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【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (16/16)【蒼褪】

【目次】

【生首】

「『魔女』か? 今回の威力偵察任務の指揮官は、オレなのさ……よけいな口出しは止めて、ほいさっさと引っこみな!!」

『その任務はすでに達成された、と言っているので。プロフェッサーの求める戦闘データの収集は、完了しています。前線部隊は、わたシがすでに回収しました』

「人に無断で、さっささっさと勝手な真似をしやがる。そんなだから征騎士連中に嫌われるのさ、『魔女』ッ!」

 甲冑男は、姿の見えない女の声と会話を交わす。唾の代わりに血しぶきが飛び散り、雪だまりのうえに点々と染みを作る。

「声は確かに、聞こえるが……いったい、どこの誰と会話しているのか?」

(アサイラ……あの男のすぐ右側だわ)

 黒髪の青年は、脳内の声に従って征騎士と呼ばれる男の真横に目を凝らす。空中に、まるで口のような小さな孔が開いている。女の声は、そこから響いている。

「だったら少しばかり時間をよこせ、『魔女』……ほいさっさと片づけてやる。オレな、コイツらにコケにされて気が収まらないのさ」

『なりません、征騎士ロック・ジョンストン。あなタの持つ転移律は、グラー帝にとって貴重なもの。万が一にも失われることは、許されないので』

「……オマエな、融通が利かないのさ。よく言われるだろ、『魔女』」

『なんとでもお言いなさい。それ以前に、あなタは征騎士序列五位という立場の重さを理解すべきなので』

 征騎士と呼ばれる男は、ちっと舌打ちする。胴体のうえから首が転がり落ち、片手がそれをキャッチする。

 ロック・ジョンストンの首なし胴体は、アサイラとアンナリーヤの二人を挑発するようにヒートブレードを突き立ててみせる。

「オマエらな、命拾いしたのさ……オレな、そっちが死ぬまで戦い続けられる。それにな……ははっ! フハハハ!!」

「……悲憤慷慨だからだッ! なにがおかしい!?」

 哄笑する生首に対して、ヴァルキュリアの王女は魔銀<ミスリル>製の突撃槍<ランス>を突きつけつつ、怒鳴りかえす。

「ふはっ、あガッ。勝利の笑いだぜ。オレな、肉体的には並の人間とたいして変わらんのさ。オマエらな、それに手こずるようなちーせい連中、ってことだ」

「言ってくれる……試してみるがいい! 自分がこれから貴様を千の肉片に斬りきざんでやるからだッ!!」

「だめだ! 挑発だとわからないのか……ッ!?」

 地面を蹴って甲冑男に翔びかかろうとする姫騎士を、アサイラは身体で制する。征騎士と呼ばれる男の首なし胴体は、肩をすくめてみせる。

「さすがは歴戦の『イレギュラー』どのだ。沈着冷静なのさ。オレな、ほいさっさとこの場でやりあう口実が欲しかったんだけどな」

『……征騎士ロック・ジョンストン。いま、なんと言いました? 『イレギュラー』が、そこにいるので?』

「ああ、いるのさ。目の前にな。気が変わったか、『魔女』?」

『……いいえ。あなタタチの回収を優先するので』

「ソイツは残念……それじゃあな、オマエら。少しでもみじめに長生きできるよう、お祈りしてやるのさ」

──ぬちゃり。

 粘液質の音を渓谷に響かせながら、征騎士ロックの足元に穴が開く。陥井の内壁は、まるで生きている肉のようにうごめいている。

 肉坑と呼ぶのがふさわしい、おぞましい空間のなかから無数の触手が這いだしてきて、征騎士ロックの頭部と胴体に絡みつく。

「コレな、何回経験しても慣れないのさ。あまりにも趣味が悪い……どうにかならんのさ、『魔女』?」

『あきらめてください。仕様、というものなので』

 征騎士と呼ばれる男は肉の縄に絡めとられながら、穴のなかへと呑みこまれていく。見れば、ナオミが相手をしていたほかの甲冑兵も同様だ。

 やがて、首なしの胴体と生首の両方が完全に肉の空間へと呑みこまれると、内蔵がうごめくように入り口はふさがっていき、あとにはなんの痕跡も残らない。

 敵の気配が完全に消えたのを感じとり、アサイラはようやく警戒をほどく。極寒の風が、激しい運動で火照った肉体を急速に冷却していく。

 離れた地点でナオミが、ヒポグリフを着地させる。さいわい、赤毛の騎手にも鷲馬にも目立った負傷はない。戦乙女の姫君の口振りだと、シルヴィアも大丈夫だろう。

「アンナリーヤどの……?」

 アサイラは、自分の傍らに立つヴァルキュリアの王女の名前を呼ぶ。返事はない。

「あの肉坑、それにあの声。まさか……だが、自分が聞き間違えるはずなどないからだ……」

 アンナリーヤは顔面蒼白となり、極寒環境とは別の理由でがくがくと震えながら、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。

 十秒ほどのち、ようやくアサイラの視線に気づいて顔をあげる。黒髪の青年は内心いぶかしみつつも、あらためて声をかける。

「だいじょうぶか、アンナリーヤどの?」

「……心配には、およばない。自分たち、猛々しい戦乙女が、あの程度の敵におくれをとるなどありえないからだ」

「だが、顔色が……」

「気のせいだろう。それにしても、貴殿らには助けられた……なにか望むものがあれば、できる限り応えたい。自分たちの誠意を示す必要があるからだ」

 黒髪の青年は、有翼の姫騎士を視線を交わそうとする。リーリスの読心能力は、精度こそ落ちるものも、精神がリンクした相手の目を通しても有効だ。

 しかし、アンナリーヤはアサイラから顔を背けたまま、表情を隠すように魔銀<ミスリル>製の兜をかぶりなおす。

「今日のところ、貴殿らはシェシュの浮き島へ戻るといい……自分もこれで失礼する。姉妹たちの無事を、確認する義務があるからだ」

 戦乙女の姫君は純白の双翼を広げると、逃げるように飛び去っていく。アサイラとナオミは、曇天に舞うヴァルキュリアの王女を見送ることしかできなかった。

【第6章】

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