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【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (15/16)【生首】

【目次】

【暗転】

「おい、おまえ……ッ!!」

「ふえ──ッ!?」

 アサイラはとっさにアンナリーヤへ体当たりし、自分ごと彼女の身体を谷底の雪のうえに押し倒す。

──ズガガガッ!

 刹那、フルオートの射撃音が渓谷に反響する。黒髪の青年と戦乙女の姫君が立っていた空間を、無数の銃弾が突き抜けていく。

 アサイラは、アンナリーヤをかばうように倒れ伏した姿勢から、頭をあげて銃声の聞こえた方向へと視線を向ける。

「……笑えない冗談か?」

 黒髪の青年は、苦々しくつぶやく。甲冑男の首なし死体が二本足で立ち、アサルトライフルを手にしている。戦闘開始直後に、アサイラが蹴り飛ばした銃だ。

「チクショウめ。ほいさっさと不意打ちするには絶好の機会だったが……首と胴体が離れていちゃ、上手く狙いがつけられないのさ」

 まったく別の方向から、先ほどまで戦っていた敵将の声が聞こえてくる。そちらへ首をめぐらせると、アンナリーヤの投げ捨てた生首が転がっている。

「オマエらな、なんてことしやがるのさ……死ぬところだったじゃねえか!?」

「……首と胴体が離れたら、ふつうは死ぬものじゃないのか?」

 アサイラは、唖然としてつぶやく。黒髪の青年が苦労して致命傷を与え、有翼の姫騎士がとどめを刺したはずの生首が、平然と言葉を口にしている。

「ゾンビかなにかなのか、こいつは……」

(こんな生きたてピチピチのゾンビなんて、見たことも聞いたこともないのだわ)

 黒髪の青年がつぶやいた率直な感想に、リーリスの念話が返事をする。たしかに雪のうえに転がる生首からしたたる流血は、じつに鮮やかな赤色だ。

 実際、アサイラは過去にゾンビと呼ばれる動く屍と交戦した経験がある。

 頭のなかの声が指摘したとおり、ゾンビという存在は一様に土気色の肌で、瞳は濁り、知性らしきものを感じさせることはなかった。

「おい、オマエな。人のことを死体扱いするやつがいるか!? 失礼にもほどがあるのさ、さっささっさと撤回しやがれ!!」

 征騎士と呼ばれた男の頭部が、抗議の声をあげる。生きた人間となんら変わらない、知性と生命力を感じさせる。

 生首とは反対側の方向から、どさり、となにかを投げ捨てる音が聞こえる。甲冑男の胴体側が、弾を撃ち尽くしたアサルトライフルから手を離した。

 首なしの胴体は、ふらつく足取りで自分の頭部へ向かって走り始める。全身の筋肉が収縮するたびに、首の切断面から鮮血が噴水のように雪のうえへ飛び散る。

「出来の悪いホラー映画か、なにかか……ッ!」

 アサイラは悪態をつきつつ、首なし胴体の移動を妨害しようと考える。だが、アンナリーヤとともに雪のなかに倒れ伏した姿勢からでは間にあわない。

 黒髪の青年は、もう一人の味方であるナオミのほうへちらりと視線を向ける。

 征騎士の生存 (?) を確認したためか、雑兵たちはふたたび動き始め、ヒポグリフにまたがる赤毛の騎手はその相手をせざる得ない。

 結局、首なしの胴体はなんの妨害も受けず、悠々と自分の頭部のもとへと到達する。征騎士と呼ばれた男の手は、己の生首を拾いあげる。

「……ったく。オレな、首をちぎられるなんざ、うまれて初めての経験なのさ」

「ふつうは、そんな経験をする人間などいない……首を斬られれば、頭を穿たれれば死ぬのが生物の道理だからだ……」

 アサイラの身の下に横たわる戦乙女の姫君が、呆然とつぶやく。黒髪の青年にしても、まったくの同感だった。

 甲冑男は、自分の頭部を胴体の首のうえに乗せる。切断面の上下からこぼれる血糊が、鎧を赤く染めていく。

「クソ……ッ。無理矢理に引きちぎられたもんだから、傷口の切断面が荒い……高速再生剤を打っても、上手くつながらないのさ……」

 ぶつぶつとうらめしげにつぶやきながら、征騎士と呼ばれた男はぐらつく頭部を両手で支える。

 アサイラはようやく立ちあがり、拳を握りなおす。アンナリーヤも翼を震わせながら起きあがり、大盾と大槍を構える。少し離れた場所から、ナオミのハルバードの空を切る音が聞こえてくる。

「突然のギアチェンジに、思わぬ援軍……二度のサプライズには驚かされたが、これ以上はないだろう? それに、オマエたちな。結局、オレを殺しきれなかったのさ」

 パワーアシスト甲冑の前腕にマウントされたブレードが、ふたたび白熱する。男は、さらに腰のホルスターからサブウェポンの拳銃を引き抜く。

「オレな、まだまだ元気に戦えるのさ……! オマエたちが死ぬまで、こっちは死なずに戦い続けてやるよ!!」

『……お止めなさい、征騎士ロック・ジョンストン。わたシタチの目的は達せられた以上、継戦は無意味なので』

 怒気と敵愾心が爆発寸残となった戦場に突然、また新たな声が響く。女性の声音だが、姿は見えない。

 征騎士と呼ばれた男はいまにも飛びかからんとしていた動きを止めて、首をまわす。頭部が胴体から転がり落ちそうになり、あわてて手で抑えた。

【蒼褪】

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