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【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (14/16)【暗転】

【目次】

【逆転】

「どうしたのさ、狂人! さっきのはマグレあたりか? いまさら、怖じ気づいたか!? 降参するなら、ほいさっさと最初に言っておくものさ!!」

 じょじょに疾走速度を増す甲冑男は、フルフェイスヘルムのすきまから血をまき散らしつつ、わめきたてる。アサイラは、醒めた視線で応じる。

「おまえ、うえに気がつかないのか?」

「……あがッ!?」

 黒髪の青年がつぶやくと同時に、なにかが上空からほぼ垂直に急降下してくる。甲冑男の脳天を狙う軌道だ。

「ギギが……ッ!!」

 征騎士と呼ばれた男は、アサイラのつぶやきに動揺して足をもつらせ、それが逆に幸いする。謎の流星の狙いから、わずかに横へ身がそれる。

「──悲憤慷慨だ。必中を確信しながらも外した、自分の未熟からだ」

 落下の風圧で巻きあがった雪煙のなかから、女性の声が聞こえてくる。アサイラには、それが戦乙女の姫君、アンナリーヤの声音だと気づく。

「あギ……! 敵の増援か!? 何者なのさ!!」

 甲冑男の言葉には応えず、白い煙幕のなかから地表すれすれに反転したヴァルキュリアの王女が飛び出してくる。

 アンナリーヤは、魔銀<ミスリル>の大盾の内側にうつ伏せとなった姿勢で滑空しつつ、敵将の周囲を旋回する。

 征騎士と呼ばれた男は、甲冑型コンバットアーマーに搭載された高性能カメラとサポートAIの機能も駆使して動きを追おうとするが、戦乙女の速度には追いつけない。

「覚悟しろ、猛々しい狼藉者め! 自分たちの空を、汚したからだッ!!」

「お高く止まりやがって……! 馬鹿は高い場所が好き、って言い回しを知らないのさ!? ほいさっさと降りてきやがれ!!」

「望みどおり、そうしてやる! 自分が直接に手をくだすべきだからだ!!」

 渓谷の左右の絶壁をツバメのような軌跡で飛び交いながら、有翼の姫騎士はふたたび谷底はさらうような軌跡で飛翔する。

 速度に翻弄される甲冑男の側頭部に、アンナリーヤの手にする魔銀<ミスリル>の突撃槍<ランス>の穂先が迫る。

「あギぎガが──ッ!!」

 戦乙女の大槍が、征騎士と呼ばれた男の頭をフルフェイスヘルムごと串刺しにする。おびただしい量の鮮血と脳漿が、貫通孔から周囲に飛び散る。

「貴殿の命を以て償え……その行為は死罪に値するからだッ!!」

 アンナリーヤが咆哮する。一直線の飛翔速度はさらに増し、甲冑男の身体が無理矢理に雪上を引きずられていく。

「あギッ! ぎががガガアーッ!?」

 ついにはその運動エネルギーに耐えられず、コンバットアーマーの接合部ごと敵将の首が引きちぎれる。姫騎士は、なおも谷底を滑空していく。

「征騎士ロック・ジョンストンどのオーッ!!」

 護衛の甲冑兵が叫ぶ。これまでの先頭で頭部と右肩と左脚を砕かれながら、それでも立ちあがり、アサルトライフルを手に指揮官の助けへ向かおうとする。

「その意気は、グッド。だが、そろそろ負けの認め時だろ?」

 にやり、と笑ったナオミはハルバードを担ぎつつ、ヒポグリフの体躯で敵兵の進路をふさぐ。

 谷底の雪だまりのうえに、首なし死体となった甲冑男の身体が倒れる。アンナリーヤは双翼を羽ばたかせて制動すると、ようやく速度をゆるめる。

 姫騎士は魔銀<ミスリル>の突撃槍<ランス>をふるい、恨めしそうに穂先に突き刺さった敵将の頭を、無造作に谷底へと投げ捨てる。

 もはや士気喪失したように見える敵兵たちを一瞥すると、戦乙女の姫君は空中でホバリングし、アサイラの近くに着地する。

「……貴殿らの助勢に感謝する。正直に言うと、ここまでの実力を持った戦士たちだとは思っていなかったからだ」

 蒼碧に輝く兜を脱ぎながら、アンナリーヤはアサイラに言う。編みこまれた金色の長い髪が、粉雪の混じった強風になびく。

「……どうして、この場所がわかったのか?」

「貴殿らがここにいる理由は、同様に疑問だが……自分に関しては、単純な話だ。狼の耳の娘に聞いたからだ」

 黒髪の青年はヴァルキュリアの王女の返答を聞いて、シルヴィアのほうも上手くことの進んだことを理解する。

「此度の戦い、すでに大勢は決している……貴殿らの助力もあってこそだからだ。あらためて、なんらかの礼を送りたい」

 アサイラは、アンナリーヤの呼吸が乱れていることに気がつく。相当に疲労しているのが見てとれる。

 そういえば、女牧場主のシェシュは「城の警鐘が鳴るのを聞いたのは産まれ初めて」と言っていた。

(もしかして、この戦乙女……実戦を経験したのは、初めてか?)

 戦士であることに矜持を持つヴァルキュリアの神経を逆なでしかねない疑問を、アサイラは胸中にとどめる。代わりに、しとめた敵将の死体のほうを見る。

「……ッ!?」

 黒髪の青年の背筋に、緊張が走る。首なし死体が転がっているはずの雪だまりのうえには、なにもない。代わりに鮮血の跡が、点々とどこかへと続いていた。

【生首】

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