【第15章】本社決戦 (27/27)【出航】
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「……ん!」
コックピットに戻ろうとするリーリスは、出入り口の扉についた小窓、その向こう側に広がる闇のなかに動く影を見る。あわてて、気密ドアのロックを外す。
「帰りの便は、ここであっているかい?」
照明の落ちた格納庫のなかを船に近づいてくるのは、赤毛のバイク乗り──ナオミだった。リーリスは、扉を大開きにして女ライダーを招く。
「お待ちしていたのだわ! まもなく離陸だから、乗るなら急いで!!」
あちこち破けたライダースーツに、全身傷だらけの彼女は、真鍮色に輝く鉄馬をひきずってタラップを登る。リーリスも手伝って、船内に引きあげる。
ナオミは、フルオリハルコンフレームのバイクをデッキに転がす。リーリスは、ふたたび気密扉を閉めて、ロックを確認する。二人は、操舵室へと駆けこむ。
「ララちゃん! 導子力の供給は、上手くいっているのだわ!?」
「問題なさそう、ということねッ! ところで……うしろのお姉ちゃんは?」
コックピットのメインモニターには、リーリスの理解が及ばない数値とグラフが表示され、導子エンジンの稼働状況をモニターしている。
船長席に座るララは、赤毛の女を一瞥すると、不思議そうにゴシックロリータドレスの女を見やる。リーリスは、自信ありげに眉をあげてみせる。
「敏腕パイロットだわ」
ナオミは、二人のやりとりを気にとめる様子もなく操舵室を横切り、舵輪型の操縦桿を手に取る。
「見たところ、操舵手がいないんだろ? 乗船料代わりだ。問題ないんだったら、ウチにやらせてくれ」
「えーっと、操縦マニュアルは……」
「……必要ない」
赤毛の女は、ララに背を向けたまま、簡潔に返事をする。ナオミの指が、ハンドルのなめらかな曲線をなでる。
「『シフターズ・エフェクト』っていうんだろ? ウチは、乗り物であれば、およそどんなものでも動かせる……『万能運転手<マイティ・ドライブ>』ってところか」
リーリスは、腰に両手を当てて、得意げに鼻息を吐く。
「このうえなく、適任なのだわ」
「了解ということね! それじゃあ、プログラムの立ち上げを急ぐわ……サブ電源でシステムを動かしているせいか、セットアップが遅くって……」
「ララちゃん、私も手伝うのだわ」
せわしなく指を動かしてキーボードをたたくララのすぐ横で、リーリスはケーブルをつまむと、端子を口にくわえこむ。その精神が、システムのなかに潜行する。
『……というわけで、要望があったら、なんでも言ってくれていいのだわ』
「わあっ、びっくり!」
スピーカーから、ゴシックロリータドレスの女の声が響き、ララは目を丸くする。
「パラダイムシフターって、本当にすごい人ばっかりということね。それじゃあ、次元転移<パラダイムシフト>先の座標ファイルを展開して! えーと……」
『リーリス、だわ』
「うん、リーリスお姉ちゃん! お願い!!」
ララの言葉を合図にして、メインモニターに、様々な文字列が浮かんでは流れていく。サブコンソールに向かっていたシルヴィアが、振り向く。
「ララ! 導子センサーの稼働を確認、エンジンの駆動を開始するのだな!!」
「お兄ちゃんに負担をかけすぎないよう、導子圧の上昇は慎重に、ってことね!」
液晶画面に、正常起動を示す緑色のアイコンがいくつも表情される。操舵輪をにぎるナオミの手に、力がこもる。
「グッド。いつでも出航できるだろ。合図をくれ、キャプテン」
「もちろん、ということね! あぁ、ちょっと待って……」
船長席に身を沈める少女の額に、冷や汗が浮かぶ。
「……正面隔壁が、開かない! 本社の電源喪失の影響……ううん、単純に構造部材がひしゃげて、引っかかっているッ!!」
「バッド。船体で突き破ってやる」
「だめ! ユグドライトコーティングに傷がついたら、どんな影響が出るかわからないということね!!」
顔面を蒼白にしたララは、なんらかの打開策を求めて、片っ端からシステム上のファイルを開き、パラメータを確認していく。少女の表情は、晴れない。
空気の張りつめたコックピットを、顔をあげたシルヴィアが見まわし、声をあげる。
「リンカがいないのだな! どこに行った!?」
「わあっ! いま、誰かが、気密扉のロックを開けた!!」
ララの言葉を聞いたシルヴィアは、船外カメラの映像を確認する。着流しの女が、船首に立っている。
