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【第2部11章】地底にある星 (5/16)【氷床】

【目次】

【鬱屈】

──ゴウンゴウンゴウン。

 三車両編成のトロッコが、周囲の岩壁に轟音を反響させながら、線路のうえを走っていく。

 先頭車両には、エドヴィル族長とナオミが、二両目にはシルヴィアとララが乗りこみ、無人の最後尾にはピッケルやハンマー、ノコギリなどが積まれている。

 暗闇でも目が利くシルヴィアとエドヴィル族長はともかく、人並みの視力であるナオミとララは、トロッコの振動以外、感知できない。

(なんつーか、あの街のことを思い出しちまうだろ)

 初めて乗るはずの車両に揺られながら、赤毛の女はどこか遠いノスタルジックな感覚にとらわれる。

 トロッコの振動が、ナオミの出身次元世界<パラダイム>のことを思い出させる。あらゆるものが蒸気機関と歯車で動く、灰色の街に響く音……

「わあっ、このトロッコどうやって動いているの? 見たところ、燃料とかは積んでないみたいだけど、もしかして魔法<マギア>動力ということかしら!?」

「こらっ。あぶないのだな、ララ」

 闇の帳に不釣り合いなほど陽気なララの声に、ナオミは我に返る。先頭車両をのぞきこもうと身を乗り出そうとした少女の頭を、シルヴィアがおさえる。

「ぐっふっふ。おぬしさまら、そろそろ上着のえりは閉めておいたほうがいいたんな」

 動力機関を操作するドヴェルグは、毛皮のコートのフードをかぶる。同行者の三人もそれにならう。徐々に、周囲の空気が冷たくなっている。

「それにしても、ミスリルの採掘現場を見学できるなんて、またとない機会ということね! 本当に楽しみ!!」

「バッド。修理用の材料を検品するんだろ、ララ」

「もちろん、それも忘れてはいないってことね!」

 声音だけでも昂奮と知的好奇心をおさえられないララの様子が察せられ、ナオミは手のひらで頭をおさえる。

 暗闇のなかでも、エドヴィル族長がこちらを見て、にやりと笑ったのがわかる。族長どのには気に入られたようだが、どうにも少女の言動は危なっかしい。

(……ま、シルヴィに任せるしかないだろ。ララとの付きあいも長いようだし)

 走行中にもかかわらずドヴェルグ製のトロッコをあれこれ調べたがるララを、狼耳の獣人娘は少なくともいまのところは上手く御しているようだった。

「ぐっふっふ。自分ら、ビョルン氏族の魔銀<ミスリル>採掘は、ほかのところとはやり方が違うたんな」

 どこか誇らしげに、エドヴィル族長のつぶやく声が聞こえる。トロッコの進行路の先に、きらり、と輝く光点が見える。

 視線の先の明かりは見る間に大きくなり、トロッコはそのなかへと突っこんでいく。暗闇の黒から、周囲の風景が一変する。

 急な光量の変化に、ナオミは目元を手でかざす。徐々に視力が明るさに慣れていく。急激な変化に目がくらんだが、明るさ自体はそれほどでもない。

 蒼く柔らかい輝きに満ちた空間は、凍海のしたに掘られた氷洞だった。水晶で造られたような回廊のなかにも線路が伸びて、トロッコはなお進む。

「わあっ! シルヴィア、ナオミお姉ちゃん、うえを見てってことね!!」

 ララの歓声を受けて、ナオミは反射的に顔をあげる。陽光が登る直前の空のような色合いの氷のなかに、きらきらとまたたく星のような輝きが無数に見える。

 いきなりこの空間に放り出されたのならば、本当の空と思ったかもしれない。星々のきらめきは上下左右、360°に広がっている。

「ビョルン氏族、先祖代々の宝……『氷床』たんな。あの小さな輝きひとつひとつが、魔銀<ミスリル>の結晶たんな」

 閉塞されたトンネルにもかかわらず雄大な景色に、ナオミは息を呑む。エドヴィル族長は動力機関のレバーを操作して、トロッコの速度を調節する。

「ぐっふっふ。ほかの氏族は、土の下の鉱床から魔銀<ミスリル>をとるが……ビョルン氏族は、海のなかに眠るこの氷床から採掘するたんな」

 周囲に輝く魔銀<ミスリル>の星々の数が増えていくなか、トロッコは氷中に大きく開かれた空間にたどりつき、停車する。

「皆、ご苦労たんな!」

 エドヴィル族長が、声をかける。周囲ですでに採掘作業に取りかかっていたドヴェルグたちが、会釈を返す。

 ナオミたちが乗ってきた意外にも、何台かのトロッコが停車し、切り出された氷のかたまりが運ばれてくる。

 どうやら、この空間が魔銀<ミスリル>採掘の前線基地のようだ。

「わあっ、わあっ! すごぉい……早速、見学させてということね!!」

「シルヴィ! ララの子守りを頼むだろ」

「ひょこっ。言われなくても、そのつもりだな」

 トロッコから飛び出して駆けていく少女を、狼耳の獣人娘があとを追う。とりあえず、シルヴィアに任せておけばだいじょうぶだろう。ナオミは、そう思う。

 というよりも、シルヴィアでどうにもならなかったお手上げと言わざる得ない。ナオミ自身は、とりあえずエドヴィル族長と同行することにする。

「エドヴィルの叔父貴。鉱床じゃなくて、わざわざ氷を切り出しているってことは、やっぱり理由があるんだろ?」

 赤毛の女の問いかけに初老のドヴェルグは、よくぞ聞いてくれた、とひげの下でにやりと笑う。

「ぐっふっふ。氷床からとれる魔銀<ミスリル>はほかと比べると量こそ少ないが、純度は段違いたんな」

 エドヴィル族長は、誇らしげに言う。本当に、一族の宝なのだろう、根っからの風来坊気質のナオミにはわからない、どこかうらやましい感覚だった。

「……長! 客人の案内中のようだが、ちょっといいか?」

 談笑する二人のもとに、一人のドヴェルグが近寄ってくる。見たところ、一族のなかでは中年で、現場監督を務めているようだ。

「……どうしたんな?」

「新しい採掘基地の探索にまわしていた若い衆だがよ。丸一日たったが、まだ戻って来ねえ。どうしたもんか……」

「ふうむ、救出隊を行かせるしかないたんな……化石掘りが化石にならんよう、なるたけ気をつけてな」

 族長の判断をあおいだ現場監督は、足早にその場をあとにする。初老のドヴェルグは、気苦労を感じさせるため息をつく。

「バッド。さすがに危険な仕事だろ……けが人はもちろん、死者や行方不明者が出ることも多いんじゃないか?」

「以前から、定期的に出るもんだったが……ここ最近、とみに多いたんな」

 とぼとぼと歩くエドヴィル族長を、ナオミは見やる。その小さな背にかかる一族を束ねる者としての重圧が、目に見えるようだった。

【精錬】

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