【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (1/16)【対偶】
──カッ!
夜明けまえの海岸沿い、断崖のうえの凍原に、まばゆい光がほとぼしる。照明弾だ。強烈な輝きを中心にして、周囲に複数の影を照らしだす。
ひとつは、栗毛のストレートロングヘアを腰まで伸ばした人間の女だ。ミリタリーロングコートを着こみ、そのうえからさらに真紅の外套を羽織っている。
「ひとつ、ふたつ……それ以上は、いないようだが」
相対するふたつの影は、鷲の翼とと獅子の胴体を持つ二頭の魔獣──グリフィンだ。栗毛の女は雪原を探索中、鷲獅子たちと遭遇した。不運である。
永久凍土の生態系の頂点に君臨する有翼の魔獣は、基本的に単独行動を好み、群れることはおろか連れ立つことも珍しい。おそらく、繁殖期のつがいだ。
栗毛の女はオートマティックピストルを引き抜き、強烈な人工の光にひるむ鷲獅子に向かって、発砲する。夜の帳におおわれた氷原に、銃声が響きわたる。
「……チッ」
ミリタリーロングコートの女は、舌打ちする。グリフィンの羽毛には血がにじんでいるが、致命傷にはほど遠い。大型の魔獣に対して、携行拳銃では威力が足りない。
「これだから実弾は……レーザーガンでもあれば、話は早いのだが」
栗毛の女はぼやきながら、続けてトリガーを引く。つんざくような銃声が、連なって永久凍土に反響する。
有翼の魔獣は、照明弾の光と拳銃の発砲音にひるみ、すぐに飛びかかってくる様子はない。とはいえ、相手は獰猛な捕食者。すんなり退いてくれるわけでもなさそうだ。
夜闇のなかに、ぎらり、と二頭の鷲獅子の四つの瞳が輝く。飛び退きなから、襲いかかるすきを伺っている。栗毛の女は、撃ち尽くした銃の弾倉を慣れた手つき交換する。
照明弾の光ごしに、ミリタリーロングコートの女はトリガーを引き続ける。決定打を与えられるとは、思っていない。牽制と追い立てが目的だ。
やがて栗毛の女の見立て通りに、つがいのグリフィンは、断崖に向かって動き始める。頭を発砲者に向けたまま、翼を羽ばたかせ、海岸のうえへ飛翔する。
二頭の有翼の魔獣は、立体的な交差軌道を描くような滑空体勢をとる。捕食者たちの視線の重なる地点に、栗毛の女がいる。
「しょせんは、さもしいケダモノだが」
ミリタリーロングコートの女は、見下した表情でグリフィンどもに淡褐色の瞳を向ける。銃口をおろし、左手をかざす。すると──
──ガガガガガッ!
オートマティックピストルよりも、はるかに重厚な発砲音が響きわたる。鷲獅子の真下から、潮水の飛沫をまき散らしつつ、無数の大口径銃弾が天へ向かって乱射される。
「ピギャ──ッ!?」
いままさに滑空突撃をしかけようとしていた二頭の有翼の魔獣は、全身を鉄の飛礫で貫かれ赤い血をまき散らしながら、きりもみ回転しつつ白い雪のうえに墜落する。
「携帯食<レーション>の残りは、まだ余裕だが……食事の目先を変えるのも、悪くはないか」
栗毛の女は、拳銃をホルスターに納めると、コンバットナイフを引き抜こうとする。同時に、導子通信機がバイブレーションで着信を告げる。
ミリタリーロングコートの女は獲物の解体を中断し、通信機を手に取ると耳に当てる。わずかなノイズとともに、軽薄そうな男の声が聞こえてくる。
『いよう、ココシュカ。そちらの調子は、どうなのさ?』
「見渡すばかりの雪の白に、いいかげん、うんざりしていたところだが? そっちのコンディションこそ、どうなんだ。ロック?」
『なんせ首を飛ばされたんだ。万全……とは言い難いが、もうすぐ皇帝陛下がいらっしゃるのさ。さっささっさと準備を整えねえとな。それはそうと、重要な報せがある』
へらへらと世間話をするような調子だった通話先の男の声音が、急に真剣さを増す。ココシュカと呼ばれた女は、先を促す。
「続けてくれ」
『プロフェッサーが、次元間導子通信を検知したのさ。本国からのものでも、ほかの次元世界<パラダイム>に駐屯する征騎士からのものでもない……つまり『連中』だ』
通信機越しの男の言葉を聞いて、栗毛の女の眉根が動く。通話相手の『連中』という単語に反応した。
「プロフも来ているのか。ずいぶんと大事だが」
『そりゃあ、この次元世界<パラダイム>には、ずいぶんと手こずらさせられている。皇帝陛下がいらっしゃるというのに、万が一があっちゃならないのさ』
「序列五位の貴兄が、首をはねられたりな」
『オマエな、この期におよんで嫌みはよせ……ともかく、ココシュカには『連中』を抑えてほしい、と『魔女』からのお達しなのさ』
本題を伝えられた栗毛の女は、少しばかり思案し、ふたたび口を開く。『魔女』は皇帝の最側近であり、その伝達は皇帝の意に等しい。
「無論、皇帝陛下への襲撃は断固阻止するつもりだが……『連中』が、この次元世界<パラダイム>から転移<シフト>しようとしている場合は? 警備の観点からは、むしろ望ましいが」
『『魔女』が、いたくご執心なのさ。どうであれ、『連中』をこの次元世界<パラダイム>から逃がすな、ってよ』
「執心しているのは、貴兄かと思っていたのだが?」
『嫌みはよせ、っつってんのさ。ともかく、オレな、言われたことは伝えたぜ。あとは、グッドラックってやつだ』
導子通信が、一方的に切断される。ココシュカは、小さくため息をつく。あきれたような口元とは裏腹に、淡褐色の瞳には獰猛な捕食者の輝きが宿る。
すでに照明弾は燃えつき、代わりに水平線の向こうから昇りはじめた太陽が凍原を照らしだす。女軍人は、先ほどしとめた二頭の魔獣の亡骸を一瞥する。
つがいのグリフィンは、互いをかばいあうような体勢で雪上に横たわり、純白の凍原に赤い染みを作っていた。
「さもしいな……どちらか一方だけでも生き延びれば、子孫を残す機会もあったはずだが」
見下すように言い捨てたココシュカは、断崖の端へと歩んでいく。そのまま、躊躇することなく、十数メートル下の氷海に向かって身を踊らせる。
「出撃だ……『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』ッ!」
激しく白波をたてる水面に向かって自由落下する女軍人の叫び声が、海岸線の断崖に反響した。
→【追撃】
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