「……リンカッ! なにをするつもりだな!!」
シルヴィアが、悲鳴のごとく叫ぶ。操舵室のなかの声は、船外には届かない。着流しの女は、腰に差した鞘から刀を抜き放つ。
リアルタイム映像ごしに、リンカの口元が詩を吟ずるかのごとく、小さく動く。わずかな間を置いて、着流しの女の頭上に、炎でできた巨大な魔人が現出する。
格納庫全体が、突きあげられるように大きく揺れる。リンカは体勢を崩しつつ、刀をかざす。炎の巨人が、燃ゆる大鎚を正面の隔壁に向かって振るう。
シャッターが炎熱で溶解し、衝撃でバラバラに粉砕していく。数多の次元世界<パラダイム>が星々のようにまたたく虚無空間が、その先に見える。
刀の振るい手は、船首から滑り落ちていく。カメラの視界から消える寸前、リンカは艦橋に向かって『進め』とジェスチャーで示す。
一部始終を凝視していたシルヴィアが、操舵室のなかで唇をかんだ。
「──出航ッ!!」
ララは、いまにも泣き出しそうになりながら、声をあげる。操舵輪を握るナオミは、無言のまま船長の指示に従う。
断末魔のようにセフィロト本社がいっそう大きく崩壊していくなか、次元跳躍艇『シルバーコア』が、ゆっくりと滑り出す。
機関室からくみ出された導子力が船体全体へと循環する。漆黒のユグドライトコーティングが励起し、その名のごとき銀色の輝きを放ちはじめる。
「やった──」
若干の安堵と、それ以上の緊張を含んだ声音で、船長席の少女がつぶやく。ぶつけ本番で処女航海にくり出した次元跳躍艇が、虚無空間を進んでいく。
『ララちゃん! 一番、転移<シフト>しやすそうな次元世界<パラダイム>の座標情報をを出すのだわ!!』
「もちろんッ! 選り好みしている場合じゃない、ってことね!!」
スピーカー越しに聞こえるリーリスの言葉に、ララは大声で応じる。
遠くの次元世界<パラダイム>が星々のように輝く虚無空間のなかを、銀色に輝く船が少しずつ加速していく。
次元跳躍艇の背後で、巨大な球体状のセフィロト本社がひしゃげ、内側から潰れるように崩壊していく。
背後に設置されたカメラを通して、シルヴィアは次元間巨大企業の末期を複雑きわまりない表情で見つめつつ、友の無事を祈る。
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「グヌ……」
エンジンルームの壁面に背をもたれかけるアサイラは、小さくうめく。
駆動する導子機関は、思ったよりもずっと静かだった。あるいは、単純に自分の聴覚が鈍っているだけかもしれない。
四肢に巻きつけられた導子コードから、己の生命力──導子力が吸いあげられていくのが、わかる。エンジンの回転具合から察するに、すでに船は出航したか。
リーリスが施してくれた『痛み止め』の接吻のおかげで、苦痛は感じない。むしろ、青年自身が驚くほど、不思議な安らぎを覚えていた。
導子機関から漏れる光が照らし出す天井を、アサイラはなんとはなしに見あげる。果たして、この船はどれだけ信用できるのか、あらためて冷静な思考が浮かぶ。
オワシ社長の最期に乱入してきた二人のスーパーエージェントが、なにをたくらんでいるのかわからないし、自分たちを先導した少女のことも、ほとんど知らない。
(たしか、グラトニアとかいう次元世界<パラダイム>で……)
薄れはじめた意識のなかで、青年はぼんやりとした記憶を思い出す。そういえば、会ったことがあったか。わずかに言葉を交わすことしかなかったが。
自分たちに、選択の余地はなかった。この状況自体が罠かもしれないし、もっと単純にこの船が沈没するかもしれない。導子力を吸い尽くされて、死ぬかもしれない。
(……文字通り、乗りかかった船、ってやつか)
アサイラは続けても詮無い思考をやめ、狭いエンジンルームのなかで身じろぎする。背中に、慣性を感じる。船は、順調に加速しているようだった。
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次元跳躍艇『シルバーコア』は、巡航速度へと到達する。データベースからリーリスが引っ張り出した座標を目印に、虚無空間を駆けていく。
傷だらけのパラダイムシフターたちを乗せた小舟は、星々のごとき次元世界<パラダイム>のあいだに、流星のような軌跡を残しながら、一直線に飛翔していった。
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