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【第2部11章】地底にある星 (6/16)【精錬】

【目次】

【氷床】

──ゴウンゴウンゴウン。

 来たときよりも重厚な音を立てて、トロッコは線路を走っていく。採掘場で一仕事をこなして、五輌編成になり、後方には氷のかたまりが満載されている。

 総重量はゆうに三倍以上になっているだろうに、先頭車両の動力機関はそれをものともしない力強さで車輪を回転させる。

 周囲を包む夜明け前の蒼が、ふたたび宵闇へと変わる。ララが、名残惜しむような嘆息をこぼす。

「さて。いまのうちに上着を脱いでいたほうがいいたんな」

「バッド。着たり脱いだり、ずいぶんとせわしないだろ」

「ドヴェルグでも慣れんやつは、寒暖差で体調を崩すたんな」

 ときおり車輪が散らす火花意外は完全な暗闇に包まれたなか、ナオミとエドヴィル族長の声が響く。ドヴェルグや獣人でなければ、見通すことはかなわない。

 がごん、と音を立ててトロッコがカーブする。勾配から、来たときとは別のルートだとわかる。居住区よりも採掘場よりも、さらに深く潜っていく。

「あぐは……ッ!?」

 ナオミがうめく。後方車両の二人も同様だ。トンネルの奥から強烈な熱のこもった蒸気が噴きあがってくる。蒸し料理の鍋に放りこまれたようだ。

「だから言ったんな」

 線路の行く先から、灯火がもれている。照らし出されたエドヴィル族長は、すでに上半身が裸になっている。

「よく鍛えられている背中だな」

「照れるたんな」

「うう……っ。こんなに熱くって、うしろの氷は溶けないのかしら、ってことね」

「『保温』の魔法<マギア>をかけてある。とはいっても、気休めたんな。ここまで来たら、急いだほうがいい」

 五輌編成のトロッコは、採掘場とは真逆の空間へと到着する。地下に削り出された大部屋の中央には巨大な釜が鎮座し、かがり火に照らされている。

 大釜の下部は、魔法<マギア>によるものと思しき力によって、白熱するほどになっている。坑道にまであふれだしていた蒸気の熱源は、これだ。

 停車したトロッコに、鍛えられた上半身裸のドヴェルグたちが群がってくる。族長への挨拶もそこそこに、後部車両に積まれた氷塊が運び出されていく。

 魔銀<ミスリル>の結晶をふくんだ氷のブロックは、滑車仕掛けで吊りあげられて、見あげるほどの大釜のなかへ次々と放りこまれていく。

「こいつはさすがに……過酷な仕事場だろ……」

 額から止めどもなくあふれる汗を手の甲でぬぐいながら、ナオミはつぶやく。

「ドヴェルグでも、耐えられんやつは耐えられん。避難所、兼、救護室も用意してあるたんな。具合が悪くなったら、言っとくれ」

「ララは……だいじょうぶ……ということね……」

「一番、あぶなそうだな」

 すでにもうろうとした様子の少女の頭に、すでにタンクトップ姿となったシルヴィアの手が、ぽんぽんと置かれる。

 なによりも好奇心を優先するララですら、あまりの熱に巨大釜に近づくすることができずにいる。ナオミは早々にあきらめ、トロッコの陰に身をもたれる。

「……まるで製塩みたい、ということね」

 距離をとった観察に妥協したララは、白熱する巨大釜に目を細めながら、所感をつぶやく。エドヴィル族長は、感心したようにうなずく。

「その通りたんな。製塩と似た方法で氷塊を煮詰めて、魔銀<ミスリル>を取り出す。高純度の秘訣たんな」

「まるで、製塩の方法を知っているみたいな口振りだな」

「ぐっふっふ。なにを言っとる。当然、塩も作っとるよ。せっかく海が近いたんな」

「……そいつはグッド。塩は、儲かるだろ」

 大釜をまえにした三人の会話に、トロッコの裏側からナオミが口を挟む。イクサヶ原で領主の真似事をした経験から、よくわかる。

 人間が生活するために必ず消費するもので、しかもとれないところでは全くとれないものは、交易で富を産む。塩は、その代表だ。

「ぐっふっふ。せっかく海が近いたんな。漁業も、やっとる。大海竜狩りなんざ、ヴァルキュリアの連中もやっとるが……わしらのほうが断然、上手い」

 自慢げなエドヴィル族長の言葉を聞きながら、精錬釜の白熱の光に照らされた岩の天井を、ナオミはあおぎ見る。

 他ではとれない高品質のミスリルに、塩、さらには食料となる魚介類……ここのドヴェルグは、確かな財を手にしている。

 とはいえ、富を産む土地は他者からうらやまれ、ときに悲劇を起こすこともよく知っている。イクサヶ原で、痛いほど味わわされた。

 支配者である戦乙女はもちろん、他の土地のドヴェルグからも羨望の眼差しを向けられているに違いない。政治的な気苦労には、事欠かないだろう。

(バッド……他人事とはいえ、胃が痛くなるだろ)

 ナオミは、深く息を吐く。トロッコの反対側では、あいかわらずララの矢継ぎ早の質問が、エドヴィル族長へと降り注いでいる。

「ところで、出発するまえから気になっていたんだけど……このトロッコ、どうやって動いているの、ってことね。やっぱり、魔法<マギア>?」

「他のドヴェルグは、魔法<マギア>動力のトロッコを使っとるらしいが。こいつは、ビョルン氏族の特製たんな」

「お、そいつはウチも気になるだろ」

 エドヴィル族長が、先頭車両に潜りこむ。ララと一緒に、ナオミもトロッコをのぞきこむ。乗り物のこととなると、赤毛の元領主も好奇心を刺激される。

「こいつも、だいぶ弱ってきたんな……そろそろ交換時か」

 初老のドヴェルグは、動力機関の中央に差しこまれた大きな円筒状の部品を取り外す。それを地面において、側面についた小窓を開く。

「わあっ!!」

「うえぇ!?」

 ララとナオミが、同時に声をあげる。筒のなかから潮の臭いのする水とともに、ドヴェルグの身長と同じくらいの巨大なナメクジのような生き物が這い出てくる。

「シーワームたんな。狭いところに閉じこめると、同じ方向にぐるぐるまわる習性がある。それを利用して、歯車に動力を伝えとる」

 弱々しくうごめく軟体生物を、ララは付かず離れずの距離から凝視している。ナオミは生理的嫌悪感が勝り、目をそらす。

「こいつは、今夜の夕食たんな」

 エドヴィル族長はピッケルを手にとると、その突端をシーワームの頭にたたきつけ、とどめを刺した。

【晩餐】

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