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【第15章】本社決戦 (26/27)【名前】

【目次】

【崩壊】

「アサイラ……龍皇女の言うとおりだわ。まずは、私たちの命を守らないと」

「……言わずもがなだ」

 ひざを突いてダストシュートの底をのぞきこんでいたアサイラは、立ちあがる。かたわらでは、リンカが着流しの乱れと呼吸を整えている。

「ララ。ここから先は、どちらへ進めばいいのだな?」

「まずは、第二ゲートポートに向かって」

 少女を背負いながら問うシルヴィアに対して、ララは簡潔な返事をする。五人は、揺れる通路に足をとられそうになりながら、先を急ぐ。

──バチバチィ!

 突然、スパーク音が響く。直後、非常灯が完全に沈黙し、あたりを闇が包みこむ。一同が戸惑い、足を止めると、橙色の暖かい輝きが五人を照らす。

 にやり、と笑ったリンカの右手には抜き身の刀が握られている。その刀身は、超常の赤い焔をまとっている。

 一同はうなずきあうと、リンカの『龍剣』の炎をたいまつ代わりとして前進する。やがて五人は、当座の目的地である第二ゲートポートに到着する。

 物資の搬入出に使われていたであろう広大な空間は、瓦礫と備品が乱雑に飛び散っている。巨大なリング状の装置──次元転移ゲートは、完全に沈黙している。

 外壁はひび割れ、崩落し、隙間から遠くの次元世界<パラダイム>が星のように輝く虚無空間が見える。

「どうするんだな、ララ。次元転移ゲートは、使えそうにない」

「ここから先は、直接、ララが案内するということね!」

 空色のワンピースの少女は、シルヴィアの肩から跳び降りると、横倒しになったコンテナのあいだを縫うように、ゲートポートのさらに奥へと進む。

 ララのあとを追いながら、シルヴィアは鼻をひくつかせる。目を細め、沈黙を守る。獣人の嗅覚が、血の臭いが捉えたのだろう。アサイラは、そう思う。

 セフィロト本社の内部事情に詳しくないとも、異常事態とあれば、脱出のために次元転移ゲートに殺到したことは、想像に難くない。

 そして、リンカのたいまつていどの光源しかないとはいえ、見える範囲に動く影はない。おそろくは、横転したコンテナや崩落物の下敷きに──

「……えーっと、ここらへんのはずなんだけど」

 場違いに無邪気な声が、ゲートポートに響く。突き当たりを壁沿いに歩いていたララは、奥まった地点にたどりつくと、突然、四つん這いになる。

 少女が、床のパネルをひっくり返すと、下方へ続く縦孔とはしごが現れる。ララは潜りこみながら、誇らしげな笑顔を浮かべて一同を見あげる。

「ララの秘密基地……ということね。みんな、ついてきて!」

「驚いたのだな。こちらも、本社の内部構造は完璧に頭にたたきこんでいたつもりなのだが……こんな空間があるなんて、初めて知った」

「それは、当然ということね! ララが本社のメインフレームにハッキングして、ちょいちょいっ、と構造図を書き換えておいたんだもの!!」

 誇らしげに言ってのける少女に、続いてはしごを降りるシルヴィアはあきれたような表情を浮かべつつ、目を丸くする。

 獣人娘の次には、『淫魔』、アサイラが縦穴を下り、最後は灯火を手にするリンカが降りてくる。底にたどりつくと、中規模のガレージのような空間が広がる。

「さもありなん……驚いたのよな。こいつを、ララが一人で造ったのか」

 焔をまとう刀をかかげつつ、リンカは感嘆の声をもらす。極秘格納庫の中心に鎮座するクルーザーサイズの船を、橙色の炎が照らし出す。

「次元跳躍艇『シルバーコア』ということね! すごいでしょ!! 本当は、一番最初におじいちゃんに見せたかったんだけど……」

 妖しい輝きを反射する漆黒の船体を背にして、両手を広げつつ、少女は得意げに微笑んでみせる。

「船体全体にユグドライトコーティングを施して、導子力を循環、励起させることで、導子フィールドを展開できるの。そのさい、導子スピンの次元軸も……」

「ストップだな、ララ……いまは、それどころじゃない」

「残念だけど、解説はまた今度ということね……搭乗口は、こっち!」

