほどのものかと思ったが……『イレギュラー』も、大したことはない。おかげで、皇帝陛下への手みやげが増えたのさ」

「……グヌウッ」

 己の頭蓋をかち割ろうと迫るヒートブレード、その支点となる甲冑男の右手首をアサイラは両手でつかみ、押しとどめようとする。

「オマエな、さっきから無駄だっつってんのさ!」

 全身鎧の関節部から、パワーアシスト機構のモーター駆動音が響く。黒髪の青年の膂力を振り絞った必死の抵抗もむなしく、白熱する刃はじょじょに迫ってくる。

(アサイラ──ッ!!)

 脳裏に悲鳴じみたリーリスの思念が反響する。黒髪の青年はいままで見ぬ振りをしてきた不都合な事実を、ようやく直視する。

(力が、弱まっている……か)

 かつてアサイラは、山のようなドラゴンと素手で殴りあい、最新鋭戦闘機の装甲に己の拳を叩きつけた。

 セフィロトの『社長』がふるった暴虐ともいえる力は、いま目のまえにいる相手の比でなかった。

 だが、いまの自分の膂力はそのいずれにも遠くおよばない。かつてのように力を引き出そうと強く念じても、肉体はかたくなに応じようとしない。

「討ち取ったのさッ、『イレギュラー』!!」

 ヒートブレードが前髪に触れる。じゅう、と音を立てて焦げくさい臭いが漂う。アサイラは、目を見開く。

(それでも……いままでの戦闘経験は残っている!)

 黒髪の青年は、甲冑男の前腕を手放す。同時に身を沈め、雪上をスライディングし、征騎士と呼ばれた男の股下をくぐり抜ける。

「あぎ……ッ!?」

「……ウラア!!」

 突然、敵を見失う甲冑男の背後をとったアサイラは素早く立ちあがると同時に、転倒覚悟で渾身の回し蹴りを繰り出す。

「……ぎガガ!?」

 征騎士と呼ばれた男はわずかによろめきながら、振りかえろうとする。黒髪の青年はバランスを崩しつつ、前傾姿勢をとる。

「ウラァ!!」

 振り向きざまに突きたてようとした甲冑男のヒートブレードへ、アサイラは手刀を叩きこむ。甲高い金属音と肉を焼く痛みとともに、硬質刃が砕け散る。

「へえ、やりやがるのさ……少しは、な!」

 征騎士と呼ばれた男は悠然と、もう片方のヒートブレードを下から振りあげんとする。黒髪の青年はもう一度、手刀で迎撃しようとする。

 同時に、アサイラの体幹の乱れが限界に達する。足元がすべり、体勢が崩れる。チョップはむなしく宙を切り、白熱する刃が逆袈裟に胴を切り裂く。

「グヌギィーッ!?」

 黒髪の青年は、のけぞりながらうめく。鮮血が飛び散り、雪のうえに赤い花を咲かせる。幸い、傷はさほど深くないが、次が来る。

「ほいさっさ……オマエな、ここでジ・エンドなのさ!」

 甲冑男は返す刀でヒートブレードを振りおろす。白熱する刃は、アサイラの首筋を狙ってせまり来る。

 黒髪の青年の脳裏は、コンマ数秒のうちに回避、防御、迎撃の行動パターンを検討する。いずれも、いまの体勢からは間にあわない。

(ここまで、か……!)

(ちょっと、アサイラ! なに勝手にあきらめてくれちゃっているのだわ!?)

 早口でまくし立てるリーリスのテレパシーが、どこか遠くにひびく。黒髪の青年は死を覚悟し、静かに目を閉じる。

(グヌ……?)

 アサイラは、違和感を覚える。自らの命を刈りとるはずの白熱の刃が、いつまでたっても自分の身体に接触しない。少なくとも、痛みは来ない。

 おそるおそる、まぶたを開く。そこには、先刻までとは似ても似つかない光景が広がっている。

 ガラスのように砕けた黄昏色の空の下、視界の果てまで広がるのはうごめく肉と血が混じりあった異様な海。甲冑男はおろか、ナオミや雑兵の姿もない。

 黒髪の青年本人は、赤黒い海のうえにかろうじて頭を出すコンクリート製の建物の屋上に、たった一人で立っていた。

【光明】

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