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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (2/16)【追撃】

【目次】

【対偶】

「各種パラメータ、オールグリーン。計算通り、問題なしということね!」

 ちょこんと大きな船長席に座り、ぶかぶかのキャプテンハットをかぶった少女ララが、快哉を叫ぶ。

 次元跳躍艇『シルバーコア』は、戦乙女の領域にある天上の浮島から離陸し、雲の隙間を降下、現在は海上を低空飛行していた。

「ぶつけ本番のフライトだって聞いてたから、どれだけ揺れるか不安だったんだけど……下手な飛行機より、ぜんぜん静かでびっくりだわ」

 濃紫のゴシックロリータドレスに身を包むリーリスが、ほっと胸をなでおろしながら呟く。小さな天才少女の普段の言動を見るだに、理解不能な理由で墜落してもおかしくはなかった。

「導子力場<スプリタム・フィールド>による疑似反重力飛行の実証もうまくいったことだし……シルヴィア、ナオミお姉ちゃん、次元転移<パラダイムシフト>体勢の準備開始ということね!」

「待つのだな、ララ! 後方から、なにかが高速で接近してくる!!」

 各種計器を見張っていた狼耳の獣人娘シルヴィアが、声をあげる。手早くコンソールを操作し、後方カメラの映像をメインモニターに拡大表示する。

「バッド。なんだこりゃ……旅立ちくらい、静かにさせてもらいたいだろ」

 操舵輪を握るライダースーツのナオミが、眉間にしわを寄せる。乗組員唯一の男性であるアサイラも、腕組みしながら、奇怪な映像に表情をゆがめる。

 人が、こちらに向かって海上を滑っている。

 そうとしか言いようがない。映像はやや荒いが、おそらく人間の女性。栗毛のストレートロングヘアをたなびかせ、大きな白波をたてながら、高速で追いすがってくる。

「熱源感知! なんらかの攻撃が来るのだな!!」

 シルヴィアが叫ぶや否や、海面を走る女の足下から、噴煙を伴いつつなにかが射出される。二基の対空ミサイルだ。

「警告もなしか!? バッドもバッドだろ!!」

 ナオミは、思い切り操舵輪をまわす。操縦手の意志に応じて次元跳躍艇はバレルロールして対空ミサイルを回避し、ブリッジ内部も一回転する。

 座席にベルトで身を固定していたララとシルヴィア以外の乗組員は、天地の逆転に翻弄される。操舵輪を握るナオミ本人もだ。

「うえ……っ。シルヴィ、テメェの能力でウチの足を『固定』してくれ」

「こちらは、かまわないが……なにかあったときに逃げられなくなるのだな」

「それこそ、かまわないだろ。どっちへ転ぶにしろ、ウチらはこの船と一蓮托生だ」

 よろよろと立ちあがった操縦手のもとへ、狼耳の獣人娘が駆けつける。黒髪の青年アサイラは、その光景に背を向けて、ブリッジの外へ走りだそうとする。

 正面モニターには、『シルバーコア』の上方へと抜けた二基の対空ミサイルが、弧状に白煙の尾を引きながら、こちらへ戻ってくる様子が映し出されている。

「アサイラお兄ちゃん、これ、持っていって──ッ!」

 船長席の少女が、黒髪の青年へ向かって豆粒のようなものを投げる。アサイラはキャッチして、手のなかを確かめる。イヤホン型の小型導子通信機だ。

 黒髪の青年はララに礼を告げる時間も惜しみ、足を止めることなく耳のなかに通信機をはめこむと、船腹の機密扉を押しひらく。冷たい風が、内部へ流れこんでくる。

 氷点下を大きく下まわる冷気にひるむことなく、アサイラは船外の部品を足がかりにしてよじ登り、甲板のうえに陣取る。ミサイルが、目と鼻の先まで迫っている。

「ウラアァァーッ!!」

 黒髪の青年は雄叫びをあげつつ、大振りの手刀を横なぎに一閃する。銘刀の居合い斬りのごとく二基の誘導兵器は両断され、方向を見失い、空中で爆散する。

──ガガ! ガガガッ!!

 アサイラが技術<テック>の鉄杭を処理すると同時に、海面から機銃による対空掃射が始まる。曳光弾の軌跡を見るだに、発射地点は追跡者の女の足元だ。

 肉眼で見る相手は、ミリタリーロングコートを着こみ、そのうえからさらに赤い外套をまとっている。

 青い海のうえではためく特徴的な真紅のマントには、見覚えがある。以前見た着用者が名乗っていた肩書きは、確か──

「……グラトニア征騎士か!」

『一発でも、かすっちゃダメ……船体のユグドライト・コーティングに傷が付いたら、次元転移<パラダイムシフト>にどんな影響が出るのか、わからないってことね!!』

 耳のなかの通信機を通して、ブリッジ内で悲鳴をあげるララのわめき声が聞こえてくる。船体が大きく左右に揺れる。ナオミが、機銃掃射に対する回避運動をとっている。

「グヌ……ッ!?」

 アサイラはうめきつつ、船から振り落とされないよう、甲板にしがみつく。黒髪の青年が開け放したままの船腹の機密扉から、もうひとつの人影が飛び出してくる。

「マスター! 無事だな!?」

 一瞬、アサイラのほうを見あげたシルヴィアは、船の翼のうえに陣取る。その手には、鹵獲品のスナイパーライフルが握られている。獣人娘はひざ立ちになり、スコープをのぞく。

──タンッ!

 針を打つような鋭い銃声が響く。シルヴィアが、トリガーを引いた。銃火器の扱いに習熟した獣人娘が狙いを外したところを、黒髪の青年は見たことがない。

 狙撃と同時に、敵の周囲でいっそう大きな波しぶきが立つ。ミリタリーロングコートの女を守るように、なにか巨大な影が身をのたうたせる。

「……防がれたのだなッ!」

 ぴん、と獣の耳を立てたシルヴィアが声をあげる。銃弾を弾いた影が海面に身を沈めると、一時中断していた対空射撃が再開される。

 激しく揺れる次元跳躍艇のうえで、アサイラは額をぬぐいつつ立ちあがり、腰を落として構えをとった。

【海上】

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