 少女を先頭に、五人はタラップを渡り、船内に乗りこむ。

「よかった。サブ電源で、システムは立ちあげられそう……リンカさん、火気厳禁だから刀はしまって! シルヴィアは、計器制御をお願い!」

 操舵室に照明が灯り、いくつものモニターが輝きを発しはじめる。ララは、船長席と思しきいすに座ると、目にも止まらぬ早さでキーボードを叩きはじめる。

「……ねえ、ララちゃん。この船の制御システムは、セフィロト社共通の?」

「OSは、そういうことね。ドライバプログラムのほうは、自作だけど」

 顔を寄せる『淫魔』の質問に、少女はセットアップの片手間で答える。背中の黒翼をたたんだ女は、さらに質問を重ねる。

「ところで、さっきサブ電源がどうのって言っていたけど……この船の、メイン動力ってどうなっているの?」

「あ……」

 キーボードを操作する指の動きが、止まる。ララは、保護者にイタズラがバレたような表情を浮かべて、『淫魔』に顔を向ける

「……ない、ということね」

「それってどういうことだわ!? この船、動かないってことでしょ!!」

「だって、次元転移<パラダイムシフト>には核熱ジェネレーターの出力じゃ足りないし、メインリアクター並の導子力が必要でも、借りることはできないし……」

「えーっとね、ララちゃん! 私たちが、本社の崩壊に巻きこまれないためには、どうすればいいのだわ!?」

「……メインリアクターと同程度の高導子体を、エンジンに直結させれば、たぶんだけど、次元転移<パラダイムシフト>できると思う」

 ララの言葉を聞いて、『淫魔』は顔をあげると、アサイラのほうを見る。ほかの三人の視線も、それにつられる。

 操舵室にいる女たちに目を向けられて、青年は後頭部をかく。観念したように、アサイラはため息をもらす。

「……もう一仕事、ってことか」

「私も、一緒に行くのだわ」

 ふらつく青年は、操舵室の自動扉を向く。『淫魔』は、付き添おうとあとに続く。

「シルヴィア、キャビネットにマニュアルが入っているから、渡してあげて! エンジンルームは操舵室を出て、まっすぐということね!!」

 ララの指示を受けて、シルヴィアは取り出した書類ファイルを放り投げ、『淫魔』はそれをキャッチする。

 よろめく青年に肩を貸しつつ、『淫魔』は片手でマニュアルをめくる。なにを書いてあるかまったく理解できないが、泣き言をいう猶予もない。

 機関室の扉を開くと、沈黙する導子エンジンが鎮座し、本来であれば動力機関を設置する予定だったであろう不自然な間隙が空いている。

「……グヌッ」

 原動機のすぐそばに無造作に青年を座らせた『淫魔』は、書類ファイルの中身を流し見する。ララの手書きと思しき図だけを頼りに、導子コードを引っ張り出す。

「これだけ消耗しているっていうのに、さらに導子力を絞りだそうだなんて、正直、心苦しいのだわ……」

「……ここまで来て気にするか、クソ淫魔? ほかに方法は、ないだろう」

「私にだって、倫理観ってヤツはあるのだわ」

 エンジンから伸びる導子コードを四肢に巻きつけると、『淫魔』は青年に顔を寄せる。アサイラが、目を見開く。焦点が合わないほどに、疲弊している。

──んちゅ。

 柔肉が、青年の唇に触れる。『淫魔』が、接吻をほどこした。アサイラは、わずかに身じろぎする。表情に、わずかばかりの精悍さが戻る。

「痛み止めの口づけだわ。気休めにしかならないだろうけど……それじゃあ、私も操舵室のほうを手伝いに行くから……」

 ゴシックロリータドレスの背を向けて、『淫魔』は機関室から出て行こうとする。

「待て……」

 青年に声をかけられて、『淫魔』は足を止めて振り返る。

「……ありがとう、リーリス」

 アサイラの口にした単語が、自分の名前だと気がつくまで、『淫魔』は数秒を要した。他人から本来の名を呼ばれることなど、それくらい久しぶりだった。

 船が、大きく揺れる。一刻も早く、脱出せねばならない。『淫魔』──リーリスは、アサイラに微笑みで返事をすると、操舵室へときびすを返した。

【出航】

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