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【第15章】本社決戦 (25/27)【崩壊】

【目次】

【瓦解】

「……アサイラ、もうだいじょうぶだわ」

「ん……そうか」

 青年の肩を借りていた『淫魔』が、自分の足で立つ。

「アサイラのほうだって、あんまり余裕なさそうだし」

「その通りですわ、『淫魔』。我が伴侶は、消耗しています。不要な負担をかけるべきではありません」

「うるさい、龍皇女。あなたに言っているんじゃないのだわ」

 下から突きあげるような衝撃を受けて、その場を走る全員がよろめく。社内全体を揺らす振動はおさまることなく、少しずつ強くなっている。

 もはや照明は砕け、非常灯の弱々しい光すら不安定に明滅している。わずかずつだが、通路そのものもゆがみ、ひしゃげてきている。

「たたっよたったたた……みんな、急いでということね!」

 先導する空色のワンピースの少女が、壁や天井から崩落した瓦礫を身軽に飛び越えつつ、背後を振り返る。

「メインリアクター、だっけ? あれが停止して、次元世界<パラダイム>を維持する導子力を失った以上、崩壊は時間の問題だわ……」

 背中からコウモリのような翼を広げ、『淫魔』はホバリングしつつ移動する。アサイラは目眩を覚えつつ、ララや『淫魔』の言葉を聞く。

「……グヌッ」

 ともすれば、途絶えそうになる意識を、ぶんぶん、と頭を左右に振って奮い立たせる。『淫魔』の白く長い指が、青年の手をつかむ。

「しっかり、アサイラ! 家に帰るまでが、遠足だわ……ああ、もう。シルヴィアとリンカは、だいじょうぶかしら……」

 自分たちが走ってきた、おぼろげな闇の向こうを『淫魔』はあおぎ見る。ぱらぱらと天井が崩れゆくなか、小さく見えた人影が近づいてくる。

「すまない、遅れたのだな……ッ!」

 獣の脚力で走るシルヴィアが、追いついてくる。背中に担がれたリンカの姿もある。狼耳の娘は、着流しの女をおろすと、先頭の少女へと駆けよる。

「わあっ! シルヴィア!?」

「ララよりも、こちらのほうが脚は速いのだな。本社の構造も、把握している」

 シルヴィアは、速度をゆるめることなく、少女を肩にかつぐ。突然のことに、ララは目を丸くし、すぐそばでピンと立つ獣耳の匂いをかぐ。

「……シルヴィア。まえ会ったときと、雰囲気が変わった?」

「ひょこっ!?」

「だって、昔は、ララがいくら頼んでも肩車してくれなかったし……いまのシルヴィアは、髪の毛から、いい匂いがするし……」

「それは、私のお気に入りのシャンプーだわ」

「それどころじゃないだろう! 脱出を急ぐのだなッ!!」

 夜目の利くシルヴィアは、頼りない非常灯であっても問題なく障害物を発見し、回避すれば、速度を落とすことなく駆け抜けていく。

 後続のパラダイムシフターたちは、獣人娘が羽織る迷彩柄のジャケットの背を目印に、後を追う。脱出のスピードは、倍ほどに増す。

「次元世界<パラダイム>の崩壊に、巻きこまれると、どうなる……か?」

 全身の血が鉛になったかのような疲労感にさいなまれるアサイラは、苦痛を紛らわせるように尋ねる。

「船の沈没に巻きこまれるようなものだわ。運が良ければ、どこか別の次元世界<パラダイム>に漂着できるけど……」

「……たいていは、虚無空間を漂流して、死を待つのみですわ」

 龍皇女と『淫魔』が、それぞれ青年の質問に答える。やがて、パラダイムシフターたちは、中枢部を抜けて、ダストシュートまでたどりつく。

──ズドド、ドドドッ!!

 扉を抜けたところで、ララを担いだシルヴィアは足を止める。獣人娘の舌打ちが、轟音にかき消される。

 セフィロト社のゴミ捨て場である円筒状の空間は、大小様々な瓦礫が滝のようにとどまることなく落下し続けている。

「……本社全体の構造部材が崩壊して、ここに流れこんでいる、ってことね」

 獣人娘の肩のうえで、ララが冷静に分析する。シルヴィアは、迂回路を検討する。だめだ。時間がかかりすぎるし、別のルートも無事である保証はない。

「ここは、わたくしが」

 シルヴィアとララの横から、純白のドレスのクラウディアーナが歩み出る。龍皇女の背から、六枚の光り輝く巨大な翼が現出する。

「皆、わたくしの翼を傘代わりに!」

 パラダイムシフターたちは、クラウディアーナの指示に従い、ダストシュートにかかった鉄橋を渡りはじめる。頭上に広げられた龍翼が、無数の破片をはじく。

 本社の崩壊が始まったときからとめどもなく瓦礫に殴られ続けた鉄橋は、ひしゃげ、一歩踏み出すごとにきしみ音をあげるが、ほかに選択肢はない。

「……わあっ!?」

 もう少しで渡りきれる……そのとき、シルヴィアの肩のうえのララが声をあげる。ひしゃげた一本橋が、真ん中から折れて、傾きはじめる。

 獣人娘は、担いだ少女を対岸に放り投げ、自身も跳躍する。『淫魔』は、アサイラとリンカをつかんでホバリングし、難儀しながら橋の付け根へとたどりつく。

 最後尾のミナズキが尻もちをつき、大穴へ向かって滑り落ちていく。メロは、慌てふためく。

「あわわ──ッ!!」

 魔法少女は、エルフの巫女を助けようと手を伸ばすも、自身もバランスを崩して、大陥井のなかへと呑みこまれていく。

 自らの龍翼を上方への盾としていたクラウディアーナは、アサイラたちが無事に橋を渡りきったことを確かめたあと、大穴に向かって身を踊らせる。
 
「ディアナどの!?」

 アサイラが身を乗り出し、円筒空間をのぞきこむ。龍皇女は、顔をあげ、青年に柔和な微笑みを浮かべてみせる。

「我が伴侶! そなたたちは、このまま脱出を……メロとミナズキの二人は、わたくしが引き受けましたわ!!」

 クラウディアーナは、アサイラから預かった『龍剣』を掲げてみせる。六枚翼を広げた龍皇女の姿は、そのまま瓦礫の向こうに見えなくなった。

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