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【第2部11章】地底にある星 (8/16)【襲撃】

【目次】

【晩餐】

 ふらり、と四人のまえに踏み出した若いドヴェルグが、懐のなかに手を突っこむ。ナオミは、己の目を疑う。

「バッド……!」

 ふたたび引き出された手に握られていたのは、拳銃……それも、高度な技術<テック>文明で造られるオートマチック・ピストルだった。

 若いドヴェルグは無言のまま、拳銃をかまえようとする。銃口の先には、エドヴィル族長の姿がある。

「──させないのだなッ!!」

 状況を把握しきれずにいるナオミの真横から、シルヴィアの躯体が跳ねる。ドヴェルグの無骨な指がトリガーにかかるよりも早く、獣人娘が肉薄する。

「ぎゃ……ッ!?」

 若いドヴェルグが、短い悲鳴をあげる。拳銃をにぎる右手の甲に、シルヴィアが手にしていたフォークが突き刺さっている。

 明らかに動揺した様子を見せるドヴェルグに対して、狼耳の獣人娘は腰を落とした体勢から、続けざまに蹴りを放つ。

 靴のかかとが髭面にめりこみ、小柄な身体をはじき飛ばす。拳銃がドヴェルグの手を放れ、甲高い金属音を立てて石造りの廊下のうえをすべる。

 ドヴェルグが顔をあげるよりも早く、シルヴィアは拳銃を拾いあげる。襲撃者に銃口を突きつけて牽制したあと、グリップの底で殴りつけて昏倒させる。

「うちの若い衆に、なにをするたんな……!?」

 部屋の入り口から一部始終をのぞいていたエドヴィル族長は、震えた声をあげる。シルヴィアが同族を殴りつけたので、動揺しているのが見てとれる。

「言いにくいんだが……コイツが持っていたのは武器、それも飛び道具だ。どうみても、エドヴィルの叔父貴を殺そうとしたんだろ」

 おっとり刀で立ちあがったナオミが、シルヴィアの手のうちにおさまった黒鉄のかたまりを指さして、説明する。

 狼耳の獣人娘は銃口を突きつけつつ、気絶した下手人を族長の部屋へと引きずっていき、床に転がす。赤毛の女は、腰に手を当てて襲撃者を見おろす。

「バッド。誰かに操られているのか、ララの言ったとおり魔法<マギア>で動いている死体か……どっちにしろ、まともな状態じゃないだろ」

「まったくの別人が、変装している可能性もあるのだな。技術<テック>にしろ魔法<マギア>にしろ、この手の方法には事欠かない……ひょこっ!?」

──ズガガガ……ッ。ガガ……ッ。

 少し遠くから、地下街の通路を反響する発砲音が聞こえてくる。こちらは、フルオート射撃による銃声だ。

「この部屋だけじゃ、ない……おそらく、居住区全体が攻撃を受けているのだな。いったい、誰が……」

 シルヴィアが、ぴん、と獣の耳を立てて様子をうかがう。奪ったオートマチックピストルのトリガーに指をかけ、腰をかがめて歩き始める。

「心当たりは、多いだろ。エドヴィルの叔父貴? ウチらは様子を見てくる。ララと……そこの若い衆は、任せた」

 予期せぬ修羅場に腰を抜かしかけて石壁によりかかるエルヴィル族長の肩に、ナオミは手を当てる。そのまま、シルヴィアの後に続く。

「ナオミも、部屋に残っていたほうがいい。丸腰で、どうするつもりなんだな」

「シルヴィが、すぐに次の銃を奪ってくれるだろ?」

 後ろを振り向くことなく声をかける狼耳の獣人娘に、後続の赤毛の女が、にやり、と笑う。シルヴィアは返事の代わりに、ふさふさの尻尾を揺らす。

 やがて、二人は地下街の中央を貫く大通りにたどりつく。通路の出口でいったん歩を止め、様子をうかがう。

 先ほどよりも鮮明な銃声が響き、断続的な射撃がおこなわれている。どうやら、主戦場のひとつになっている様子だ。

「……べアがッ!?」

 ナオミとシルヴィアの眼前を、ドヴェルグが一人、逃げ走っていく。その後方から銃火が走り、肩口をえぐる。地下街の住人は、その場に倒れる。

「バッド──ッ!」

「……まだだな、ナオミ」

 飛び出そうとする赤毛の女を、狼耳の獣人娘が制止する。はやる心をおさえて様子をうかがい続ける、

 やがて、薄暗い闇のなかからサブマシンガンを手にしたもう一人のドヴェルグがやってくる。襲撃者は、同胞であるはずの相手に銃口を向ける。

「いまだな──ッ!!」

 シルヴィアは拳銃を口にくわえ、四足歩行の獣の体勢で廊下から飛び出して、襲撃者にショルダータックルを喰らわせる。

 そのすきにナオミは負傷者のえり首をつかみ、自分がいた細い通路に引きずりこむ。救出されたドヴェルグは、状況を呑みこめず、目を白黒させる。

「なんだ! なにが起こっている!? あいつは……あいつらはッ!!」

「まず傷を見せろ……浅いな、動けるだろ。とっとと逃げろ。他の仲間にも、声をかけろ。表層近くに、地下迷宮があっただろ。そこに、身を隠せ」

「ば、バカなことを……言うな! ここは、この街は、ビョルン氏族の……うごっブ!?」

「バッド。そんなんじゃ、助かるもんも助からないだろ。頭を冷やせ」

 錯乱状態のドヴェルグの頬を、ナオミははたく。少しばかりの冷静さを取り戻した地下街の住人は、赤毛の女を見つめかえす。

「なにも、街と心中して死ぬこたぁねえだろ……人は。独りでも生きていくことはできるんだ」

「よそ者に、なにがわかる。一人で生き残ってなにになる。ビョルン氏族は、俺たちドヴェルグは……奪われ続けて、生きてきたんだ」

「ああ、そうかい。だがな、テメエが仲間を逃がすことができれば、生き残るのは一人だけじゃなくなるだろ。単純な足し算引き算の問題だ」

 ナオミとドヴェルグは、しばしにらみあう。お互い所見の種族で、年齢の違いすらよくわからない。

「ウチとシルヴィが、敵を足止めしてやるから安心しろ。特にあっちの……耳と尻尾が生えたヤツは、強い。ホンモノの狼みたいだろ」

 赤毛の女が指さした先では、狼耳の獣人娘が襲撃者を格闘戦に持ちこみ、当て身を喰らわせて意識を奪ったところだった。

 シルヴィアは敵が持っていたサブマシンガンを奪うと、床を滑らせてナオミのほうへとよこす。赤毛の女は機関銃を拾いあげつつ、にやり、と笑う。

「グッド……まだ付け加えてほしいのなら、ウチらはこの武器のことをよく知っている。テメエらと違ってな。足止めを任せるなら、適任だろ?」

 サブマシンガンをかまえたナオミを見て、肩を負傷したドヴェルグは根負けしたようにうなずく。さいわい、いまは銃撃が止まっている。

「グッド。流れ弾に当たらないよう、できるだけ身を屈めて、物陰に隠れながら行きな……シルヴィ! 敵は、まだいるか!?」

 逃げるドヴェルグの背を見送った赤毛の女は、狼耳の獣人娘に声かける。大通りを挟んで対面の石柱に背を預けたシルヴィアは、大きくうなずきをかえす。

 自分たちとて、易々と死ぬつもりはない。ナオミも、腹をくくる。二人は、遮蔽をとりつつ、襲撃者が来た方向に銃口を向けた。

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