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【第2部28章】竜、そして龍 (4/8)【寒波】

【目次】

【第27章】

「なんだよ、これ……どうして、こんなことになっているんだよ……」

 上下に激しく揺らされながら、フロルは首をめぐらせる。グラトニアは、もともと人口密度の高い次元世界<パラダイム>ではないが、いままですれ違った人間たちは、民間、軍属を問わず、全員が倒れ伏したまま動かなかった。

「ふん。あまり動くな、小僧。落ちるぞ……さしずめ、内乱で同士討ちと言ったところだろう」

「外傷が、見あたらないんだよ!」

 少年を肩に担いだ壮年の男──龍態のヴラガーンは、前方を向いたまま、脚をゆるめることなく疾駆を続ける。フロルは、自分を抱える男の耳へ叫ぶ。

 ヴラガーンが表情を変えることはなかったが、少年の言わんとしていることは理解する。服の乱れは少なく、流血もない。まるで、すべての人間が突然、その場で気を失ったかのような様相だ。

「気絶しているのか、それとも死んでいるのかは、調べてみないとわからないけど……」

 フロルは、ややためらいがちに口にする。ヴラガーンは、ふんと鼻を鳴らす。少年が気にする気持ちも、わからなくはない。横臥する人々の顔にはショック症状のごとく、例外なく苦悶の表情が浮かんでいた。

 ふたりは、虚無空間を強引に突っ切り、グラトニアに到着したばかりだ。この次元世界<パラダイム>にいかなる事態が起こったのか、事情を知る由はない。

「……悠長な暇はないぞ」

「わかっている。いまは、グラー帝のところに向かうのが優先だ。それはそうと……ヴラガーン。いつまで、僕のことを担いでいるつもりだよ?」

「小僧。ウヌよりオレのほうが、足は速いぞ」

「せっかくグラトニアに入ったんだよ。そこらへんの車を使わせてもらう手もある。ヴラガーンだって、ずっと走りっぱなしじゃないか」

「オレは、技術<テック>のからくりは好まんぞ」

「とんだ石頭だよ……ドラゴンって生き物は、皆、そうなの?」

 フロルは、あきれたようにため息をこぼす。ヴラガーンは、少年の言葉に耳を貸さず、頭上をあおぐ。上天は左巻きに渦を巻き、まるで空が落ちてくるようなプレッシャーがのしかかる。

「ふん……なにより、この空の有様が気に喰わんぞ。この次元世界<パラダイム>は、小僧、いつもこうなのか?」

「まさか! 僕だって、はじめての経験だよ……原因を確かめるためにも、一刻も早くグラー帝のところへ……『塔』へ行かないと」

 人間態のドラゴンは視線を落とし、少年は顔をあげ、ともに同じ方向を見やる。地平線の少しばかり手前に、天を突くほどの威容を誇る巨大建造物が見える。禍々しい空の回転の中心地点でもある。

「ところで……ドラゴンの姿に戻って、空を飛んほうが速くない? 虚無空間で飛ぶと方角を見失う、って話だったけど、次元世界<パラダイム>のなかに入ったなら……」

 フロルの声音に、不安と緊張に混じって、子供らしい好奇心の色が混じる。ヴラガーンは、歯ぎしりの音を立てながら少しばかり思案すると、口を開く。

「対空ミサイルとか言ったか……口惜しいが、あの鉄杭にオレは痛い目にあわされたことがある。それを、警戒しているだけぞ」

「あ、なるほど……とはいえ、この状況だとミサイルを装備した部隊も動けなくなっていると思うけど……」

「なによりウヌのような小僧を乗せるほど、オレの背は安くないぞ」

「プライドにこだわっている場合じゃないんだよ! 僕を背に乗せるのがイヤだったら、口にくわえるなり、爪でひっかけるなりすればいいじゃないか!?」

 抗議の声をあげるフロルを無視して、ヴラガーンは跳躍する。『塔』の方角へ向かって伸びるアウトバーンの路上に着地すると、いっそう疾駆の速度を増す。

 少年が戸惑うように息を呑む音を、人間態のドラゴンの耳がひろう。高速道路上に動いている車の姿はなく、ところどころで衝突事故が起きている。

 炎上している車両も見受けられるが、消火活動や救命活動もないまま、放置されている。いままで見かけた人間たち同様、突然、運転中に失神したのだろう。

「……ぎゃむ!?」

 フロルが、舌をかみそうになり、悲鳴をあげる。ヴラガーンが、急停止した。少年が、不満の声をあげようと己を担ぐ龍のほうを見る。

「口をふさげ、小僧ッ!」

 ヴラガーンは警告を発すると同時に、少年をかばうように身を傾ける。目標地点の目印である『塔』がぼやけて見えなくなったかと思うと、突如、前方から強烈な熱波が吹つけてくる。

「く……ぐッ!」

 フロルのみならず、ヴラガーンもうめき声をこぼす。人間態とはいえ、ドラゴンですら前進を躊躇するほどの高温に、ふたりは呑みこまれる。頭髪の焦げるいやな臭いが鼻をつく。

「小僧……この熱波も、この次元世界<パラダイム>特有の自然現象かなにか……か!?」

「そんなわけ……ないんだよ! こんな高温にしょっちゅう晒されていたら、人間どころか、どんな生命だって暮らしていけやしない……ッ!!」

 ヴラガーンは、自分の背を盾にして少年を守りつつ、舌打ちする。一過性かとも思った熱波は、待てども消える気配はなく、むしろますます温度があがっていく。車輌のなかのガソリンが爆発し、炎上しはじめる。

「ヴラガーン……僕のことを、気にする必要はない。先に……進むんだよ……」

「黙っていろ、と言ったぞ! 小僧ッ!!」

 人間態のドラゴンは、身を焦がす苦痛に耐えながら上空をあおぐ。天から、なにか大きな影が舞い降りてくる。

「ぎゃむ……ッ!!」

 ヴラガーンは、とっさにフロルを放り投げる。背中に龍翼を現出させると、飛翔体の急降下の一撃を、盾のようにして受け止めた。

【離陸】

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