【第2部11章】地底にある星 (7/16)【晩餐】
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「さあさ、なるたけたくさん食べてほしいたんな」
髭面のエドヴィルの目元がゆるむ。族長の部屋にもどった一行は、じゅうたんのうえに座っている。たき火には、ぐつぐつと煮える鍋がかけられている。
初老のドヴェルグは、よく煮こまれた鍋の中身を食器に取り分ける。見たことのない肉──シーワームのぶつ切りを、調味料や香辛料と調理したものだ。
「わあっ、美味しそうな匂い!」
「これは……初めて見る食材だな」
「……うへえ」
地表から来た客人は、三者三様の反応を見せる。エドヴィル族長は、どこか誇らしげに自分のぶんを金属製の椀にとる。
「シーワーム煮込みは、ビョルン氏族の伝統の味たんな。さあ、食べた食べた」
まず、手を動かしたのはララだった。少女が体して力をこめることなく、火が通り柔らかくなった肉は、フォークの側面でたやすく切れる。
ケーキを口に運ぶくらいの気楽さで、ララは未知の肉片を舌のうえに乗せる。まぶたを閉じて味覚に集中し、もぐもぐと租借すると、ごくんと嚥下する。
「とろとろのぷるぷるで、ゼリーみたい……塩味に不思議な甘みがあって、思ったほど生臭くはないってことね。スパイスとの相性がいいのかなあ?」
「ぐっふっふ。嬢ちゃん、料理人みたいたんな」
「料理は、科学の親戚ということね! シルヴィアは、どう思う?」
「ん……予想していたよりも消化がよさそうだな。脂質とタンパク質が豊富、といったところか。文字通り、ドヴェルグ族のエネルギー源なのだな」
「……二人とも、たくましすぎるだろ」
ナオミは、食器のなかに浮かぶ未知の肉塊をまえに苦戦する。ワームエンジンの芯から出てきた、ナメクジの化け物みたいな姿が脳裏にちらつく。
イクサヶ原も巨大な湖からとれる水産物が豊富だったが、氷海に適応した脂肪の多い独特な肉質は、どうにもナオミには不慣れな食感だった。
「シーワームは、大海竜の幼態と言われとるたんな。そのままさばこうとすると、大暴れして手に負えない」
「もしかして、それでエンジンのなかに閉じこめていたの? 弱まるまで、動力として有効活用する、ということね!」
ララのコメントに対して、エドヴィル族長は目を丸くする。少女もまた、瞳を輝かせて初老のドヴェルグを見つめかえす。
「その通りたんな。嬢ちゃん、聡いな」
「わあっ、すごい! 環境に適応した知恵ってことね!!」
「……ナオミ、だいじょうぶか?」
祖父と孫娘のように、和気藹々と会話を交わすエドヴィル族長とララを後目に、シルヴィアがナオミに気遣いの言葉をかける。
肉の食感のみならず、香辛料の強めの匂いも赤毛の女にとっては初めての経験だったことが、食の進みが遅い理由ではあろう。
「バッド! 食事の選り好みをしているようじゃ、旅人は気取れないだろ……どこでどんなものを食うのか、わかったもんじゃないんだ!!」
ナオミは、椀の中身を一気にかきこみ、胃袋へと流しこむ。食感も臭いも好きにはなれなかったが、なるほど、のどごしは悪くない。
「……どうだッ!」
ナオミは、のぞきこんでいたシルヴィアを見あげかえす。そのとき、狼耳の獣人娘はまったく違う方向を見つめている。鼻が、ひくひくと動く。
「……誰かいるのだな」
シルヴィアの視線は、族長の部屋の入り口に向いている。エドヴィル族長も気づいたのか、顔をあげる。
「なんの用たんな」
初老のドヴェルグは、鋭く誰何する。扉のない門の向こうの闇を、ナオミとララは見通すことができない。ただ、何者かが動く気配がする。
部屋の中央のたき火に照らされる位置に、人影が歩み出る。まだ若いドヴェルグだ。その姿を確かめたエドヴィル族長の動揺を、ナオミは察知する。
「エドヴィルの叔父貴。コイツは、誰だ? 知っているんだろ」
「十日ほどまえ、氷床の坑道で行方不明になった若い衆たんな……探索隊を出しても、見つけられなかった。海に落ちて、死んだとばかり……」
若いドヴェルグの様子は、確かに妙だ。氏族の長のまえに来たというのに、あいさつもしない。視線はどことなく虚ろで、足取りも不安定だ。
「バッド。幽霊になって、化けて出たってか。ゾッとしないだろ」
「もしかして、誰かが魔法<マギア>を使って? 屍術とかを……」
「屍術……? それは、なんたんな」
「ララ、ナオミ、それに……族長どの! 退がっているのだな!!」
ナオミの輕口とララの推察を、シルヴィアの警告がさえぎる。赤毛の女は、獣人娘の狼耳の毛が警戒心で逆立っているのを見た。
→【襲撃】
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